第百八十六話 予選終了
『ステージG、試合終了ーー! 生き残ったのは、プレイヤーネーム、アリス、シロ、ユウキの三名。本戦出場決定ーー!』
NYAがアナウンスするとさっきまで聞こえてこなかった観客たちの歓声がシロの鼓膜を刺激する。
一瞬、あまりの爆音に顔を歪めるシロであったが慣れたのかすぐに元の表情に戻った。
「は~~~」
深く息を漏らす。試合が終わったことでどっしりと体に疲れがのしかかってきた。あれだけの戦闘をすれば誰だってこうなることだろう。
「…終わってしまいましたか」
刀を鞘に納めているとぼそ、と呟く声を拾った。その声はどこか、冷めておりつまらなさそうであった。
アリスは剣をしまい、ゆっくりと足を前へ出した。さっきまで戦っていた人間とは思えないほど軽快な足音を鳴らしながら彼女はシロのもとへ近づく。
「……ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
距離1メートルほどまで縮めるとアリスは腰を曲げ、深く頭を下げた。シロも頭こそ下げないが挨拶しておく。
「…まだ、消化不足って感じです」
「…そうですか」
「なので、次は本戦で戦えることを祈っております」
「出来れば戦いたくないですけどね」
正直に言うシロに対してアリスはわずかに口角を上げると「では…」と横を通り過ぎて行った。
シロは振り返ってみると彼女の歩く先に、見たことのあるゲートが見えた。どうやら帰っていいみたいだ。
「…強かったな」
あの剣技、動き、頭の回転。どれもが一流だった。もし、予選がトーナメントで初見のまま挑んだら間違いなく負けていたことだろう。
「し、師匠~」
「ん、あぁ、そういえば生きていたな」
アリスについて考えていると、何やらご立腹の様子のユウキが近くまで来ていた。思い当たることがあるがしらを切るシロ。
だが、怒りに燃えている彼には効果がないみたいでである。
「なんだ? じゃ、ありませんよ! 危うく死ぬところでしたよ!!」
「よかったじゃねぇか生きてるんだから」
「そういう問題じゃありません!!」
「でも、俺言ったぞ? ここから先は敵同士だって、敵が飛んできたなら誰だって打つだろ」
「打ちませんよ! せめて避けてくださいよ!」
「うるさいなぁ、ぎゃんぎゃん騒ぐなよ」
「誰のせいだと思っているんですか!!?」
こちらも試合が終わったばかりなのに元気な弟子とともにシロはゲートへと歩き出した。
☆☆☆☆☆☆
「へぇ、あれが【白雪姫】のシロ、ねぇ」
闘技場の観客席、その一角でギルド【疾風の妖精達】のマスターミクが微笑みを浮かべ参加者リストを眺めていた。リストの欄には予選通過が決まったものの名前と所属ギルドが表示されている。
まだ決まっていないステージもあるようだが、あと少しすればそれも終わるだろう。
「アリスちゃんを相手にしても退かない精神力、周りを見る視野の広さ、冷静な分析力。中々強い子ね」
先ほど繰り広げていたアリスとの戦闘。結果として生き残って引き分けのように見える勝負であるが、彼は一撃もアリスに刀を当てていない。それだけ見れば、アリスの実力はやはり凄いと語る者がいることだろう。
しかし、そうは思わない。
「マスター、ただいま戻りました」
「あら~、アリスちゃん。お帰り、お疲れ様」
ルンルン、とリストを眺めているところに試合を終えたアリスが戻ってきた。それを微笑みをもって出迎える。
彼女が微笑みを浮かべた瞬間、周りにいた男たちは頬を紅潮させた。まるで聖母のような美しさに誰しもが膠着してしまったのだ。
「…相変わらず、男ってバカですよね」
「ん~? 何か言ったアリスちゃん?」
「いえ、なんでもありません」
何度も見かける光景に嘆息つくアリス。この人の傍にいるのだから、これくらい慣れてしまった。
「で、一体何をやっているのですかマスター?」
「ちょっと予選通過者たちの名前を見ていたの。ふふ、アリスちゃん、結構手ごわい人に出会ったみたいね」
「……えぇ、まぁ」
マスターの言葉にアリスは気まずそうに明後日の方に顔を逸らした。これは、図星をつかれた時の彼女の癖だ。
シロとアリスとの攻防を見ていた者の大半はアリスの圧倒的な勝負に思えたことだろう。
だが、実際はそうでもない。
彼は確かに、アリスの攻撃を喰らい大きくHPを減らした。だが、それだけだ。
彼がアリスから喰らったのはその一撃だけ。それ以外はしっかりと防御、または回避をしていた。そして、最後のパンチ。
「一応聞くけど、最後のあれってマグレ?」
「……いえ、自分の不甲斐なさからの失態です」
「なるほどねぇ」
マグレじゃないとするならば、彼はアリスの動きについて行くどころか反撃を食わしたことになる。たった一回剣を交えただけで彼女の動きについて行けるプレイヤーが一体どのくらいいることだろうか。
「あの子が喰らったのって《燕返し》よね」
「…はい」
「もしかしたら、攻略されちゃうかもねぇ」
にやにや、と意地の悪い笑みを出して無邪気に告げる彼女にアリスはキリッ、と睨みつけた。
「いや~ん、冗談なのに…」
「だったらもう少しマシなこと言ってくださいよ」
「ぶ~、意地悪」
「何か言いました?」
「うわ~ん、アリスちゃん怖い~」
頭を抱えてうずくまる真似をする。だが、それが本気じゃないことくらい長年の付き合いから分かった。
「いいから、帰りますよ。ほかの参加したメンバー慰めないといけませんからね」
「そうねぇ、みんな頑張ったから美味しいものでもご馳走しましょうか」
「………マスター、絶対に厨房には来ないでくださいね」
「なんでっ!?」
そんな会話をしながら二人は立ち上がり、会場を後にする。途中、ミクはアリスに対してこう告げた。
「アリスちゃん、おめでとう」
「…ありがとうございます」
祝福の言葉に対してアリスはぶっきらぼうにそう答えた。
☆☆☆☆☆☆
「ふぇ~、何とか生き残ったわねぇエル」
「うん、危ない場面がいくつかあったけど予選通過だよ」
「…お祝い」
「…パーティ」
「しないから」
ギルド【向日葵の輪】のメンバーたちは自分たちのマスターであるエルが予選に通過したことに安堵していた。
ルール上、有名人のエルを狙う輩がたくさんいたため苦戦を強いる状況が続いたが持ち前の根性を武器にエルもまた本戦出場を決めることが出来た。
「…………」
だが、メンバーの楽し気な会話を他所にエルの親友であるミルフィーはじぃ、と参加者のリストを眺めていた。
ステージG 本戦出場者
・アリス 所属ギルド【疾風の妖精達】
・シロ 所属ギルド【白雪姫】
・ユウキ 所属ギルド なし
有名な参加者たちの中に並べられている彼の名前。彼の名前があることにミルフィーは胸をなでおろした。
(って、なんであたしはあの子が予選通過したことに安堵しているの! エルちゃんが通過したことを祝うべきでしょう! シロ君は関係ない! ………いや、でもまぁ? おめでとうぐらいは言ったほうがいいかな? で、でももしかしたら次エルちゃんと戦う相手にお祝いなんて言えないよね……ッ! だからなんであたしはあの子のこと考えているのよ~~~!!)
「さて、エルと合流したら帰りましょうか」
「そうだね、ちゃんとお祝いしたいし」
「……帰宅」
「……ゴーホーム」
ギルドのエースが悶絶しているのを他所にメンバーはそれぞれこれからのことを話し合う。
もういい加減、彼女の奇妙な行動には慣れっこである。
朗らかな雰囲気を出すメンバーとは対照的にミルフィーの苦悩はまだまだ続くのであった。
☆☆☆☆☆☆
ステージA 本戦出場者
・シン 所属ギルド【猛者の巣窟】
・ガルル 所属ギルド なし
・Be 所属ギルド【カナリア】
リストに映る親友の名前を眺めながらギルド【猛者の巣窟】のマスターレオンは腕を組んだ。
「おつかれ~」
「おう、戻ったか」
「ふぃ~、結構疲れたよ」
そこへ疲れたような顔をしてシンがやってきた。
「疲れたって、お前、ほとんど動いていなかっただろうが」
「いや~、なかなかみんな近づいてくれなくてな」
「なら、どこに疲れる要素があるんだ?」
「剣を振るのが辛い」
「…なんで、武器あんなのにしたんだよ」
はぁ、と相棒に対してため息を漏らすレオン。このいい加減さ、もう少し何とかしたらもっと上を目指せるというのに。
「おや、レオンとシン君じゃありませんか」
やれやれと首を振っていると、遠くからリュウがゆっくりと近づいてくるのが見えた。
「なんだリュウ。お前、参加していなかったのか?」
「うん、自分は賭けの方に参加だよ」
「あんだけ金持っていてまだ欲しいのかよ」
「商売には色々とお金がかかるものだよ」
「そうかいそうかい…」
適当に相槌を打つレオンであったが、次には真剣な表情になった。
「…で、テメェは誰に賭けたんだよ」
鋭く野性味のある眼でかつての仲間を睨む。その視線だけで小心者は逃げだすことだろう。実際、周りにいる人間はビビッて固まっている。
だが、慣れているリュウは何の躊躇いもなく口を開いた。
「シン君だよ」
「……へぇ」
彼の答えにレオンは感嘆するように息を吐いた。
リュウの観察眼は一流だ。そして、その彼がこういうデカい賭けをするときにする予想は大抵当たる。
そんなリュウがシンに賭けている、ということはシンが優勝すると断言しているようなものだった。メンバーを高評価されてレオンは少しご機嫌なオーラを纏う。
「……って、言いたいところだけど。実際はシン君、アリスちゃん、エルちゃんの三人に賭けているよ」
「んだよ、つまらん」
BGOの賭けは競馬と類似している。
今回、リュウは先に挙げた三名の内誰かが優勝するだろうと踏んで予想する複勝にしたみたいである。配当は正直よろしくないが、それでも失敗するよりはマシだ。
「なんでレオンが俺より不機嫌そうなんだよ」
「まぁ、レオンって正直だから。拗ねちゃってるだよ」
「全く…」
元仲間が現在の仲間を贔屓してくれないくらいで不機嫌になるなよと言いたいところであるが、そこがまた彼のいいところなのだからしょうがないだろう。
リュウとシンはそんな子供みたいなレオンに対して、やれやれと嘆息つくと同時に口を開いた。
「「どうして、それがミク(ちゃん)の前で出ないんだよ」」
「やっかましいわテメェら!!」
関係のないことを喋る二人に向かってどでかい怒号が飛び込むのであった。




