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Break Ground Online   作者: 九芽作夜
第五章 PREPARATION PERIOD&DISCIPLES
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第百六十七話 ユウキ2



 公園ではユウキとザガラの勝負が続いていた。


「おらっ!」

「くっ、このっ!」


 ザガラのロングソードを盾で受け止めたユウキが反撃に剣を振るう。相手はバックステップで後方へ飛び紙一重で躱した。その顔は焦りを孕んでいた。


(な、なんでこいつ、こんなに…っ!!)


 時間が経つにつれて感じるユウキの実力。これまでとは違う、明らかに強くなっている力。それらがザガラに焦りを生ませていた。

 

「はっ!」

「ぐぅ!」


 力強い踏み込みからの上段の剣。咄嗟にロングソードを頭上に構え防ぐが重い衝撃でザガラの顔が歪む。そこへ、ユウキの蹴りが彼の脇腹に命中する。


「ぐはっ!」


 意識の外からの攻撃にザガラは体勢を崩した。逃さずユウキは相手の懐に踏み込むと剣を一閃させた。抵抗するヒマなくザガラのHPが減っていく。屈辱的な展開に顔が歪む。イラつきをぶつけるようにユウキの頭上からロングソードが振り下ろされた。冷静にバックステップで距離を取る。


「ハァハァ……くそがっ」


 歯を食いしばりユウキを睨みつけるザガラの顔は親の仇を見るかのようだった。これまで彼のあんな顔を見たことはない。怒りが頂点に達しているようだ。

 これまでの自分なら膝が笑っているところだろう。しかし、シロのあの圧倒的な殺気と比べれば子犬が騒いでいるのと変わらない。

 

(そうなると、師匠って一体何者なんだろう)


 場違いな思考がユウキの脳裏をかすめる。しかし、戦闘中の無意味な思考は早々に捨てろとシロからの指導を思い出して頭を振って邪念を払った。今は目の前の事だけを集中すればいい。

 ユウキのHPは残り七割、対してザガラは残り五割。ユウキが優位な立場になっている。だけど、決して油断はしない。勝負は最後まで何があるか分からない。それが師匠の教えだからだ。


「クソがクソがクソが!」

「………」

「なんだそのツラは! 人を馬鹿にしやがって!!」


 戦闘が開始して全く口を開くことなく、淡々と自分を追いつめるユウキが気に食わないようで怒号をまき散らす。しかし、ユウキがそれに応えることはない。

 戦闘中の会話は相手を油断させる点で必要な時もある、相手の隙を作るためだ。が、目の前のザガラは最初から油断と隙が有り余っているような状態なので必要ない。無駄に体力を使うだけになる。

 

「な、舐めなやがって! くらえっ! 【炎剣】」


 ザガラのロングソードに炎が纏い、揺らめく。【炎魔法】と【両手剣】の混合スキル。炎の剣となったロングソードは熱気を敵に向けて威嚇する。

 そこから縦に振られたロングソードがユウキに迫る。


「っぅ!」


 炎を纏ったロングソードは攻撃力と範囲が向上させる。これまでの攻防の距離感で構えていたら一瞬でお陀仏だ。幸い、彼の戦闘スタイルを知っているユウキは、ダメージを喰わらずに済んだがリーチがある分向こうが優位となってしまった。顔には出さないが苦々しいくなる。

 一瞬焦りをみせるユウキだが、すぐに対策を考える。何が起きても冷静さを欠けてはいけない。


(大丈夫、冷静に軌道を読めばいい話なんだ)


 動揺を最小限にとどめ、再び構える。

 ユウキとザガラの視線が交差する。先に動いたのはユウキの方だ。


「やあ!」


 踏み込みからの上段落し。だが、剣は空を切る。すると、横から嫌な感触が背中に走った。瞬時に頭を下げる。


「ちっ」

「…っ」


 頭上を通過する熱気にユウキは冷や汗を感じる。

 これは、一撃でも喰らったらダメージがデカい。絶対にもろに喰らったらだめだ。しかし、小さい恐怖は時に大きな隙を作ることになる。


「おらぁ!」

「がっ!?」


 先ほどザガラに対して使った攻撃がユウキに襲い掛かる。がら空きとなった体に鋭い蹴りがめり込んだ。胃から何かが逆流してくる感覚に苦痛の表情を浮かべる。

 そういえば、痛覚設定戻すの忘れていた。


「うぅ……」

「へっ、どうだうじ虫」


 腹部からの痛みのせいで動きが鈍ったユウキにさらなら追撃が迫る。避けられない、咄嗟に盾を差し出す。だが__


「こっちだ」

「っ!?」


 予想した軌道から炎剣が逸れ、肩から一気に切口が走る。

 追加される傷み、減るHP。僅かなほころびが崩壊のカウントダウンを開始させていた。


「どりゃぁっ」


 蹴りから始まり、剣撃、そして締めの【ボディバック】。見事な連携技によってユウキは後方に突き飛ばされ、倒れた。

 残りHPは半分近くへとなってしまった。


「ハッハッハッ! どうだ、これで分かっただろう、テメェじゃ俺様には勝てねぇんだよ!!」


 勝利を確信した笑いが公園に響き渡る。

 顔を歪ませるユウキは、懸命に立ち上がろうとしていた。


「ま、まだ負けるわけには……」

「負けなんだよ!」

「うわっ!」


 立ち上がろうとしていたところに、ザガラの蹴りが再び炸裂した。無残に転がるユウキ。痛みがあるせいか、動きにキレがなくなりかけている。

 そこへ容赦のない攻撃が加わる。


「いい加減、目障りなんだよ! さっきから、調子に、乗りやがって!」

「あがっ、うぐっ、ばはっ」


 腹、鳩尾、顔面、次々に飛んでくる蹴り。すぐに勝負がつくはずなのに、ザガラの攻撃は相手をいたぶることに特化されており、HPの減りも緩やかである。

 執拗な攻撃がしばらく続き、ユウキのHPも残り三割へと変化していた。散々蹴っていたザガラも疲れたのか、一度攻撃の手を緩めた。逃げ出せる好機、だが痛みによる反動でまともに動くことが難しかった。


「大体、テメェはよ! いつもいつも皆川の隣にいやがって邪魔なんだよ!! うぜぇんだよ!!」


 これまで溜め込んでいたものを吐き出すようにザガラは叫ぶ。


「消えろよ! どっか行けよ! 知らない所でうじうじしてればいいんだよお前は!!」

「がっ」


 怒りに任せた蹴りが命中する。蹴られながらユウキは確かにその通りだ、と一人考えていた。

 彼の言う通り、自分みたいな地味で弱い奴が活発で強気な彼女の横にいるのは不釣り合いである。彼女を慕う人は沢山いる。そんな素敵な莉奈を幼馴染だというだけで自分が独占するのは良くないことだ。世の中の条理に反している。


 諦めよう、彼女も勝負も。もう、いいじゃないか、別に彼女は僕がいなくたってやっていける。僕なんか必要ないんだ。

 ぼんやりと開かれていた目が段々と閉じられようとしていた。その時__


『ぶっちゃけお前が勝とうが負けようが俺は興味ない』


 唐突に、試合が始まる前、最後の特訓中に発せられたシロの言葉が浮かび上がった。

 確か、彼はその後こう続けた。 


『だけどな、ここまでの間サポートしてくれた二人はお前が勝ってくれるのを祈っている。だから、あいつらのためにも全力で挑め……いいな?』


 はっ、と閉じかけていたユウキの目が開かれた。


 そうだ、何を自分は諦めかけているんだ。どうしてここまで自分がやって来れたと思っている。何を一人で勝手に終わらせようとしているんだ。


 ここまで自分を支えてくれた人たちのおかげで戦える力を得たんではないか。たった数日だけでもあの人たちは自分の我儘に付き合ってくれたではないか。


 思い出せ、元気に励ましてくれた人の顔を。


 思い出せ、心配そうに慰めてくれた人の顔を。


 思い出せ、無表情で喝を入れてくれた人の顔を。


 そして何よりも__



 大事な女の子の笑顔を。



「っっっっっ!!」

 

 そうだ、自分はただただあの子に笑って欲しいんだ。あの人たちに恩返ししたいんだ。

 こんな所で、倒れている場合ではない。

 

「さぁて、そろそろ終わりにするか」

 

 ユウキのHPが僅かになっていることを見て、ザガラが宣告してくる。高々に構えられた炎剣がユウキを狙う。


「………」


 起き上がる気配なし。もう、諦めているようだ。ザガラは無様な姿のユウキを嘲笑うと一気に炎剣を振り下ろした。


「死ねぇぇ!」


 迫る炎剣。近づく敗北。

 だけど、もう彼の眼から諦めの色は失われていた。


「【ブロッキング】!!」



 ガキンッ!!!



 ザガラの炎剣とユウキの盾がぶつかり合い、鈍い金属音が轟く。

 防がれた、しかし、まだ攻撃の余地はある。ザガラは一度距離を取ろうと体重を後ろにやろうとした。

 しかし__


「な、なんで!?」


 ピクリとも体が動かない。異常事態にザガラは叫ばずにはいられなかった。一体何故、こんなことが起きているのか理解不能だった。

 混乱する彼の耳に息の切れたユウキの声が入って来た。


「せ、成功…」

「っ! テメェ何しやがった!!」


 鬼の形相で声を張るザガラ。何らかのスキルか、いやしかし、さっきユウキが使ったスキルは【騎士】スキルの【ブロッキング】。せいぜい効果は盾の防御力を上げるだけのはず。こんな状態になるようなスキルではない。

 

「どうなってんだ、これは!?」


 喚くザガラにユウキは静かに立ち上がる。

 なんてこともない、ユウキが行ったのは【ブロッキング】で炎剣を防いだ、それだけである。

 ユウキの使った【ブロッキング】は確かに盾の防御力を上げ、攻撃を防ぐものであるというのが一般的な見解だ。しかし、このスキルのはまだ特殊な追加効果が備わっていた。 

 


 【ブロッキング】:盾自体の防御力を上げ、攻撃を防ぐスキル。ただし、敵の攻撃が当たる瞬間と同時にこのスキルを使用し、防御に成功した場合、敵をスタンさせることが出来る。



 言うならば、《ジャストガード》や《スキルカット》と同じ原理だ。だが、タイミングはシビアで成功例はほとんどないためあまり知られていない効果でもある。

 今回、シロとの特訓の中でユウキはこのタイミングを合わせる練習を何度も実戦練習で行ってきた。そのおかげか高確率でこのスタンを引き起こせるまでになっていたのだ。


(必勝パターン!!)


 相手がスタンで動けない今、勝つにはここで倒すしかない。ユウキは既に何回と行われてきた対戦シチュエーションのなかで最適解を瞬時に導き出し自分が今必要なスキルを唱えた。

 剣を構え、相手を見据える。ザガラはぎゃぁぎゃぁ、と叫んでいるが集中しているユウキの耳には何も入ってこなかった。

 足に力を加え、一気に踏み込む。剣からは禍々しい黒柴色の光が纏わり出していた。

 間合いに入った。


(ここで、決める!!)


 振りは小さく鋭く。

 狙いは的確に人体の急所。

 力強い一歩から放たれる渾身の一撃をユウキは叫んだ。


「【リベンジカウンター】!!」


 ユウキの剣がザガラの首に直撃。避けることが許されなかった彼の首は無惨に、空中へ飛び上がっていた。

 もう、ユウキの視界に彼は映っていない。代わりにユウキの耳にはガラスの割れる音が浸透してくる。

 

「ハァハァハァ……」


 静かになった公園に激しい呼吸の音が聞こえる。

 ユウキはようやく下げていた頭を上げ、視線を前に寄越した。

 そこには、僅かに残った光の粒子と一枚の『海』のカードだけが残っていた。


「か、勝った……?」


 呆然と呟くユウキ。あまり実感がないようだ。まぁ、最後の方はほとんど無意識に近い状態だったためしょうがないかもしれない。

 へなへな、と腰が落ちる。


「……疲れた」


 体がだるい。あちこち痛い。もう、これ以上動くのは億劫だった。


「あっ、でも、師匠が待っているんだ」


 まだ、試合は終わっていない。ちゃんとゴールしてシロに報告するまで彼に終わりはないのだ。

 ユウキはへとへとな体に鞭打って立ち上がると落ちている『海』のカードを拾い上げる。どうしてか、そのカードは何の変哲もないはずなのに特別に思えてしまった。


「よしっ、行こう」


 カードを仕舞ったユウキはふらふらと公園を出る。

 目指すはゴール地点。これ以上戦闘したら確実に負ける自信があるため、物陰に隠れながら移動することにする。



 公園を出たユウキの足は、弱々しくもしっかりと地面を踏んでいた。


 


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