第百六十四話 『覚悟』
闘技場で画面を心配そうに見つめる少女がいた。
画面には、荒廃した街を走る一人の少年が映し出されている。
「……ユウキ」
少年の名を呼ぶ少女の顔はあまり芳しくない。自然と両方の手に拳を作っていた。
「…リーシャちゃん、だよね?」
すると突然、思わぬ方向から自分の名前を呼ばれた。反射的に彼女は声の方に首を向ける。
そこには、全身を白い服装に身を包んだ美人な女の人と髪をピンク色にしている美少女がいた。この二人をリーシャは知っている。
試合が始まる前にユウキと一緒にいた人たちだ。
「…そうですけど、なんですか?」
いきなり声を掛けられたことに驚くリーシャであるが落ち着き払った声で返答出来た。
試合前にユウキと一緒にいた彼女たちが一体自分に何の用だろうか。
「うん、ちょっとお話があるんだ。ユウキ君のことで」
びくっ、と彼の名前を出した途端彼女は肩を跳ね上げた。
「……あなたたちは?」
「ユウキ君の友達だよ。私はユキ、こっちがフィーリア」
「よろしくお願いします」
「……リーシャです」
ニコリ、と笑いかけながら自己紹介をしてくる二人にリーシャはつられるように頭を下げた。
「あの、ユウキの友達って……」
「あぁ、やっぱりユウキ君から何も聞かされていないんだね」
その一言で彼女たちが自分の置かれている状況を知っているのだとリーシャは理解した。
彼女たちの言う通り、自分は今彼がどういう状況なのか知らない。一体彼に何が起きているのかも分からなかった。
「取り敢えず、私たちと一緒に座ろ? 聞きたいことになら、答えられる範囲で教えてあげるから」
「…はい」
一瞬、この人たちについて行っていいのか迷ったが幼馴染としてユウキが置かれている状況を知りたいという欲が勝った。
リーシャはユキたちに連れられ、少し離れた席に移った。そこにはそっくりな小さい女の子二人と女性が二人いた。彼女たちは自分を見るとキョトン、と不思議そうな顔をしたが快く歓迎してくれた。
ユキとフィーリアに勧められ席に座る。画面にはもう既にユウキの姿はなかった。
「さて、それじゃ何から聞きたいのかな?」
開口一番にユキがリーシャに訊く。
聞きたいことなど山ほどある、しかし、リーシャは焦っているせいか言葉が見つからない。数秒、頭の中で懸命に訊きたいことを一つずつ挙げていくリーシャ。ユキたちはその間、嫌な顔をせずじっと彼女が喋るのを待った。
「……あの、どうしてウチに声を掛けたんですか?」
彼女が最初に出した質問はそれだった。
ユキとフィーリアは互いに顔を合わせ、特に言葉を交わすことなく頷いた。どちらが答えるのかを決めていたのだろう。
リーシャの質問にユキが答えた。
「試合が始まったらあなたを探すようにってシロ君……えぇと、私たちのフレンドから言われたんだ。きっとユウキ君碌に説明していないだろうから」
「…はい、ウチ、何も知りません。夏休み入る前にボロボロになって家に帰るユウキを見つけたんです。でも、何があったのか教えてくれなくて…」
彼女が下校をしている際に、あちこちに傷をつけたユウキを見つけたのは記憶に新しい。理由を尋ねても珍しく頑なに口を開こうとはしなかった。
ユキとフィーリアはその話を聞いて「やっぱりと」と呆れた。心配させたくない気持ちは分からなくもないが、少しは説明してあげた方が良かっただろうに。何も言われないというのは、それだけで心配になるし、話してくれないことに傷つくのだから。
「はぁ、シロ君の言った通りだね」
「まぁ、ユウキ君もいっぱいいっぱいだったんでしょうからしょうがないと言えばしょうがないですが」
嘆息する二人にまわりの面子は話が見えてこないため、首を傾げるばかりである。
ユキは幼馴染に何も話してくれないことにショックを受けている彼女に対して、優しい声色で説明をし始めた。
「う~んと、どこから話したらいいのか迷うけど聞いてくれる?」
「はい、お願いします」
リーシャは真っすぐにユキを見つめると姿勢を正した。
ユキはまず、自分たちがキャンプイベントで出会ったこと、そしてその後ユウキがシロに弟子入りを志願してきたこと、理由が幼馴染をパーティから抜けさせること。ユキが分かっていることをすべてリーシャに説明する。途中、フィーリアにも手伝ってもらったが口を挟むことは少なかった。
その間、彼女は終始無言でひたすら話に耳を傾けていた。
☆☆☆☆☆☆
思えば彼女はよく自分の面倒を見てくれたものだ。
廃都市を駆けながらユウキは自分が幼い頃のことを思い出していた。よく転んでは泣いていた自分に手を差し伸べてくれた彼女は、同じ年なのにお姉さんみたいに思えてしまう。
泣き虫のせいか、からかわれることが多かった僕をいつも庇ってくれた。僕はそれがとても嬉しくて、安心してしまっていたのだ。
中学生になった頃から、リーシャ………莉奈が男子から騒がれるようになった。元々元気で明るい彼女だ。人気者になるのは頷ける。
しかし、一方で幼馴染である僕は弱気で根暗だったせいか昔と変わらずからかわれる日々が続いていた。それが、相楽君たちをいい気分にさせてしまったのかもしれない。
「シャキッとしなさいよ優希!」
これが彼女の口癖であった。でも、僕には無理な話だ。
人と接するのは怖い。人に文句を言うのは勇気がいる。僕には耐えられない。だから、相楽君たちにからかわれて悪口を言われても何一つ言い返せなかった。
そんなある日、僕は莉奈の勧めでBGOを始めることになった。ゲームは元々好きだったから誘いに乗ったのだけど、最初は楽しかった。
莉奈と昔みたいに野山を駆けた頃を思い出すようだった。この世界なら僕は違う人になれる、そう思っていた。しかし、それも長くは続かなかった。
偶然にも出会った彼らは強引に僕らをパーティに引きずり込むと僕にモンスターをトレインさせたり、肉壁として自分らは後ろから攻撃したりと楽にレベルを上げていった。死に戻りが多い僕はレベルが上がるのは遅かったけど、そんなこと彼らには関係ない。どんどんと強いモンスターの所へ僕らを引き連れていった。
気が強い彼女は最初色々と言っていたけど、どうしてか途中から何も言わなくなってしまった。逆に僕は、彼らに何か口答えする勇気もなく淡々とモンスターのヘイトを集めることばかりだ。
それが当たり前になって来た頃だった。僕は見たのだ。
強さというものを。
彼は僕なら怯みそうなザガラ君の言葉にも全く怯むことなかった。レベルも僕より低いのに、全然一歩下がることなく立っていた。
そして、彼はザガラ君をいともたやすくやっつけてしまったのだ。
心が震えた。魂が叫んだ。胸が熱くなった。
堂々とした佇まい、全く変わらない表情。他の人とは違う何か。その何かを僕は知りたくなった。
そして、僕は彼に弟子にしてくれと頼んだ。けれど、最初は拒否された。覚悟が見えないんだと言われた。
覚悟、とはなんだろう。僕は頭を抱えた。この現状に嫌気がさしているのは当然。それだけではダメなのか。分からない、全く持って彼の言っていることが分からなかった。
ある日、僕は莉奈に訊ねてみた。
「ねぇ、莉奈。覚悟ってどう示せばいいの?」
「はぁ? 何急に意味分からないこと言ってんの?」
「い、いや、ちょっとした疑問だよ。ほら、昨日漫画にそういうシーンがあってさ気になったんだよ」
莉奈には僕が弟子入りを志願していることは言っていない。何となく言いたくなかった。
「さぁね、適当に何か差しだせばいいんじゃない?」
「何かってなんだよ」
「知らないわよ。でも、お金でもなんでも出せば誠意は伝わるんじゃない?」
「ふむ、なるほど……」
「ねぇ、ほんとどうしたの急に」
「なんでもないよ、気にしないで」
「………」
ジト目で見つめる莉奈の視線からどうにか逃げた僕は、さっそくあの人に会うことにした。BGOは広いから探し出せるかどうか不安だったけど運よく見つけることが出来た。
何故か逃げる彼を一生懸命走ると追いつくことに成功。今の僕の誠意を伝えたのだが__
『…バカにしてんのか?』
キレられた。
顔面は蹴られるわ、暴言は吐かれるわで凄い剣幕で口にする言葉は的確に自分の心を抉った。
『君は本当はどうすればいいのか分かっているはず。なのに、それを行うのは怖くてとても勇気がいることだから、思いつかないようにしている。私にはそう見えるよ』
彼が怒って去った後、彼と一緒にいたユキさんからそんなことを言われた。何故か、それが脳裏から離れなかった。
どうすればいいのか分かっている、果たしてそうだろうか。もしそうなら僕は何をすればいいんだろうか。落ちてからも一晩中考えた。僕が何をするべきなのか、どうすればいいのか。
『もし仮に、君のお願いを聞いていじめっ子たちをやっつけられたとしてもそれだけでは終わらない、シロ君はそう言っていた』
彼女はその後こう続けた。
『彼は、頭がいいから先のことまで考えられる人なんだ。あれをしたらどうなるのか、もしこれをしたらどうなるのか、考えてから行動している。だからこそ、ユウキ君のお願いも簡単に聞かないんだと思う』
先の事を考える。それはつまり、僕が仮にザガラ君たちを倒せた後ということだろう。
もし、ザガラ君たちを上手く倒せたとする。その後、どうなる?
「……そうか」
ようやく気付いた。考えれば誰だって分かることなのに、僕は目を逸らしていたんだ。
僕がもしも彼らに勝ったら、きっとリアルで報復が起こることだろう。あの人たちの性格からして間違いない。
だから、あの人は頑なに断っていたんだ。リアルで起こることに責任が取れないから。
そして、それでも教えを乞うなら『覚悟』を見せろと言っていた。この場合で言う『覚悟』とは__
「………」
出た。
答えは自然と出てきた。
自分が何をするべきなのか。自分がどうすればいいのか。『覚悟』とは、何か。
答えに辿り着いたのは、夏休み前日の時だった。
「お願い、もうリーシャをパーティに連れ出すのは止めて欲しい」
翌日、思い立ったが吉日とばかりに僕は相楽君たちに頭を下げた。でも__
「はぁ? 何言ってんだテメェ」
「だから、莉奈に付きまとうのはもうやめて」
眼付いてくる相楽君。いつもならここで言葉を止めることだろう。だけど、今回だけは絶対に引き下がるわけにはいかない。
今すぐ逃げ出したい。怯える心に鞭を打って抵抗する。
「っ、生意気言ってんじゃねぇようじ虫野郎が!」
「あがっ」
いつも言うことを聞く僕が反抗したのが気に障ったみたいで、彼の拳が腹に突き刺さった。
その後は一方的なリンチだった。なすすべもなく、為されるがまま殴られ続けて数分が経過した頃。
「……そこまで言うなら、今度の大会で俺よりいい成績残して見ろよ。そうしたらテメェの言うこと聞いてやる」
「はぁはぁ、ほ、本当?」
「はっ、お前にんなこと出来る訳ないだろうけどなっ!」
そう言って彼らは去っていった。殴られ、蹴られ、呼吸も乱れてきつい…。
けど、耐えた。
「はぁはぁ、こ、これで『覚悟』は、示せたか、な」
その後家に帰ると偶々莉奈と遭遇してしまって怪我の事を誤魔化すのに苦労した。
部屋に戻ってすぐにログインしようと思ったけど疲れのせいか、寝てしまい起きてすぐにログインして彼を探しに出た。
道行く人に彼について訊ねるといつも行くという酒場を紹介された。
そうして、僕はプレイヤー『シロ』の弟子となったのだ。
☆☆☆☆☆☆
「……ごくり」
これまでの事を思い出していたユウキは自然と唾を飲みこんだ。これから、自分は負けられない戦いに臨む。
多分、これまでの人生の中で一番譲れない戦いだ。絶対に勝たなければならない。
自分の勝利を信じてくれる人のために。
自分を鍛えてくれた人のために。
いつも守ってくれた娘のために。
そして、なによりもこれからの自分のためにも。
「……勝ってみせる」
長い喝を入れたユウキは広い公園に辿り着いた。
入口で一度足を止める。
「へっ、逃げずに来たか」
ジャングルジムの一番上、そこで悠々と座っているザガラが口を開いた。どうやら相手もユウキが来るのを予想していたみたいである。
ユウキは相手の姿を確認すると公園に足を踏む入れた。
予備予選通過者0名。
生存者名993名。
リタイア154名。




