第二百三十五話 シロVSシン2
新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします‼︎
相手の無事な姿に、だがシロは涼しげな顔をしながら眺める。視界にはシンが即興盾と利用した地面の欠片を捨てていた。ドシンッ、と重々しい音が鳴り重量を伺わせる。
シロからしたら十分シンもそちら側の人間に見えただろう。
「次」
だが、時間が決まっている決勝戦、一秒たりとも無駄にするわけにはいかない。シロは一気に駆け出し春風と木枯らし振るう。キレのある見事な攻撃、一秒間で繰り広げられる連撃がシンに襲い掛かった。
「おおっと」
嵐のようなシロの猛攻にシンは赤劉を引き戻し、どうにか防御する。とにかく手数を多く当てたいシロは次々に刀を振る。甲高い金属音が鳴り響き、会場は白熱する試合に盛り上がりを見せていた。
(普通にうめぇな!)
攻撃の手を緩めずシロは心の中で叫ぶ。先ほどから攻撃が弾かれたり受け流さたりされているのを見る限りシンもアリスほどじゃないにしろ十分プレイヤースキルは高い方に部類されるだろう。手ごたえの無さに思わず顔をしかめるシロ。
臆する事なく前へ進み続けて攻撃するシロにシンはその冷静な瞳を向け続けていた。冷たく、感情を読み取らせない眼、果たして何を見ているのかと問いたくなるほど揺れない黒い眼差しにシロは背中を撫でられるような感覚に陥った。だが、後ずさる訳にもいかずとにかく攻撃を続ける。
「おらっ!」
背後に纏わりつく何かを振り払うかのように声を上げて刀を振るう。
ブンッ
虚しく響く空振りの音。シロは空を斬る刀に瞠目させた。そして感じる、嫌な感触。喉に突き付けられているような、何度も感じたことのある死の瞬間。
「【ドラコストレイク】」
左側から伝わる異様な圧力。シロが視線をそちらに向けると、紅色の光を纏いながらも放出して迫る凶器があった。まさか、あの執拗な攻撃の中で躱すタイミングを図り、これを狙っていたのか。
咄嗟ガード体勢に入るシロ。木枯らしと春風を交差させて軌道上に乗せる。
重なり合う両者の武器。
「がはっ……!?」
ぶつかり合ったかと思ったら、次の瞬間シロはバトルフィールドの壁まで吹き飛ばされていた。背中に感じる固い感触。自然と歪む顔がどれほどの衝撃だったのかを物語っていた。
(ガード越しで、HP5割持っていくかよ……)
残ったHPを見て驚愕する。たった一回のスキル、それもガードの上からこれほどのダメージを喰らわすシンはやはり化け物だ。
背後に感じる固い感触を味わいながら次の一手を考える。
常に思考を止めない。PvPにおける基本だ。そう、基本である。
「っ!」
だからこそ、敵は思考する時間を与えてくれるはずもない。一気に距離を詰めてくるシンを視界に入れたシロは受け身を考えず横へ飛ぶ。
肩から着地という無様な恰好であるが、気にしている場合ではない。見れば、先ほどまでシロが埋まっていた壁穴をさらに深くなっていた。流石の攻撃力の高さに背中がヒヤリ、とさせられる。
体勢を整え、反撃に出るシロ。木枯らしと春風が壁に食い込んだ赤劉を引き抜こうとしているシンに襲い掛かる。もはや考えるより先に体が動いていた。同時に、赤劉が壁から抜かれていた。
ぶつかり合う三つの刃。激しい衝突音がバトルフィールドに鳴り響く。
力と力の激突。
それは、シロにとって明らかに不利な戦いだった。
「ぬおっ!」
呻き声を上げながら飛ばされるシロ。単純なパワー勝負において、STRにステータスを振っていたシンが勝つのは必然である。
後方へ飛ばされ、尻もちをつく。自身のあまりの不格好さに苛立ちからか、シロの顔が歪む。
この世界において、ステータスというのはその者の力を表す一種の数字だ。
STR、AGI、VIT、INT、DEX、LUK、TEC、MID、CHR。この九つからなる力をどう構成するか、自由を売りにするBGOの特性でもある。各々のプレイスタイルに合わせたステータス構成、スキルの組み合わせ、装備の種類。ありとあらゆる要素を含みながらそれぞれが考え、決定して自分を作り上げていく。
シロが均等にポイントを振っているそのポイントを、シンはSTRのみに注いできた。
そこが、彼とシロとの決定的な違いだ。
殺し合いにおいて、最も基本的な原理___否、真理。
力が強い者が勝つ。
体が大きく、相手を喰らう牙がある者が捕食者となる事が叶う。
体が小さく、相手を喰らう牙を持たない者は捕食されて死ぬ。
シロが倒れているように。
「食物連鎖の頂点、か」
弱肉強食、確かにこの世界はそういう風に出来ている。いや、リアルだってそうだ。弱いものはただ食われておしまい。強いものだけが後世に自分の種子を残す事が出来る。
「……はっ」
仰向けに倒れながら、シロは可笑しそうに嗤った。
「何が、食物連鎖の頂点だ」
何が、弱肉強食だ。体が大きく、牙を持っているだけで強くなれるなら楽すぎる。
それだけで勝てるなら、どうして人間は生き残ってこれた。
自分たちよりも早く、そして大きい獣だらけの世界でどうして人類は今日まで種を残せている。
「よっと」
飛び上がり、服についた土を払う。シンとの距離を見て随分と飛ばされたことを遅れてシロは知った。
獣にはないものを持っているから人類は生きてこれた。
ただ牙を持って、相手を喰らうだけの本能しか持ちえない獣に人が負けるはずがない。
「人間、舐めんよ」
目の前に佇むシンに静かに呟いた。
☆☆☆☆☆☆
シロとシンとの攻防を見て、ユキとフィーリアはハラハラとさせられていた。
相手は一度触れただけで相手を死に追い込む狂獣。なのに、シロは臆する事なく接近戦を挑む。
これがハラハラするなと言う方が無理である。
「し、心臓もたない」
「呼吸するの忘れてました……」
両者の距離が離れた所でようやく一息つける二人。そんな二人の様子を横目で確かめつつモカは優雅に試合を観戦していた。
「モカさん冷静ですね」
「大人です」
余裕のある態度を見て、二人が感嘆するように言う。流石はBGONo2の生産職兼経営者。肝の座り方が自分たちと全然違う。
と、二人が目を輝かせながら見つめているとモカがゆっくりと体を仰け反らせると口を開いた。
「はぁ~~~怖かった~~~」
盛大に息を吐き捨て言葉を零す。お腹を膝につき顔を俯かせて一気に空気を吐き出したモカは今度は疲れたように天を仰いだ。そこにあったのは余裕ある大人な態度ではなく、余裕のないギリギリな状態のものだった。彼女の意外と切羽詰まったような状態にユキとフィーリアは目を点とさせる。
恐る恐る、心配そうにユキはモカに訊ねた。
「あの、モカさん大丈夫ですか?」
「いやぁ、何よあれ滅茶苦茶じゃないの。一撃喰らったら終わりとかどんな無理ゲーよ。もうダメ、試合終わる前に私が心労で死ぬ」
「それは、大変ですね……」
どうやら彼女も、シンの攻撃力の高さにビビっていたようだ。知っていたとはいえ、やはり目の前で見せられると感じるものがある。特に、ガード越しにシロのHPを5割持っていかれた場面では一瞬心臓が止まった気がした。
「しかも、身に着けている装備は頑丈で軽そうときた。ぐぬぬぬ、あの人いいもの作ってるわね」
「そうなんですか?」
「私たちにはよく分からないですけど」
確かに頑丈そうに見えるが、他のプレイヤーたちが身に着けている鎧と何が違うのかは二人には分からなかった。生産職の人にしか分からない何かがあるのだろう。
「モカさんから見て今の所どう感じます?」
「そうねぇ、HP的にはシロ君が負けているけど実力という点においてはやっぱりシロ君が上だと思うわ」
【剣皇】アリスを打ち倒した点からしてシロのプレイヤースキルの高さは折り紙つき。例え、ステータス上不利な相手でも十分やっていける。
「けど……」
けれど、相手はAランク一位、総合ランキング11位の地位は伊達ではない。ただ力が強いだけの人間がそこに立つなんて不可能だ。
果たして本当に本能の赴くままに暴れる獣なのか。
「知恵のある獣ほど厄介なものはないわよシロ君」
バトルフィールドに睨み合う両者を眺めながらモカは呟いた。




