第十話 ゴング
ここは街の中心街にある闘技場。古代ローマにありそうな石造りの建物から熱を帯びた観客の声が轟いていた。観客の数は平日というのに千人、ネット中継を合わせれば万に届くであろう。そんな観客たちが皆、今か今かと始まりの瞬間を待っている。今日は、BGO公式のPvPトーナメント個人の部の決勝戦が行われようとしていたのだ。
2、3ヶ月に一回の割合で行われるこのトーナメント。毎回激しいバトルが繰り広げられ観客たちを沸かせている。だが、今日はそんな生ぬるいものではない。観客は中央のバトルフィールドを凝視し、手に汗を握っている。その理由はバトルフィールドに登場して二人の男女にあった。
『えー、只今より、PvPトーナメント、決勝戦を始めます』
実況者によるアナウンスが流れると会場はより一層盛り上がる。そんな大勢の観客に見られている男女は互いに真剣な目で相手を睨んでいた。
男の方は屈強そうな強面な顔で、赤い髪が男の存在感をより引き出させている。もう一人の女の方は楽しそうにニコニコとして表情を浮かべて、バトルの合図を待ちきれずにいた。
『決勝戦を戦うのは、ギルド【猛者の巣窟】のギルドマスター【絶対強者】、レオン!!』
レオンと呼ばれたプレイヤーは片手をあげて、自身の存在のアピールを図る。それに伴って、観客からはレオンコールが巻き起こった。
続いて、実況者は女性プレイヤーの紹介を始める。
『続けて、ギルド【向日葵の輪】所属、【閃光】、ミルフィー!!』
アナウンスが終了と同時に観客から今度はミルフィーコールが発せられた。それに応じるかのようにミルフィーは周りに両手を振る。その行動に大勢の男性プレイヤーはまた歓声を上げた。
両者は互いに相手を見つめる。実況者が二人の事に関する情報や対戦ルールの説明を流しているが二人はそれを聞かずに会話を始める。
「よう、ミルフィー、お前とやるのは久しぶりだな」
「そうだね~、一年ぶりくらいかな~? お互い予定が合わなかったようだし~」
「はっ、よく言うぜ、どうせ今回も優勝賞品があれじゃなかったら参加しなかったんだろう」
レオンはそう言って、会場の上空に浮かぶ優勝賞品である【ラビピォンの王冠】を指差した。言われてミルフィーは照れくさそうに顔を赤くした。
「まぁね~、だってあれ可愛いんだもん~。つい、欲しくなっちゃって~」
「ま、俺はどうでもいいが、一応この闘技場でチャンピオンと言われている以上、負けられないがな」
「あれ~? レオンもしかしてあたしに勝つ気なの~?」
「…ほう、言うじゃねえか」
口調は互いに穏やかであるがその内容は火花が既にちらつかせていた。
『それでは、PvPトーナメント個人の部決勝戦、レディー…』
実況者の声で二人は構える。
『GO!!』
ゴングが闘技場で鳴り響いた。
☆☆☆☆☆☆
店にある画面を眺めながらシロはホックから出されたナップルジュースを飲んでいた。甘酸っぱい味が口いっぱいに広がって美味い。画面には今から戦うだろうプレイヤー二人が映し出されていた。
「さて、どちらが勝つかな?」
ホックもカウンター越しから興味深そうに画面を眺める。ホックが興味があるのは勝負ではなく、勝負に賭けられているお金だろう。
だが、シロはさっきからだんまりとしているユキの方が気になっていた。なぜか不貞腐れてような顔をしてナップルジュースを飲んでいる。理由が分からずシロは戸惑っていた。
「なぁ、ユキ」
「………」
「なぁって、なんでそんな不機嫌なんだよ」
「…知らない」
ぷいっとそっぽを向くユキ。訳が分からず頭を抱えるシロを面白そうに見ていたホックが助け船を出した。
「はっはっは、いいかシロ、ユキちゃんはこういう賭け事とか嫌いなんだよ」
「え? そうなのか?」
「………」
ホックの言葉に何も言わないユキだが反応を見る限り本当のようであった。だから、さっきシロが入金したのが気に食わなかったらしい。今だ不機嫌そうな顔をするユキにシロはやれやれと首を振った。
「はぁ、いいじゃねえか別に、賭けに勝ったらなんか奢ってやるからよ。機嫌直してくれよ」
「…もう、負けてもなんか奢ってよ」
「はいはい」
不貞腐れて顔を変えなかったが一応機嫌が直ったようだ。とりあえず、一安心。そんな光景を見てホックが「リア充めっ」と呟いたのがシロの耳に入ったが聞かなかった振りをする。
「で、シロ君はどっちが勝つと思う?」
「ん? そうだなぁ……全く分からん」
「そりゃ、シロはあの二人がどんな奴か知らないからね。といっても長くプレイしている俺等でも今回は分からないがな」
「え、あの二人って結構有名なんですか?」
ホックの発言にユキは訊き返す。どうやら、あの二人のことを知らないようだ。
「ああ、あの二人はBGOをやっている奴なら誰もが知っている、伝説のギルド【六芒星】の元メンバーだからな」
「【六芒星】?」
疑問顔を浮かべるユキ。シロはナップルジュースを飲みながら画面を眺めていた。顔をホックのほうに向かせたユキが再度説明を求める。美少女に頼まれて嬉しいのか、ホックは得意顔で説明を始めた。
「【六芒星】って言うのは、BGOで活動していたギルドで、その強さはまさに規定外。今画面に映っている【絶対強者】のレオン、【閃光】のミルフィー、さらに他にも、【師匠】のファング、【店長】のリュウ、【深藍の魔女】のミク、そして、そのメンバーをまとめていたギルドマスターの【大罪】のシルバーで構成されていたんだ」
『シルバー』の名前にユキは身を乗り出す。シロも持っていたジュースをカウンターに置き、落ち着き払いながら振り返った。
「シルバーって今PK騒ぎを起こしているあの?」
ユキがやや興奮気味に問いかける。その迫力に思わず後退するホック。見かねたシロはユキの肩に手を乗せグイッ、と席に戻す。ひとまず冷静になれ。
代わりに彼がホックに尋ねる。
「悪い、こいつそいつと因縁あるらしいから……それで? 今PK騒ぎを起こしている『シルバー』に関する情報はないですか?」
「ほう、何、ユキちゃん偽シルバーにPKされちゃったの?」
「偽……?」
「ああ、今騒がれているPKの犯人とシルバーは別人だ」
「…その根拠は?」
ホックの断言にシロは興味が引かれたように眉を動かす。一体何を根拠に彼はPK犯とシルバーを別人だと判断したのだろう。
「簡単だ、【六芒星】のシルバーはもういないからだよ」
「もういない…?」
ホックの発言にユキはまたもや聞き返した。
「うん、今から3年前くらいかな? シルバーは突然このゲームから姿を消したんだよ」
「どうして?」
「さぁ? 理由は分からないけどゲームを引退するプレイヤーなんてたくさんいるからね。リアルで何かあったんじゃない?」
シルバーに限らず、リアルでの生活を理由にゲームを引退する例は珍しくない。だが、シルバーが姿を消した直後は色々な噂が流れたらしい。リアルで意識不明の重症だとか、あまりに強すぎたので運営から出禁にあったとか、どれも突拍子のないものばかりだ。
黙り込む二人に「それから…」と前置きをしてからホックは続けた。
「今回のPK騒動が始まってからシルバーの存在が明らかになった時にまず否定したのが元【六芒星】のメンバーたちだったからね。あいつらは相当発言力あるから、皆PK犯のことを偽シルバーって呼んでるよ」
そこまで話をするとホックは客から注文を受けたらしくその場から離れて行った。話を聞いた二人はしばらく無言であったがユキが先に口を開いた。
「シロ君、どう思う?」
「………」
シロからの返事がない。変だと思ってユキは彼の顔を覗く。すると、そこには口元を手で覆い表情を隠しているシロの姿があった。
「どうしたの?」
「…いや、何でもない」
なおも口元を見せないシロ。その表情はどこか嬉しそうであるように見えた。
だが、彼は気持ちを切り替えるように「うしっ」と呟くとユキに意識を向けた。
気を取り直して二人は会話を再開させる。
「ねぇ、シロ君、さっきの話どう思う?」
「あぁ、多分ホックさんの言う通りPK犯とシルバーは別人だろう」
「どうして?」
「【六芒星】のことはネットにもあるから情報を集めるついでに見てみたけど、確かに【六芒星】のシルバーは今から3年前に姿を消している」
「でも、また戻って来たってことはないの?」
「あり得ない」
断言するシロにユキは首を傾げる。なぜそこまで確信を持てるのだろうか。
「なんでそう思うの?」
「今は言えないかな」
「何それ、すっごく気になるんですけど」
「まあ、お前が知らなくてもいいからな」
「むぅ、情報の非公開はいけないことだと宣言します」
シロの態度が気に食わなかったのかユキが珍しく怒った表情を向ける。だが、シロはそれを一言で黙らせた。
「条件…」
「うっ…」
彼らの間で交わされた条件の一つ、シロの行動に文句を言わない。それを口にするとユキは悔しそうに大人しくなった。こんなことなら迂闊に条件を飲むんじゃなかったと遅い後悔に苛まれるユキであった。
それを見て、意識を再び画面に向けるシロ。画面では実況者が今回のルールを説明しているところだった。
『えぇ~、今回の対戦ルールはPvPの決闘モードの戦闘で行われます。ルールは制限時間5分間、HP3000に固定、回復アイテムの使用不可、さらに回復系のスキルも回数を制限させてもらいます。それで相手をキルするかより相手のHPを減らした方の勝ちとなります。さぁ! いよいよ決勝戦のゴングが鳴ります』
実況者が熱く語るようにルール説明を終わらせると会場はより一層の盛り上がりを見せる。画面に映る二人は相手を睨みあい、いつでも開始が出来るようにそれぞれの武器を構える。その様子をじっとシロとユキは眺めた。
そして、実況者が叫ぶ。
『それでは、PvPトーナメント個人の部決勝戦、レディー……GO!!』
合図と共にゴングが鳴り、会場だけでなくシロたちのいる店でも歓声が上がった。
☆☆☆☆☆☆
「いっくよー!!」
試合開始と同時に動き出したのはミルフィーだった。地面を思いっきり蹴り出すと相手との距離を一気に縮め自身のレイピアを突き出す。
「えいっ!」
キンキンキン!!
ミルフィーの早い三連突きをレオンは左手に持つ盾で防ぐ。さらに、右手に持つバスターソードを縦に振るった。
「よっと」
すかさずミルフィーはレイピアで攻撃を受け流し、バックステップで距離をとる。だが、それをレオンは許さない。後ろに下がるミルフィーを追うように前へ進みソードを縦に横へと振る。
キンキンキンキンキンキン!!
目にも止まらない速さで振るわれるソードをミルフィーは避け、時には受け流し、隙をつくように攻撃に転じるがそれも盾で防御される。
その攻防を見ている観客たちはより大きな歓声をあげ、会場の温度はさらに上昇する。レオンによる攻撃から逃れたミルフィーは空いた距離を活かすべくレイピアを構えなおし、武器に力を注ぐイメージをする。すると、レイピアは黄色い光を帯び、幻想的な光景がバトルフィールドに広がる。力を溜めたミルフィーはそれを勢いよく相手に突き出した。
「【光の軌道】!!」
突き出されたレイピアからまるでレーザーのような攻撃が出される。一瞬でレオンとの距離をゼロにして光はレオンを包み込む。
ドカーン!!
隕石でも落ちたのかというほどの衝撃の余波が会場を襲う。激しい土埃に観客たちはバトルフィールドの様子が分からなかった。これは決まったか、と考える者もいるなか土埃が徐々に晴れていく。そこから人影が現れ、完全に視界が開けると歓声が巻き起こる。
そこには全くの無傷で仁王立ちしているレオンの姿があった。今の攻撃を盾で防いだようだ。
「やっぱりあんなんじゃダメか~」
「ふん、そう思ってるなら最初から大技でも使えばいいんだよ」
「えぇ~、そういうのはいざって時に使うもんだよ~」
「……じゃあ、すぐにいざって時にしてやんよっ!!」
そう言うとレオンは先ほど同様にミルフィーとの距離を縮め接近戦に持ち込む。ミルフィーもそれに応じるかのごとく駆け出す。レオンはソードをミルフィーはレイピアをそれぞれ振り相手の武器とぶつけ合う。
激しい攻防を繰り広げる両者を応援する声は鳴り止まなかった。




