第九十四話 小テスト
「ふわぁ~、おはよう」
「おはようございます」
翌日、テントから顔を出したエルを迎えたのはフライパン片手に調理中のシロである。フライパンでは目玉焼きとベーコンが焼かれていた。テーブルには既に焼かれている料理とパンが並べられており、おいしそうな匂いを漂わせている。寝ぼけまなこで周りを見るとまだエルの他に人はおらず、自分が二番手のようであった。
「手伝おうか?」
「いえ、もうすぐ出来ますのでゆっくりしててください。実際あとこれだけですし」
「あぁ、うん…」
シロの異様な手際のよさに何やら女子として敗北感を感じつつも言う通りに顔を洗いに湖の方へと向かった。
「おはようございます」
「ふぅわ~」
「シロ君、おはようございます」
エルが顔を目を覚まさせようとしてからちょっと後からミカ、ルカ、フィーリアが各テントから出てきた。
「おはようございます、ちょうど朝食が出来たのでどうぞ」
「うわー、おいしそう」
「なんて女子力…」
「ご、ごめんなさいシロ君ばかり働かせて」
「いいって、いつもやってることだし」
シロが朝食を見て各々の反応を見せるているとテントから最後の集団が現れた。
「う~、おはよぅ~」
「……グッド」
「……モーニング」
「ぐ~…」
「取り敢えず、顔を洗ってこい」
明らかに足取りがおぼつかない四人にシロは有無言わせず湖へと直行させるのであった。
「で、今日の予定だけど皆どうする?」
しっかりと目を覚ました四人が席について食事をして落ち着きを見せた所でエルが口を開いた。声を発したことで全員の視線が集中する。
エルのその問いに先に口を開いたのはミルフィーであった。
「もちろん~、冒険~!」
根っからのゲーマーであるミルフィーは当然とばかりにパン片手に意気込んだ。それに同調するように隣からも声が出て来る。
「まぁ、探索はしないといけないわね」
「「賛成」」
「皆がいいなら私も」
ルカが賛成するとともに【向日葵の輪】の面々も首を縦に振った。ギルメンの意見が纏まったのを確認するとエルはシロたちの方へ視線を寄越した。
「ハイハイ! 私もお供したいです!」
「えぇと~、シロ君どうします?」
ユキが勢いよく手を挙げながらミルフィーたちと一緒にいることを言った。フィーリアは、困った表情でシロの方へ意見を求める。ユキとフィーリアの視線を受けてシロは落ち着いた顔で水を飲むと自分の意見を述べた。
「……勉強するに決まってるだろ?」
「……えっ?」
シロの何の感情も込められていない言葉にユキを始めとした全員が目を丸くした。だが、シロとしては元々の目的は勉強をするためにイベントに参加した訳であって、決して楽しむためではない。なので、今日の予定としてはシロはひたすら勉強をすると決めている。
だが、呆然としているユキの表情から彼女の中で遊ぶことが決定していたことが分かる。
「あのなお前、このイベントに参加した理由を忘れた訳ではないだろうな」
「うぅ、それは……」
シロの無言の圧にユキは反論することが出来ず、項垂れてしまう。しかし、ここで待ったがかかる。
「ちょっと~、それはいくらなんでもひどいんじゃないかな~?」
シロの対面に座っているミルフィーがジッ、と真っすぐな眼差しでユキの擁護に回った。しかし、シロとしては彼女のほうからお願いしてきた事案であってシロは完全善意で手間をかけているのだ、文句を言われる筋合いはない。
負けじとシロも目を逸らすことなくミルフィーに反論する。
「酷いのはこいつの頭の方です。それを直すには一秒でも時間が惜しいんですよ」
「でもさ~、勉強ばかりだとさ~効率悪いと思うんだよね~」
「それは出来る奴が言うセリフです。出来ない奴は血反吐が出るくらいやらないとマシにならないです」
「じゃあ~、君は血反吐吐くまで勉強してきたっての~?」
「はい、そうですけど?」
『っ!?』
シロの発言にミルフィーはおろか、他の面々も瞠目した。現実的に考えて血反吐が出るほど勉強する人間がいるだろうか。普通の生活をしている分ではそんなことは起きないはずである。なので、思わずエルは口を挟んでしまった。
「それは、あれだよね。比喩というか物の例えってやつでしょう?」
「……………そうですね」
「今の間は何!?」
そんなやり取りを見てユキは惚けた顔をしていた。何故なら、シロがどれだけ勉強が出来るのかは彼女がよく知っているからだ。進学校の学園トップ10に入るほどの実力者である彼がそれほどまでに苦労しているとは到底思えなかったからだ。
「…ユキ」
「な、なに?」
「お前、自分がテストで取った最低点っていくらだ」」
「えっ、えぇと~、多分25点くらいかな」
「それは、また…」
突然シロに質問されたユキは正直に自分の過去を思い出してから答えた。その点数にエルを始めとして面々が苦笑いを浮かべる。ただ一人、シロを除いて。
「そうか、俺は0点だ」
「……えっ?」
「勿論、名前を書き忘れたとか解答を一つずれてしまったとかじゃないぞ。正真正銘、実力で取った0点だ」
「え、えっと、それは冗談?」
「………」
シロのカミングアウトが信じられないユキは思わずそう訊いてしまった。だが、シロは何も言わずパンを口にするだけである。それが無言の肯定だと気づくのに少しばかり時間がかかった。
「けど、そこから俺は必死に勉強した。他の連中が遊んだりしている時も惜しんで勉強をした。やれば出来るなんて言葉があるが世の中にはやっても出来ない奴だっている。そういう奴らは揃ってこう言う『自分はあまり向いていない』『こんなもの一体何の役に立つんだよ』ってな」
『………』
「そして、何をやらしてもそこそこ出来る奴らはこう言う『そんなに必死にやらなくてもいいんじゃない?』『あまり無理はしてはいけないよ』。はっ、出来ない奴は無理してでもやらないといけないんだよ、そうして必死にやってようやく普通レベルまでなるんだ」
『………』
「で、もう一度聞くが…」
シロは静かな口調でミルフィーの方へ視線をやる。
「何が酷いんだって?」
「………」
「必死に足掻くことの何が酷いんだって?」
「そ、それは……」
静かだが、明らかに反論を許さないという圧がシロから溢れ出てミルフィーを襲う。それに当てられてかミルフィーはどうにか言葉を出そうにも喉元でつっかえてしまう。それは自分があまり苦労をしてこなかったからであると判断する。勉強も運動も教えてもらえばそこそこ出来てしまう要領の良さはあるせいか、シロの言うようにできない人の気持ちというのに理解が浅くなってしまっていたのかもしれない。
両者のただならぬ空気にその場にいる全員がそのまま動けなくなってしまっている中、そこで一人だけ口を開いた。
「はい、両者そこまで」
膠着状態となっていた場に落ち着き払ったエルの声が響いた。その声に睨み合っているシロとミルフィーも互いに目を逸らし、静かになった。
「シロ君の言う通り、私たちが彼らの行動にあれこれ言う義理もないけどさ。ミルフィーの言うことも一理あると思うよ。昨夜見た感じ、ユキちゃんはそこまで酷くはなかったと思うよ?」
「そういう油断は危険だと思いますけど?」
「でもさ、せっかく皆で楽しくイベントしているわけだからさ少しばかり遊んでもいいんじゃないかな」
「………」
エルのその言葉にシロは無言で何やら考え込む素振りを見せて、ユキはどう結論が出るのかじっと待っていた。数十秒、シロは腕を組んで静止する。
「……分かった。じゃあ、こうしよう」
☆☆☆☆☆☆
「…なるほどね」
「うぅ~、緊張する」
「大丈夫だよ~、しっかりすればちゃんと出来るから~」
開かれているメニュー画面を前に納得顔をするエルに顔を強張らせたいるユキ、そんなユキをミルフィーは励ましていた。他のメンバーも周りから見守っている。
「準備はいいか?」
「うん…」
「50点満点中25点以上合格だからな」
「分かった…」
ユキの向かい側に座っているシロも同じように画面を開いて操作していた。
シロが出した条件、それはこれから行われる小テストでユキが合格することである。テストの内容はシロがテストに出ると予想していた範囲とその応用を少々、それらの問題を難なく解ければミルフィーたちと行動を共にすることを許すことにした。
これだったら最終的に勉強になるし、ユキがどれくらい身についているのかもわかる。まさに一石二鳥だ。制限時間は30分、教科は数学勿論カンニング及ぶ周りの手助けもなし。自分の力で解かないといけない。
「それじゃ、よーい……ドン!」
シロの合図とともにユキの画面にシロから問題用紙が送られる。ユキは一気に問題全体に目を通す。所狭しと並べられている日本語と数式がユキの視界いっぱいに映し出された。だが、不思議と今まで感じていた嫌悪感などはなくまるで溶け込むかのように頭の中ですぐに答えを導くためにパーツとパーツを壊して、そして組み立て始めた。
(あれ、答えが分かる……)
ユキはすんなりと働く頭に自分自身が驚いていた。だが、それとは反面的にユキの手は答えを示すために画面に触れたのであった。
「お、終わった~」
テストが終了するとユキは力を抜いてテーブルに突っ伏した。シロは自分の画面に送られた模範解答と照らし合わせながら採点を始めた。真剣な顔をして採点をしているシロをユキとフィーリアは固唾を飲んで見守る。
「………終わったぜ」
「そ、それで、結果は?」
ユキの言葉にシロは表情を変えずに淡々とした口調で伝えた。
「50点満点中」
「……ゴクリ」
「………38点」
「やったーー!!」
「良かったねユキちゃん!」
「うん! これで遊んでいいよねシロ君!」
「ハァ、まぁそういう約束だしな」
シロの口から放たれた点数を聞いた瞬間、ユキは先ほど力尽きていたのが嘘かのように飛び上がって喜びを表した。
「良かったね~、これでようやく冒険出来るね~」
ユキとフィーリアの傍で佇んでいたミルフィーもニコニコした笑みを浮かべて喜んでいた。シロは画面に映っているユキの解答用紙をじっ、と見ていた。
(意外にちゃんと出来ているな)
予想としては、ユキの合格できる確率は半々くらいだった。しかし、シロのその予想を裏切りかなりの高得点を得た。
(一応、成果は出ているってことなのかな)
放課後、ゲーム中問わず勉強を教えてきた身としては喜ばしい所である。だが、これをもう少し勉強すればもしかしたらもしかするかもしれない。と、どことなく面白くなりそうな展開を予想してシロは喜ぶユキを眺めるのであった。




