虎城高校vs劉星会 決着
「紅蓮二さんが “紅鬼” と語られ始めた中学二年の夏、当時中一だった時に俺は初めてあの姿を見ました」
そう言いながら指差した先には、怒髪天状態になった蓮二さんの姿がありました。
成程、確かに今の彼の格好や身体から溢れ出ている殺気に充てられたら鬼のように見えて萎縮するかもしれません。そうなった人が噂し、やがて拡大した……という所でしょうか?
「場所は確か、鷹緖の街の閑古鳥の商店街です。友達の家に行く理由で遊びに行ってた俺はそこを通ってました」
「へぇ……そうなんだ。アンタもあの街に?」
「うわっ! 誰この美人!?」
いきなり現れた七海さんに驚きを隠せなかったのか、思った事を口にしていました。私には何も言わなかったのですが、その時に顔に出ていたのでどっこいどっこいでしょうか……って、何を考えているのかしら私は。
「井口七海よ。おべっかが上手ね、アンタ? でも、興味ある男は蓮二だけだからヨロシク」
「っ! ……鷹緖組若頭補佐、井口団蔵さんの娘様ですか。これは失礼しました」
「いいわよ別に。気にしてないから」
それにしても、やけに畏まるのが上手ですね。とても中学三年生とは思えない程に……まるで慣れているような、そんな気がします。
「すみません、話を戻しますね。当時、鷹緖の商店街で起きた大喧嘩をご存知の方はいますか?」
「あ、それ知ってるわよ。当時荒れていた四十人もいたチーム黒雷を中学生がたった一人で壊滅させたあの事件……って、まさかそれが!?」
「はい。今、彼処で戦っているあの姿の紅蓮二さんがやった事です」
一人で四十人も……そこに関しては驚きませんが、黒雷って確か当時暴走族の範疇を超えた犯罪組織になっていたチームの名前ですね。あの父さんも一目置いていましたね、確か……。
「嘘でしょ!? 当時警察でも手を焼いていたあの黒雷を蓮二が……?」
「俺もそれに関しては知ってから驚きましたよ。でも、それ以上にあの人が起こした喧嘩の惨状の方がインパクトは大きかったです」
「……どういう事?」
「うわっ!? 今度は二人よりでかいおっぱい美人の神楽さん!?」
今度は神楽先輩まで寄ってきましたか。何時の間に背後にいたんですか、貴女は。お化けのように掴めない人ですね。それにしても先程から失礼さが増してないでしょうか、この人……?
「アンタ、神楽先輩の事は知ってたの?」
「上でお会いした時に名前だけ聞けましたので……ってそれよりも、話の続きしますね。あの時の紅さんはマジで恐ろしかったです。とても中学生とは思えない程に……!」
「ぎゃっ!!」
「ぐぁっ!?」
たった一人で武器持った相手四十人に対し立ち向かい、返り血を浴びて拳も殴り過ぎて血で染まっているあの人に恐れを抱いてしまった。
「か、勘弁してく――べっ!?」
許しを請おうとしても、容赦や躊躇がなくストンピングを仕掛けた時は本当に中学生なのかと疑ってしまった。一瞬夢でも見てるんじゃないかと思ったけど……頬を抓っても痛みを感じるから目の前で起きている事は現実である事を物語っていた。
「ひでぇ……」
「うわ、エグいって今の……!」
今の攻撃によって顔が血塗れになった姿を見て、ギャラリーの皆もヒソヒソと言葉を漏らしていた。俺も正直確かにそうだと思ったが……!
「すげぇ……」
あの威風堂々とした髪が逆立っている姿に気付けば魅入っていた。怖ぇし、もしあの場で喧嘩していたら逃げるだろうと何度も考えたさ……けど、そんなものを吹き飛ばすくらいにあの人がカッコイイと思ってしまったのも事実だった。
「っ!?」
オイオイ何だよあれは……!?
輝きが一切無い闇……そして、あんな目を中学生でしていいモノじゃねぇって事だけは馬鹿な俺にでも瞬時に理解出来た。
「死ねや紅蓮二ぃぃぃ!!」
「っ!」
ゴッッ!!
怒号に反応して振り向きカウンターで拳をねじ込み、再度喧嘩に戻っていった。
目が合ったのはほんの一瞬の事だった。恐らくだが向こうはこっちの事なんか全く覚えてないと思う……けど、一生忘れられなくなった。
「紅蓮二……さん……」
目の前で喧嘩をしただけで俺を魅了した人の名を、気付けば俺は口にしていた……!
「――と、まぁ今の紅蓮二さんを見たのはあの事件が初でしたが、俺の知ってる事はこれだけです」
『……』
確かに長谷川さんが話した通り……そして私、橘神奈も感じた事です。恐れを抱かせる反面、人を惹きつけるナニカが今の蓮二さんにはあります。
「蓮二……」
七海さんは長谷川さんと同じように魅了されているのは見ていれば分かります。
「蓮ちゃん……」
「……」
一方で私は今の彼に対して恐怖を覚え、神楽先輩は信じたくないけど、信じようとしているように見えます。結城先輩に関しては全く分かりませんけど……。
ドドォッッ!!
『!』
「決まったな……」
「そうですね」
派手に倒れ込んだ范を見下ろす蓮二さんの姿を見てこの喧嘩の決着がついたと誰もが思ったでしょう。だけど、何でしょうか……? この嫌な胸騒ぎは……。
「か……! かかっ……!!」
『!?』
途切れ途切れに掠れ声が聞こえできたのと同時に周りの空気と身体が一段と冷めていく感覚を肌で感じてしまいました。
蓮二さんが……范の首を絞めにかかっている!? そんな事をしたら――――!!
「言ったよな? 有紗とテメェは俺が殺すってよ」
「かっ……!?」
「悪いがここで終わりだ。逝っとけ……!」
「っ!」
ダンッッ!!
俺は一度決めた事は貫き通す。それが例えどんな事であってもだ……。
「かっ……!」
首を絞めているから息苦しそうにしているが、今からこの男を殺す。街でやった劉星会の頭として、神奈さんと七海傷付けた部下の責任も取って貰う為にな……!
「ッ!」
「!」
コイツ、まだ動けんのか。
抵抗しようと必死に俺の手首を両手で掴み、絞める力を弱めようとしているのが伝わる。だけど、それが限界か……。
ググッ……!!
「カッ!」
最初は手首に痛みもあったが、徐々にそれが薄れていくのを感じた。これならもう少し力を込めりゃ確実に終わる。
「劉星会の頭、范。お前の事は忘れねぇよ……」
何せ初めて人を殺す相手になるからな……もう意識が飛びそうだし、そろそろか。
ドッッ!!
「痛っ!?」
思いもよらなかったから叫んでしまったけど、邪魔しやがった奴は誰だ……? 范より先にぶっ潰してや――――
「蓮二さんっ!」
「え……か、神奈さん?」
オイオイオイオイ……! まさかの神奈さんかよ!? しかも目に涙浮かべて眉間にシワ寄せてやがる。え、何で? 何があったんすか!?
「どうしたんすか……そんな顔して」
「蓮二さんがあの男を殺そうとしたから止めたんですよ!」
うおお、すげぇ気迫だ。こんなに感情剥き出しな神奈さん久しぶりに見たな……けど、ここで引くわけにはいかねぇ。
「……邪魔しないでもらえますか? コイツからはまだケジメ付けてねぇんで」
「もう十分です! それに、これ以上やれば蓮二さんが人殺しになっちゃうじゃないですか!!」
絶対に俺を止める気だよ、神奈さんは。だって涙流しながらここまでぶつかってくる人、そうはいないからな…………って、涙?
ちょっと待て、神奈さん今泣いてます? しかもその原因って俺が范を殺ろうとしたからで――――っ!
「うおおおおっ!?」
「っ!? ど、どうしたんですか……?」
や、やっちまったぁぁぁ!?
か、神奈さんを泣かせてしまった! ヤバい、ヤバいぞ。これがもしあの二人に露見すれば……殺られる!!
「申し訳ございませんでしたぁぁ!!」
『!?』
神奈さん泣かせるつもり無かったのに、俺最低だな。『女を悲しませて泣かせる男には絶対になるな』……これは親父もそうだが、俺の父親も常々言っていた事だ。
何忘れてんだよ、俺の馬鹿野郎が……!
「えっ、あの、蓮二さん!? 何で土下座なんてするんですか!?」
「いえ……自分の情けなさに腹が立ちまして」
「?」
「とにかく……俺はもう范と有紗を殺すのは止める。後は一応親父に連絡して、あの二人をどうするかを決めていく事にします」
こんな顔見せられたらもう殺意なんて湧かねぇっての。一応覚悟はキメてたのに、見事に止められちまったな。全く、敵う気しないわ……この人には。
「蓮二ぃ!」
「蓮ちゃん……」
「うおっ!? 七海にあーちゃん、何時の間に!?」
神奈さんと同じように目に涙を浮かべ、この二人も俺にしがみついてきたのだが、あーちゃんがいる事なんて全く知らなかった。
それにしても七海とあーちゃんまで泣かせちまった。とことん自分が嫌いになるわ……!
「紅君、良くやったな」
「結城先輩……つーか、皆もいたんすか?」
「ああ。君が一方的にあの男をボコっている所からな」
幹部格の先輩たちだけじゃなく柳に佐藤や櫻井、それに人質になっている筈の萩原までいた事に今更気付いた。
参ったな……という事は俺が首絞めてるとこ見たんだよな、アイツら……って、ん? 何かこっちに向かってきてねーか?
「見てたよ……君の喧嘩」
「柳……そうか」
「何落ち込んでるんだよ、蓮二君」
「は?」
いやいや、普通なら気まずいだろうが! 目の前で人絞め殺そうとしたんだぞ、俺。そんなの普通の精神じゃ出来ない、いわば異常な人間だぞ……?
「確かに首に手をかけた時はボクも焦ったけどよ……? それでも、ボクは仲間を見限るような真似は絶対しないよ」
「!」
トコトン変わってんな、お前。けど……気遣いだとしてもその言葉には救われるわ。まぁ、コイツの場合は気遣いじゃなくて本音だろうけど。
「ん!」
手を差し伸ばしてくるコイツが何か眩しく見えた。ほんの一瞬だけどな……。
「……おう」
ガシッッ!!
「ふふっ……」
俺が手を取ると、力づくで身体を起こされ立ち上がらされた所で何故か柳は笑っていた。いや、この二人だけじゃない……よく見ると周りにいた皆も笑顔を浮かべていた。
チッ、さっさと帰りてぇ……!
「結城先輩」
「ん?」
「勝ち鬨、上げてください。これは虎城の頭である貴女の仕事ですから」
「……分かった」
俺の言葉に反応したのか、首をゴキゴキと鳴らし始めた。今それする必要があるのかは分かんねーけど……。
「この喧嘩! 私たち虎城の勝ちだ!!」
『おおおおおおっ!!』
俺たち虎城高校と劉星会の喧嘩は……こうして幕を閉じたのであった……!




