第二百七十二話 捜査三日目
この度、心機一転しようと名前をピロティから九芽作夜に変更致しました。
これからも作品共々どうぞ、よろしくお願いします。(__)
「遅くなっちまった……」
エルフの里と遺跡を繋ぐ森を疾走しながらシロは呟いた。
時刻は午後8時過ぎ、予定より1時間遅れていた。那海の看病や小説の赤ペン入れに予想以上に時間を食ってしまった。おかげで、人目を盗んで抜け出すのに苦労した。もしも、他のプレイヤーに見つかれば里から出させてもらえなかっただろうし。
もうすぐ戦争が起こるという時に敵陣地へ行こうとする者を止めない訳がない。それを見越しての早めの行動でもあったのだが、どうにかやり過ごせてよかった。
「それにしても、あいつ小説書いていたんだ」
脳裏を過るのは那海の家で読んだ物語。丁寧に一文一文紡がれた言葉はしっかりと世界を形づくり、そこに登場する人間たちを描いていた。まぁ、いくつか改善点はあるが普通に読めたし面白かった。飽きさせないようなストーリ展開、登場人物たちの心理描写はリアルで集中させられた。
小説家になりたい、と昔言っていた。その時は、ただ無感情に返事をしただけだったが今日読んだ作品で彼女が本気なのだと分かった。その事に何故か和樹は安堵した。夢に向かってちゃんと歩んでいる姿に、その背中に彼女がちゃんとした足取りで歩いているのが分かったから。
「でも、流石にあれは美化しすぎだろ……」
那海の書いた小説を思い出して顔を歪める。
小説は面白かった。内容に特別ケチをつける気もない。
けれど、物語に出てくる人物がよく知っている人物と似ている部分は意見を述べたい。しかも、倍以上に盛られているし。
「絶対、俺はあんな風じゃない」
まぁ、小説に出てくるキャラクターなんて大体そうだ。今更とやかく言っても仕方がない。
和樹はため息を漏らして、意識を切り替える。
自分の目的は、【ゴースト・ジャック】の正体を暴くこと。それ以外の余計な思考はやめよう。
脳に浮かんでいた小説の内容をサッパリ斬り捨て、すぐに事件のおさらいに入る。
【ゴースト・ジャック】の目撃情報が入ったのが、今からおよそ十日前。場所はここ《オルエヨン遺跡》。誰も彼もがフードを被った姿の者を見ている。
殺害方法は四肢を切り落としてから、最後に首を刎ねる。その手口から世間では【切り裂きジャック】が再来したと噂されている。
被害者に共通点はなし。老若男女問わず、遭遇した者は全てPKする。
身長はおよそ160~170㎝。武器は剣。利き手は右。
現在、新しく出た被害者の情報はなし。意外にも、ここ数日は大人しくしているようだ。
「……う~ん、分からん」
ここまでの情報を整理して、シロは唸り声を上げる。情報が全然足りない。情報網の広いリュウを持ってしても、これ以上有益な情報は集まらなかった。これは、本当に骨が折れる作業になるかもしれない。
「確か、動機から探るんだったな」
那海から訊いた助言を思い出す。犯人がどうして犯行に及んだのか。決め手となったのは何だったのか。それから考えるべきだと那海は言っていた。
助言に従い、和樹は犯人の動機について考え始める。
どうして、犯行に及んだのか。何が犯人をそうさせたのか。
目的は何か。一体、何を狙っているのか。
森の中を駆け抜けながら頭を回して考える。
「……さっぱり分からん」
被害者は十名以上。無差別に選出されており、場所も《オルエヨン遺跡》というだけでバラバラ。そこにどんな意図があるのだと言うのだ。こんなものが考えて分かるなら苦労はしない。
「……はぁ、とりあえず現場行ってみるか」
考えても仕方がないと判断したシロは速度を上げ、近くにあった樹へと飛び上がる。さらにそこから、木々の間を縦横無尽にショートカット。被害場所として多い遺跡へと向かうのであった。
☆☆☆☆☆☆
一方、その頃、エルフの里ではユキとフィーリアが集まりこれからのことについて話し合いが行われていた。
「さて……」
「どうしましょうか……」
「BYUUU……」
エルフの里の一角、人目から外れた場所で二人は困った顔を浮かべて顔を突き合わせていた。
シロには【ゴースト・ジャック】の情報を集めておくように指示されているが今は皆の意識はイベントに向いている。果たして、お祭り空気のこの場所で有益な情報が得られるものか。
動くにしても、細心の注意を払うように常々教えられている二人はどうやって行動しようかと悩んでいた。
「それに、聞き込みするにしても『【切り裂きジャック】について教えてください』って何か変じゃない?」
「ですね。状況的にも変な勘繰りをされる恐れもありますし、もしもこの場に【切り裂きジャック】がいたら私たちが狙われかねません」
「……そういえば」
「どうかしましたユキちゃん?」
さて、どうしたものかと考え込む中、唐突にユキはある疑問を口にする。
「どうしてシロ君【切り裂きジャック】のこと【ゴースト・ジャック】って言うんだろう? 皆【切り裂きジャック】って呼んでいるのに」
彼女の純粋な疑問に、フィーリアは「確かに……」と呟き、暫く考えてから答えた。
「もしかしたら、シロ君、今回の【切り裂きジャック】のこと過去の犯行を真似た模倣犯だと考えているのではないでしょうか?」
「模倣犯?」
「はい、犯罪手段や手口を真似て自身に容疑をかけないようにさせるものですね。つまり、過去に騒がれていた【切り裂きジャック】と今回私たちが調べている【切り裂きジャック】は別人だということです。シロ君は、その可能性が高いと思ったから別の呼び名を言っているんだと思います」
「偽物っていうこと?」
「まだ分かりませんが、少なくてもシロ君はそう考えているはずです」
フィーリアの言葉にユキはなるほど、と納得する。
けど、それは全て憶測。シロが本当所どう考えているのかは自分たちには予測できない。
その事に、ユキとフィーリアは思わず気持ちを沈めてしまっていた。
不意に二人の脳裏に昨日、戦闘になったリタの言葉が木霊した。
『なんともまぁ実力差が目立つパーティでありんすね』
ガッカリしたように、期待外れと言わんばかりの言葉に二人は何も否定出来なかった。
分かっている。自分たちが、シロと実力が見合っていないことくらい。元【六芒星】の【大罪】と釣り合っていないくらい最初から分かりきっていた。
逆にファングやミルフィー、レオンやミクたちの実力の高さは目を見張るものだった。彼らなら、確かにシロの隣に立つに相応しい人たちなのは明白だった。
自分たちはUWを持っている訳でも、特別プレイヤースキルが高いなんてことはない。実力差があまりにひどいパーティなのは誰の目から見ても確かだった。
改めて思い知らされる事実に、二人の間に重い沈黙が流れる。近くに佇んでいたハクは、暗い空気を察してからどうしようと困ったように小さく鳴く。
「と、とにかく! 調査しよう! 里に来る人たちからとにかく多く聞き込みしてみよう!!」
「そ、そうですね! それがいいですね!!」
暗くなる空気を払拭させようと努めて声を出す二人。しかし、その姿が空元気なのは言うまでもなく、彼女たちの声は虚しく響き渡るばかりだった。
とりあえずの方針が決まった二人は、若干重い足取りで里の入り口方へ移動する。途中には、多くのプレイヤーが所々で鎮座しており、村の人気のない方には生産職のプレイヤーが建てたと思われる簡易的な店が見えた。
「人が多くなってきましたね」
変わる景色に、フィーリアは感想を溢す。
つい、昨日まではエルフしかいなかったはずなのにいつの間にかそれと同じ、いいやそれ以上にプレイヤーが集まり、閑散としていた里は活気に包まれていた。
「そうだね。こんなに多くの人たちがクエストに参加するんだね」
VRゲームとして大人気を誇るBGOのユーザーは数万以上。ここにいる者たちはその1%にも満たない。
ここにいる人たち全員が、これから行われるクエストを楽しみにして、本気で臨もうとしている。
(シロ君、楽しめているのかな……)
笑い合うプレイヤーたちを眺めながら、ユキは仏頂面を浮かべる彼のことを想う。
彼は、この世界を楽しめているのだろうか。いつも何か考え事をして、難しい顔を浮かべている彼は果たしてこの世界をどう思っているのだろうか。
変わりゆく森の喧騒に包まれながら、ユキは頭の隅にそのことを考えるのであった。




