第二百六十九話 和樹と那海
翌日。
眠たい眼を擦りながら登校する和樹。昨日の【疾風の妖精達】の襲撃に【ゴースト・ジャック】の聞き込みなど大変だったために寝不足である。それに、レオンやミクと一緒にいると神経を多少なりともすり減らすのだ、疲れも溜まる。かと言って、爆睡でもしようものなら学校に遅刻するし昼食などの用意も出来なくなってしまう。
全く、休みたい時に休めないとは世のお母さんたちは大変である。
そんな高校生とは思えない思考をしながら歩く和樹。すると__
「かーずきせんぱーい!」
背後から元気いっぱいな可愛らしい声が聞こえる。ここ数日でもう聞き慣れてしまった声に、和樹は振り返らずとも誰なのか把握出来てしまった。
タッタッタッ、と靴音が徐々に近づいてくる。まだまだ残暑厳しいというのに、よく走るものだと思いながら、和樹は鞄を一度持ち直す。
やがて、足音がすぐ傍まで来ようした瞬間。
「さらば!」
「あぁ!? ちょっと和樹先輩! いきなりダッシュはなくないですか!?」
和樹は一気に地面を蹴って加速。速度を緩めようとしていた那海は突然のスタートダッシュに為す術なく追いかけようと試みても、和樹の背中は随分と遠ざかってしまっていた。
「もうー! 可愛い後輩を置いて行くなんてどうなんですー!」
「知るか! こちとらちょっと疲れてんだよ! そんな時にお前なんかとコントやってられるか!」
「ひどーい! 人のアプローチをコントって! それは流石に引きますよーーー」
徐々に離れていく距離の間を飛び交う二人の言葉。しかし、数メートル走り切った所で聞こえていた那海の怒号も彼方へ置き去り、朝から長距離ダッシュする羽目になった和樹は深くため息をつくのであった。
「あっち……」
那海から逃走、もといランニングを強いられた和樹はいつもよりも早い時間帯に学校に到着した。自身の靴箱に手を置いて、乱れた息を整える。普段から体は鍛えているとは言え、この残暑で走ったせいで汗は掻くし、喉も乾いてしまった。
「とりあえず、教室に入るか……」
この学校、全クラスにエアコン設備が備えられており夏でも快適に勉強できる。こんな風に汗を掻いた生徒のオアシスとなるのはこの季節ではよく見る光景である。
和樹もそれに倣い、早く教室に向かおうと足を進めようとする。
すると、ポンッ、と何やら肩を掴まれた感覚がする和樹。
「はぁはぁ、やっと追いつきましたよせんぱ~い?」
「お、お前、あそこから追いかけてきたのか……」
振り返り見た先には、那海がニコニコ、と笑いながらも怒気を放ってきていた。初めて見る那海の表情に不思議と体が涼しくなった気がする。
「はぁ、はぁ、逃げる獲物を追いかけるのは狩人の気質です」
「なんかルビを振られたような気がするが……」
「気にしないでください」
乱れる呼吸を必死に整えようとしながらも、掴んだ手は離さない那海。そこに言いようのない執念を感じさせた。
ふと、和樹は那海の様子に違和感を抱いた。
残暑厳しい日に走った割には汗を掻いていない。乱れた呼吸が中々元に戻らない。
「……那海」
「なんですか?」
違和感の正体を確かめようと名前を呼ぶ。呼ばれた那海はいつも通りの、計算されたあざとさを駆使して首を傾げる。
その見慣れた対応の那海に和樹は勘違いだったかと自身の考えを改める。
「いいや、なんでもない」
「そうですか。なら、今日のお昼も一緒に……」
「んじゃ、俺は先行くぞ」
「あっ、こらー! せめて最後まで言ってから断ってくださいよー!」
プンプン、という効果音が聞こえそうな怒り方をする那海を横目に和樹は教室に続く階段を上って行く。
「……気のせい、だよな」
教室に向かいながら先ほどの那海への違和感がしこりとなって残る和樹であった。
☆☆☆☆☆☆
「あっ、おはようございます和樹君」
「あぁ、おはよう」
教室に入ると涼しい風が和樹の火照った体を冷ましてくれる。同時に、扉を開けてすぐ傍にいた桜香から朝の挨拶も飛んできた。和樹も挨拶を交わすと、雪の方をチラッ、と見る。雪は教室の前方でクラスメイトに囲まれお喋りに興じていた。
その様子を確認した和樹は傍にいる桜香の方に視線を戻す。
「桜香、昨日のことなんだけど。今日インしたらすぐに行動するから俺が来なくても動いてくれ」
「えっ、すぐにですか。打ち合わせとかは……」
「しない。そう柊にも伝えておいてくれ」
「……分かりました」
教室の端で、桜香にそう伝えると和樹は自分の席へと向かう。
学校にいる時にはゲームの話をしない和樹であったが、ちょっと今日は早めにログインする予定なので軽く連絡しておいた。
いつもならば、決まった時間帯に集合して動いていたが今回はBGOにログインしたら遺跡の方に向かう予定なので、単独行動になる。それにわざわざ遺跡の方に向かうプレイヤーを【猛者の巣窟】が放っておいてくれるとは思えない。ならば、イン率が高くなる時間帯を避けて早めに行動した方がいい。
「……【殺人鬼の亡霊】ねぇ」
かつてBGOを騒がした連続殺人鬼【切り裂きジャック】。性別、レベル、大人子どもも関係なく暴れBGOに恐怖を蔓延させた者。正体不明のまま忽然と姿を消して数年。今、現在に蘇った殺人鬼に多くのプレイヤー、特に昔の事件を知っている古参たちは震えている。というのが、今【ゴースト・ジャック】について一般プレイヤーの見解である。
皆、一体どうして蘇ったのか。これまで何をしていたのか。
その正体は一体何者なのか。噂は絶えず流れ続けている。掲示板でも連日議論が為されているほどだ。
「……動いているのは、俺たちだけなのか」
今の所、【ゴースト・ジャック】を討伐しようという動きは見られない。それよりも最前線で発行されたクエストの方にプレイヤーの注目は集まっている。この流れに【ゴースト・ジャック】はどう動いてくるのか。
プロファイリングなんて、素人の和樹には不可能なことだ。地道に、コツコツとやるしかない。
どんなに優秀な探偵でも、事件が起きれば現場に行くし聞き込みもする。結局、解決するための近道などどこにもないのだ。
席に着いて、小説の中で動き回る探偵を読みながらぼんやりとそう思う和樹。
ここでごちゃごちゃ考えても結論は出ない。まずは、遺跡に行かないと。
(それに、ミクの動きも気になるしな)
昨日、自分たちを襲撃した魔女の顔を思い浮かべる和樹。一体その後どういう対応をしているのか。
【疾風の妖精達】のマスターとして動くのか。
それとも___
「……考えても仕方がないな」
分からないものをごちゃごちゃ考えてもしょうがない。
即座に思考を切り替えると和樹は、再び小説の世界へと戻るのであった。
☆☆☆☆☆☆
一日の授業も終え、放課後。
いつものように帰宅の用意をする和樹。今日は桜香に伝えた通り早めにログインして行動する予定なので、さっさと帰って父と自分の夕食を作ってしまわないといけない。
「早くて簡単に出来るもの………炒飯とスープでいいか」
あれなら米炊いて卵と適当な具材を入れれば出来るし、時間もかからない。これなら8時前にはインできるだろう。
夕食の献立を素早くまとめると、席を立ちあがる。俊敏な動きで鞄を持つ和樹。早くしなければまた那海が襲撃してくるかもしれない。後輩の襲撃に備える和樹は雪や桜香を一瞥することなく教室を出て行こうとするが。
「おーい、白井。どこに行く?」
廊下へ一歩足を踏み入れようとした途端、教室前方から和樹を呼ぶ声がした。雪と桜香とは違う声に、反射的にそちらを見る和樹。
その視線の先には美紀がHRを終えて消えた担任に代わり壇上に上がっていた。傍には安藤の姿もある。
よく見れば教室にはいまだにクラスの生徒たちが残っている。一体、何をするのだろうか。
「……帰るけど」
「今から全員で球技大会の出場種目決めるって朝話したでしょうが」
(いや、知らんがな)
そんな話連絡されていない和樹は首を傾げる。しかし、周りを見ても全員話が行き渡っているようである。
こういう時、ボッチというのは不憫である。だが、文句を言っても仕方がない。和樹は「スマンスマン」とまるで忘れていたかのような態度で席に座る。
「そういえば、地獄の二学期だったな今」
渋々席についた和樹は、呆然と呟く。
西央高校の二学期は行事が盛りだくさんなことで有名である。
二学期始まって最初に行われる球技大会。その後には体育祭と文化祭、二年生になると十一月には修学旅行もある。さらに、中間テストや期末テストもあるので心休まることはない。それを良しとする者もいれば、面倒くさいと感じる者もいる。和樹は圧倒的後者だ。
そして、今から話し合われるのは球技大会の出場決めである。
球技大会の種目は男女別となっており。
男子は、バスケ、サッカー。女子は、バスケ、ドッヂボールとなっている。
学年関係なしのトーナメント方式。さらに、三位以上のクラスには体育祭でのポイントが加算される仕様となっているため、体育祭のためにもと熱くなる生徒も多いのだ。
行事ごとが面倒な和樹にとっては迷惑でしかないが。去年は、大して活躍した覚えもないし適当に流していた気がする。こんな行事に全力を出す気にならないし。
「ほーい、じゃあ、今から出場種目決めていくわよー。出たい種目がある人は女子は私が、男子は安藤に伝えていってね」
壇上前で美紀が簡単に説明する。安藤は黒板に種目を書いている。どうやら、書記のようだ。
さて、どうしようかと考える和樹。実際、どれでもいいのだが、出来れば屋内競技がいい。暑くなさそうだし。
そうなると、バスケだがバスケは人気ある種目だし目立つ競技だ出来るだけ目立ちたくはない。そうなると目立ちずらいサッカーがいいだろう。
早々に結論付けた和樹は周りを見渡す。
「柊さんの応援……っ!」
「今こそ俺の真の力を!」
「活躍して、柊さんからのハグ&キッス……!」
わいわい騒ぐ女子とは違い、眼をギラギラさせる男子たち。真剣な表情の下からは下心が丸見えである。まぁ、学校のアイドルからの応援は他のクラスからも喉から手が出るほど欲しがられるものだ。士気の高さは恐らく学年でも一番だろう。ギラギラするのは納得だ。ハグ&キッスはないと思うが。
若干の怖さを感じながらも、和樹は窓の外に目をやる。
「おっ……」
偶然視線をやった先には、一年生が掃除している姿が見えた。その中には、那海の姿もある。笑いながら集団の中に溶け込み楽しそうだ。
(馴染んでいるなぁ)
視界に映るのはどこにでもいそうな女子高生。友達と喋り、勉強し、寄り道し生活する。そんなごく一般的な世界に生きる女の子だった。そこにたどり着くまでに一体、どれほど努力してきたのだろうか。
「………ん?」
楽しそうにお喋りしている那海であったが、ゴミ捨てに行くために集団から離脱した。別に、そこに不自然な点はないだが……。
「ふらふらしてねぇかあいつ……?」
ゴミ袋を持って行く那海の足元が心なしかおぼつかないように見える。ここからでは、顔色までは分からないが赤くなっているような気がする。
他人とは必要以上に近づかない。それが例え後輩である那海だとしてもだ。だからこそ、那海が困っていようと、何かを頼まれても利益にならないなら断る。無償で助けたりなどしない。それが和樹という人物である。
あるのだが___
「………あぁ、もう!」
何度も何度も、心の中で自身の在り方を唱える。しかし、その度に胸の中にモヤモヤとしたものが存在し、主張し続けていた。
そのモヤモヤは話し合いが終わった後も残り続けていた。




