第二百七十三話 《オルエヨン遺跡》と小さなエルフ
「さぁて、ここからどうするか……」
遺跡にある居住区まで戻ってきたシロは、近くに建っている喫茶店で休憩していた。いつの間にこんなモノが出来たのだとツッコミたくなるようなものだが、BGO最前線で稼ぐ生産職ならこの程度でいちいち驚いていられない。それを知っているからか、シロも特に何も思わずにいた。
居住区には、エルフの里で見たものと同様多くのプレイヤーたちが行きかいしている。恐らく、ヴァンパイア族と合流する人達だろう。
今はどちらも人材を集めている最中。本格的に動き出すのはもう少し先になるだろう。こういうイベントは時間がかかる事は経験上シロは分かっていた。
喫茶店から、石畳を歩くプレイヤーを眺めるシロ。あの中に、探している殺人鬼がいるかもしれないと考えるとため息が漏れてしまう。容疑者はこのフィールドにいる全プレイヤー。そこからどうやって犯人を見つけばいいものか。
「あぁ~、面倒くせぇ」
「一体、何が面倒なんだ」
重々しく吐かれた弱気に、横から心配そうな声が飛んできた。視線を向ければ、カウンターでカップを磨いている男が一人、シロを見ていた。
「あっ、その、変わりゆく世でどうやって生きていくのかを考えてまして」
「ゲームしていて、そんなことを考えるような奴はお前くらいだよ」
「は、はは、それはそうと、ホックさんはイベント参加しないでいいんですか?」
訊ねられた質問にシロは慌てて誤魔化し、話題を変える。
ホックはコップを磨く手を止めず、考える素振りを見せた。
「う~ん、俺はいいかな。戦闘職でもないし、今日は出張で来た訳だからイベントは不参加だな。でも、これから先はあまり稼ぎそうにないから考えないとな」
「大変っすねぇ。あ、コーヒーおかわり」
「ほいほい」
どうやら、ホックたち完全商売組は今回のイベントを機に撤退を考えている模様。まぁ、確かにここから先はポーション類などを売る生産職の出番になる。そうなると彼らの商売も上手くいかなくなるのだろう。
それはさておき、こうも人が多く集まると探すのも一苦労だ。
果たして、どうやって行動していけばいいものか。現場に行ってもいいが、複数ある上何か証拠が隠れているとも思えない。雲を掴むような感覚になってしまう。
「……何故そうなったのか、何がきっかけなのか」
ノーヒント、難易度最上。ここまで何も分からないとなると完全犯罪である。仮説すら立てられないのは流石にきつい。
「はぁ……」
「ため息は幸せが逃げると言うぞ。ほれ、コーヒー」
「どうもっす」
「それでそれで? 今日はどういう理由でユキちゃんたちとは別行動で最前線でため息をついているんだ?」
コーヒーカップをシロに渡したホックは対面の席につく。にやついた顔で、頬杖つきシロを見る姿はあまり良からぬ考えをしているとは思えなかった。
「……言っておきますけど。ラブコメ的展開や、昼ドラみたいなお約束ではないですからね」
「ふぅ~~ん、そうかそうか」
「絶対分かっていないなこの人」
「まぁまぁ、女子二人に男子一人のギルドだ。色々苦労することもあるだろう」
「アンタはすぐに恋愛に結び付ける女子か。本当になんでもないんですって!」
「分かってる分かってる」と何度も頷くホックに、シロは何を言っても無駄だと判断し、それ以上否定するのを止めた。
「ま、これ以上は詮索しないが、聞きたい事があれば協力してやるぞ?」
「……見返りは?」
「【黒夜叉】のシロ御用達っという広告を立てようと思っているんだけど」
「あー、はいはい。いいですよ、それくらい」
「よっしゃ」
親切心からの申し出かと思われる場面で、疑うことなく打算な交渉を図るシロ。案外簡単なものだったために二つ返事で答える。これがユキだったら、親切心と疑いもしないだろう。そして、後で泣きを見る場面が目に見える。
「それにしても、よく、俺が情報を買いに来たと分かりましたね」
「シロが一人で、コーヒーを楽しむために来るとは思えんし。今のフィールドの状況とお前らの行動はちぐはぐに見えたからな。なんか別の目的があるんじゃないかと踏んだ訳だよ」
「………」
迷うことなく発せられたホックの言葉に、シロは目を細める。この数分だけの会話でそこまで分かるのは流石である。伊達にこれまで情報を提供してくれているだけある。
挑発するような、おちょくるような顔で見つめてくるホックに、シロはなんとも言えない顔をした。あまり、こちらの事情を察せられても困るのだが。
「で? 一体、何が知りたいんだ?」
「ん?」と首を傾げるホックを前に、シロは思案顔を浮かべる。正直に【ゴースト・ジャック】について教えるか、それとなく誤魔化すか。しかし、既にシロたちの行動に違和感を抱いている彼にリュウの時にした言い訳が通じるかどうか。
「………【切り裂きジャック】について」
「ほぅ……」
考えた末、正面突破を選んだシロ。シロの言葉にホックは意外そうな顔を浮かべ息を漏らした。その目には、相手の真意を探るような光が注がれていた。
「……これはまた、意外な名前が出てきたものだな。有名な殺人鬼とどんな因縁があるんだ?」
「色々ありまして」
「それで俺が納得するとでも?」
そうくるよな。
流石に、何も説明しないで情報を提供してもらえるとは思っていない。逆の立場だったら信用ならない相手に手の内を渡す訳がない。
誤魔化しは許さないと言いたげな瞳に当てられ、逃げ場を失くす。追い詰められたことをヒシヒシ、と感じるシロは、ジッとホックを正面から視線を受け止めた。
「ホックさんの言い分はその通りです。確かに、【切り裂きジャック】と少し因縁があります。詳しくはすみませんが言えません」
「………」
誤魔化す訳でも、正直に事情を説明する訳でもない曖昧な答え。結局、こういう言い方をするしかなかった。シロの答えにホックはなんとも言えない顔を浮かべ、目の前の少年を観察する。
だが、彼が言えないと言うのならばそれは本当のことなのだろう。だとしたら、詮索するのは野暮である。
「……分かった。それで納得してやる」
「ありがとうございました」
「いいよ、こういう事していると色んな奴と会うし慣れているよ。えぇと、【切り裂きジャック】についての情報か……」
彼の大人な対応にシロは心の中で何度も頭を下げる。実際、あんな曖昧な答えで情報をくれるホックは優しい人間である。
数えきれない謝辞を唱えていると、ホックはメニュー画面を開いて何やらゴソゴソ、と探す。暫く、メニュー画面と睨めっこすると「あぁ、これだこれだ」と何やら丸められた紙を取り出した。
「シロ、これを見てみろ」
そう言って目の前で広げられた紙は、現在分かっている《オルエヨン遺跡》のフィールドマップだった。広い森林のほぼ中央に地下遺跡、そこから外れた所にエルフの里が記述されている。いつの間に、こんなものが発行されていたのか、気になる部分であるが今はスルーした。
「いいか、ここが最初に【切り裂きジャック】の被害が出た所だ」
ホックはフィールドの入り口付近を指差しながらそう告げる。
「そして、次に被害が出たのはここで。その次はここ、さらに……」
カウンターに置かれているペンを取って、次々に【ゴースト・ジャック】の被害が出た場所をマルつけて、古い順から番号を書いていく。やがて、最後のマルを付けたホックはペンを置き顔を上げる。
「これでが、今確認出来ている【切り裂きジャック】の被害場所だ。これを見て、何か気づくことはないか?」
「………」
ホックに言われて、シロはマップを眺める。広大なフィールドに刻まれているマルの数。たった数日でこれだけの被害が出ていることに驚きが隠せない。しかし、ホックが言いたいことはそういう事ではないと考え、もっとよく熟考する。
「………徐々に、中央付近に向かっている?」
「正解だ」
シロの答えに、ホックはニッ、と笑いながら言った。
【ゴースト・ジャック】の被害の出た場所はバラつきはあるにしにても、方向は中央にある遺跡へと向かっていた。
「そして、こっちがフィールドの開拓状況が分かるマップだ」
手渡された地図を広げて、カウンターに置かれているマップと見比べる。すると、地図を眺めるシロの目が鋭くなった。
「フィールドの開拓度合いと重なっている……?」
「そうだ。【切り裂きジャック】の出現した場所は何故か、その日最も進んだフィールド。つまり、その日の最前線という訳だ」
ピッタリその通りとは言わないが、それでも【ゴースト・ジャック】の出現した場所と近しいことには変わりない。シロは思ってもみなかった事実に目を細め、次いで彼の脳にある可能性を導きだした。
「………つまり、【切り裂きジャック】は最前線プレイヤーの中にいる。それも、一番前を突き進めるほどの実力者」
「恐らくな」
神妙な顔で頷くホックを見て、シロはいまだに信じられないという思いが拭いきれなかった。
最前線で、フィールドを開拓し続けているプレイヤーたちの誰かが今回の騒動の犯人がいる。そして、それが出来るのはごく限られた人間。容疑者はだいぶ絞れた。
しかし__
「本当に、最前線プレイヤーがこんなことを?」
「さぁな? あくまで俺が見つけたのはこの法則性と、可能性だけだ。実際の所、どうなのか分からない。けど__」
一拍置いてから、ホックは続けた。
「会いたければ、行ってみないといけないかもな」
「………」
彼の言葉に、シロは黙って二つの地図に視線を送るだけだった。
☆☆☆☆☆☆
「うぅ~、何も分からない……」
「あまり有意義な情報はなかったですね」
一方、エルフの里で情報収集に勤しんでいたユキたち。だが、有益な情報は集まらず聞けたのはリュウに教えて貰ったものだった。
芳しくない結果に、ため息を漏らす二人は少し休憩しようと人気の少ない森の方へと移動する。
巨木の根っこに腰を下ろし、アイテムボックスに入っているお菓子を取り出し口に含む。
「甘~い」
「流石、海星屋のクレープですね」
シロが【プログラミング】スキルを習得する際に、奢って貰ったクレープに顔を緩ませつつ頬張る。甘い生クリームが舌を蕩けさせてくれた。
つかの間のひと時を堪能する二人。仮想世界では食べ物が腐る事がないため便利である。
そよ風が木々を揺らし、穏やかな時間が流れていく。ここ最近、忙しい日々が続いたためかこんなゆったりとした時間が久々の感覚だ。
「あぁ、なんか和むねぇ」
「ですねぇ、なんだか心が洗われる感じです」
自然の中で贅沢にお菓子を食べるという、まるでピクニックかのような時間に心穏やかになっていく。
ここ最近、大会やイベントやらで心が落ち着く暇などなかった。それだけでなく、那海という二人にとって恋敵となる存在が出現したことで、より一層ざわめくていたのだ。致し方無い事である。
もう少しのんびりとしようかと、二人の心が一致したその時。
「……ん?」
木漏れ日が差し込む森林の中、ユキは自分たちに向けられている視線を感じ顔を向ける。
「あっ……」
太陽の残滓が視界に入る。木々と木々の間を漂い、道を描いているかのようだった。
その光を捉えたユキは、無意識に赴かれるように足を運ぶ。
「ユキちゃん……?」
突然立ち上がり歩み出したユキにフィーリアは首を傾げて彼女を呼ぶ。だが、返事は返って来ず彼女の視線は遠くを指し、導かれるように進んでいく。
いつもと違う様子の彼女に、フィーリアは戸惑いながらも追いかける。一体、彼女の行く先に何があると言うのだと思いながら。
光の残滓があった場所はユキを先導する。意図も、目的も感じられない光。なのに、ユキは何の疑いを持つことなく、導かれるままに歩みを止めない。
そして、光が指し示す場所まで辿り着いたユキは木陰となっている場所を静かに覗き込んだ。
「あ……」
「ひゃっ!」
その存在を確認したユキは小さく声を発した。同時に、すぐ近くから可愛らしい悲鳴が響いた。
金色の美しい髪の毛と長い耳。整った顔立ちはこれまで見た中で断トツに神秘的で思わず息を止めてしまいそうになるほど。身に纏う緑色の服が自然と一体を示しているようにその者の存在を浮き立たせていた。
「女の子?」
ペタリ、と腰を下ろして自分を見上げる少女にユキは首を傾げるのであった。




