極道入りの理由、そして新たな友達
喧嘩してから少し時間は流れ、学校が終わった俺たちは街のファミレスに来ていた。昼の時はもう時間なかったから、放課後に話をしようってことになったんだ。で、萩原が近場のファミレス教えてくれたからそこで話をしていたのだが……。
「「ええええええっ!?」」
俺と神奈さんの関係を簡潔に話した直後に、村田と萩原が同時に声を上げ、身を乗り出して勢いよく俺に詰め寄ってきたのだ。
「声デカいっての……! 客の皆もこっち見てる」
「あ……ごめん。でも紅、アンタそれマジで言ってるの!?」
「マジだよ萩原。仮に嘘ついたとして、俺に何のメリットがあるんだよ?」
「仮に嘘じゃなくて本当だとしても信じられねぇわ。紅があの橘組の “若頭” って事がよ……!」
二人は俺の指摘で小声になった。まぁ内容が内容だから声を荒らげるのも仕方ないと思うが、普通こんな話信じられないよな? 高校生でありながら極道、しかも “若頭” なんてポジションに位置しているなんて。
「だから、あの時神奈と一緒に登校してきたって事か。やっと納得できたわ」
「ん? どういう事だよ萩原?」
俺も聞こうと思ったが、変わりに村田が萩原に質問をしてくれた。さてさて、どういう回答が返ってくるのかね……?
「いや、あのね? 神奈が男連れて歩くのって、基本家の護衛しか今まで有り得なかった。だからビックリしたわけよ、私は」
「あぁ〜……」
萩原の『護衛』という言葉に俺はうんうんと頷いていた。何故なら確かにそれは普通に有り得るからだ。それは神奈さんの立場が、組の存亡を左右する程に強いからだ。
俺たち “極道” において、血筋というものは何があっても絶対、大切な関係なのだ。例えそれが男だとしても、女だとしてもだ……。
もし神奈さんが人質何ぞされてしまったら、先程のことは簡単に起きてしまう場合もある。組長は本当に溺愛なさってるからな、神奈さんの事を。
「まぁとにかく……そういう訳だ村田。これで、俺と神奈さんが一緒に登校した理由は分かったな?」
「お、おう。それなら仕方無いな」
「それにしても、私らと同年代で極道って凄いねぇ、紅」
「そうか?」
俺は至って普通なんだけど、運が良いだけだと思うぞ? 隣にいる神奈さんとの出会いが無ければまず俺は極道になる事なんてない、平凡な人生を歩んでいただろうしな。
「『そうか』じゃねーだろ? 普通に考えて有り得ねぇっての……どうやったらそんな事になるんだよ?」
「神奈さんと出会った。それがきっかけだな」
「はぁ?」
村田は理由がわかんないって顔をしてるが実際そうなんだよな。俺があの日神奈さんと初めて出会って、そしてあの “事件” に巻き込まれた。それによって俺は神奈さんの家が橘組だって事を知ったんだ。
「それはどういう事だ?」
「あー、説明してもいいんだが……神奈さん、話してもいいですかね?」
「はい。構いませんよ、蓮二さん」
当事者である神奈さんの許可も得たので、俺は話を切り出す前に水を飲んだ。喉が渇いたってのもあったし、まぁ分かりやすく話すことになるとしても長くなりそうだしな……。俺は水を飲み干し、一回拍手を行ってから話を切り出した。
「うっし、そんじゃ話してやるよ。まず俺と神奈さんの出会いからな」
「お、おう。頼む」
「あれは中三の春、丁度一年も前の話だ。俺が一人でこの街に行ってた時の事なんだけどよ」
あの時の事を思い出しながら、俺は皆に語り始めた。何かこうやって人との出会いを説明するって何か緊張するけど、仕方あるまい……。
「何の目的もなくただ単に外に出て、ブラブラと隣街だった四神市を歩いていた。そんな時に、神奈さんが男三人にナンパされてる場面に遭遇したわけよ」
「あ、もしかして……! それを助けて神奈と知り合ったって事?」
「その通りだ、萩原。それが俺と神奈さんの出会いってわけだ」
確かあの時は神奈さん、一人になりたかったってのが理由で護衛もつけずに街を歩いていたところにナンパかけられたって言ってたな……って、今はそんな事はいいや。
「あの時の神奈さんは当然といえば当然だが、俺の事を警戒してたよ」
「え? そうなんですか神奈さん?」
「はい。あの時から蓮二さんは今の蓮二さんでした……。でも、ナンパされて無理矢理連れて行かれそうになったから不安になってしまったので」
「それは仕方ないよ神奈。普通、そうなるってば」
普通に考えれば分かることだろう。力づくで男三人が女一人を連行する。これだけでも女側にとっては男が恐怖の対象になる。だから、助けた俺でも警戒するのは当然だ。
「でも、俺と少し話をしたら神奈さんも警戒心を和らげてくれたのか普通に話をしてくれるようになって意気投合し、そこからは一緒に街中を練り歩いたんだよ」
「ちょっと待て紅……! それって神奈さんとデートしたってことだよな!?」
「え? そういう事になるのか?」
「なるだろ! 男と女が二人きりで歩いてたらそりゃデートだろ!!」
村田がキレながらも早口で俺に突っかかってくる。そのせいで村田の唾が俺の顔面に付きまくった。なので目の前にあるナプキンを使って顔を拭きながら俺は思った。確かにそうなるわ。俺だってよくそういう光景を見るけど、自然とデートかな? とかって思うし。
「って事はアレが俺と神奈さんの初デートか。まさか、初デートを話す事になるとは思わんかった」
「惚気話にしてしまったよ畜生!!」
ダンッ! と両手をついて悔しがる村田。だがそのせいでものすごい振動が俺たちのテーブルに響く。あ、よく見ると神奈さんと萩原の奴、コップを持ってやがる……。
零さないようにする為だったのか、あるいは偶然なのか分からないけど、こうなる事が分かってたのだろうか?
「とにかく、話を続けるぞ。まぁそんな訳で神奈さんとのデート? を楽しんで家まで送ろうとしたんだ。まぁナンパ避け程度のつもりだったんだよ。それでえーと……神奈さん。アレってどこの組でしたっけ?」
「えっとですね……? あの時の方々は隣街の鷹緖組の方でしたね」
俺たち極道組織には、全国各地に数多くの組が存在する。味方な組もあれば当然敵である組もいる。今名を挙げた鷹緖組は、今でも俺たち橘組とは敵対関係にある。
その当時、俺は極道組織のことに無頓着と言っていいくらい詳しくなかったから鷹緖組がどの程度のものか知らなかったけどな。
「そうそう、鷹緖組だ! 数は確か八人だったな。俺と神奈さんはあっという間に包囲されてよ? 俺も正直最初は焦ったぜ」
「包囲ってお前、そんな事をアッサリと言うなよ……!」
村田は俺に呆れながらツッコミを入れるが、俺はそれをスルーした。
普通の人間なら人に囲まれるなんて経験を味わうことなんて早々ないからな……。まぁ俺の場合、喧嘩に明け暮れてたからそういう事もあったが、あの時はそこいらの不良が出せる空気ではなかったのを俺は覚えている。
「それでどうなったんだよ!?」
「神奈さんを守りながら戦ってたから、当然フルボッコにされたさ。拳や蹴り、それからバットとか鉄パイプとかでな……!」
武器を持ってる奴や持ってない奴もいたけど、素人なんかとは戦闘態勢状態の構えが違っていた。俺も中学の時は色んな奴とタイマンしたり多対戦の修羅場もくぐってきたから何となくだけど、間違いなく全員が格闘技の経験か喧嘩経験を積んでいると分かった。
だからなのか、容赦のない攻撃なんて当たり前のように放ってくるから、耐えるの辛かったな……。
「俺が倒れたら神奈さん守る人いなくなっちまうって思ったからよ……? 根性で耐えたな〜。いやぁ、懐かしい」
「いやいや! 普通にヤバいからね紅!? アンタどうしてそこまでしたのよ!?」
「どうしてって……俺、最初に言ったからな。神奈さんの友達になってやるって」
「え?」
萩原は俺の言葉にきょとんとしたが、これは事実である。神奈さんが話してくれたんだが、当時は男友達が一人もいなかったらしい。
だから、俺は自然と神奈さんに対して言ったんだ。『友達になってやる』と。
「友達が困ってたら普通助けるだろ。それ以前に……男が女を護るのに理由がいるか? なぁ、村田」
「おぅ。確かにいらねぇな」
これは俺の中での自論だが、村田も賛同してくれるあたり俺と同じ考えのようだな。自分の考えを理解してくれるってのはなんか嬉しいな。気がつけば俺と村田は互いにフッと笑みを零していた。
「ふふっ……! 蓮二さん、あの時と同じ言葉を言ってますね」
「え? そうなの神奈?」
「うん。鷹緖組の人がさっき美月が言ったみたいに、『何でそこまでする?』って聞いた時に蓮二さんが、『男が女を護るのに理由がいるか? アンタらだって男なら分かるだろ?』って」
本当に覚えてるなぁ、と神奈さんの記憶力に俺は感心したと同時に恥ずかしくもなった。そのせいで顔がどんどん熱くなるのを俺は感じていた。というか、俺そんな事言いましたっけ? 最後の台詞は多分勢いで言ったから記憶にねぇわ。俺は軽くごほんと咳き込み、無理やり話を続けた。
「大体十分くらいだったかね? 耐え続けてたら橘組の人が来てくれたから、そこからは攻勢に移って今度はこっちが相手をフルボッコにしたんだよ。あの時は楽しかったな〜 」
アッハッハと笑いながら俺は皆に話したが、萩原は「うわぁ」と言葉を漏らし、ちょっと引いてた。村田は「そ、そうか」と吃ってた。神奈さんはニコニコ笑顔を崩さずに俺の事を見つめている。
今思えば笑って言うことじゃなかったな。内容が内容だしな……。
「で、その後お礼がしたいと神奈さんから進言してきたので俺は承諾して神奈さんの家に同行したんだ。そこで、橘組の組長である橘隼人さんと話をしたんだわ」
「っ! あの “虎王” と呼ばれた、橘隼人さんとか!?」
「その通りだ。いやぁ、最初に出会った時はビビったよ。俺死ぬんじゃね? とか思ってたし」
どうやら村田も知ってるみたいだな。俺たちの親父である、橘隼人の異名を⋯⋯!
親父が若い頃、今俺たちが住んでいる街、四神市全ての不良を束ねていたらしい。その時の親父の異名が “虎王” なのだ。目付きが虎のようで、王の貫禄を感じさせることからその異名だって八坂さんから後日聞いた。あの時知ってなくてよかったと思うよ、俺は。
「でも、俺の予想とは真逆でよ。組長は泣きながら俺に『ありがとう』と感謝の言葉をくれて、しかも頭まで下げたんだよ」
「はぁっ!?」
「嘘だろ!?」
「美月、村田くん。嘘じゃありませんよ? 私もその現場にいましたから」
あの時俺は衝撃を受けたね、ホント……。それが何故かというと、極道って不良と同じと言っては悪いが面子も結構大事にするんだ。だから感謝されたとしても組長本人が頭を下げる事はない。
だが、親父はあの時一般人だった俺に迷いなく頭を下げた。あの時の俺はそこで男としての格を魅せつけられたように思った。
「それで、お礼として俺は飯をご馳走になったんだ。そこまでは良かったんだが……」
「だが?」
「組長が酒飲みすぎて酔ってしまってよ? 俺とタイマンしようぜ的な感じで喧嘩売ってきたんだわ」
「なっ!?」
「ええっ!?」
うん、そんなビックリするのも分かるよ。普通に考えてお礼の席でそんな事になると思うか? いや、思わないだろう。
「お前まさかあの人と喧嘩したのか!?」
「おう。俺もあの人に無理矢理酒を飲まされて酔ってしまったからよ? 自分の身体の状態とか忘れて、売られた喧嘩を買ってしまってタイマンってわけだ。でも、あの時は俺が途中で意識失ってぶっ倒れたからそこで終わってしまったんだ」
殴りあってたのは覚えてるんだけど、マジで詳細が思い出せない。酒のせいで記憶が消滅してんだよな。
「その翌日に神奈さんじゃなくて組長から直々に呼び出されてよ。神奈さんの家に向かったら、橘組若頭任命式やるってことになっててさ? 『誰が任命されるんですか』って俺が聞いたら俺だって、皆が異口同音で言ってきてよ?」
「まさかとは思うけど、それで?」
俺は萩原の言葉にコクリと頷いてそれを認めた。最初聞いた時はこんな簡単でいいの!? とか思ったけど、何でも橘組の “若頭” になることの条件は組長から売られた喧嘩を一対一で相手をし、組長が認める事が絶対条件らしい。
しかもあの時の喧嘩は橘組の組員全員が見ていたから、一般人だった俺でも任命されるのを認めざるを得なかったと、雅人さんは教えてくれたな……。
「にしても、ボコボコにされた状態でよく喧嘩できたなお前……」
「それは酒のおかげだと思う。酒のせいでテンションハイになってたから、殴られた痛みとか感じてなかったし」
「あの時の父さんは相当酔ってたから、私でも止められませんでした。その節は本当にごめんなさい、蓮二さん」
「謝らないで下さいよ神奈さん。俺は後悔してねーっすから」
確かに、断ろうと思えば俺は断れた。だけど、結局極道になる道を選んだのは俺なんだ。
あの時の俺は、自分の知らない新しい世界に行く! みたいな感覚で、若頭任命を承諾したんだ。それに、神奈さんと気軽に会えるって事も考えてたからな。
「それなら良かったです。私も、蓮二さんとこうやって出会えたことに感謝してますから」
「神奈さん……」
神奈さんのとびっきりの笑顔に俺は今、凄くドキドキしている。だから心臓の音がドクンドクンと爆音のように鳴ったまま、神奈さんの目を見つめ続けた。神奈さんも神奈さんで俺の事を熱い眼差しで俺の事を見つめている。ヤバい、神奈さんがいつもより何か綺麗に見える――――
「あーもう! イチャつくのやめてくれ!! 見たくねーからよ!!」
「はいはい、ご馳走様でした〜」
村田は頭をクシャクシャと掻き回しながら、萩原はニヤニヤしながら俺たちの事をスマホで撮っていた。それを見た俺たちは即座に離れ、村田たちの方に振り向く。
「とにかく! 俺は全部話した。だけど、今後も普通に俺と接してくれると助かる。同じ一年で上下関係とか作りたくないし、この学校での初の友達も欲しいしよ」
「そっか……。それなら分かった! 神奈と同じようにいくから、改めて宜しくね! 蓮二!!」
「おう!」
萩原は即座に答えを返してくれた。最初からフランクな奴だと思ってたけど、思ってた通りだったな。さて、村田はどうだ?
「今日一緒に話をして思ったけど、お前と一緒にいると何か面白そうな事になりそうな気がする。だから、俺と友達になってくれ……。紅」
「フッ……! なら、蓮二でいい。友達から名字で呼ばれんのむず痒いからよ」
「! そんじゃ改めて……。宜しくな、蓮二! 俺も名前の弘人でいい!!」
「おう! 宜しくな、弘人!」
俺と村田は互いの右拳を合わせ、ニカッと笑いあった。こうして俺は、転入初日に二人の友達を作ることが出来たのであった――――
※飲酒の描写がありますが、未成年の飲酒は法律で禁止されています。