紅鬼としての紅蓮二
「馬鹿な……!」
あの有紗を軽く子供扱いしているのを僕は信じられなかった。
しかも、彼女が二人を射撃した直後に目の前から消え、まるで瞬間移動でもしたのかといわんばかりのスピード……僕と同じ、いや下手したらそれ以上――――
「もう一本いっとくか」
「や、やめろ……! 頼む……!!」
泣きながら許しを乞う有紗をあの男は汚物を見るような目で見つめ、まだ折れていない左腕を右腕を折った時と同じように拘束していた。
まさか右だけじゃなく、左もやるつもりか!?
「……知るか、馬鹿」
ボキッッッ!!
「いぎゃあぁぁぁっ!?」
「っ! 紅蓮二ぃぃぃぃっ!!」
ダンッ!!
気付けば怒り任せに駆け出していた。
有紗の腕を……ましてや女に対してそこまでの所業をやった男を許せるわけが無いネ!
僕の声に反応し、振り向いた彼の背後を取り右ハイキックを繰り出した!!
ブンッッ!!
「え?」
ちょ、ちょっと待てヨ……! 完全に裏をかいた筈ネ。なのに何故……そこにいない!?
ガシッッ!!
「よう、范。待ってたぜ?」
背後から聞こえてきた先程までと打って変わり、沈んだ声音と右肩を掴まれた瞬間に感じてしまった。
喧嘩し始めた頃の明るく弾んでいた、燃え盛る炎のような感じと全く違う……! 背後にいる今のこの男からはその真逆……!!
「っ!?」
まるで全てを凍てつくす氷のように冷たい目を……振り返った時に僕は捉えてしまった。
あんなの初めて見たヨ。それも、齢十五のガキがしていいような目じゃないネ……!
「喧嘩、続けようか……」
「っ……! うおぁぁ!!」
肩にかけた手を強引に剥がし左拳を振るった。だがこれはあくまでも威嚇、避けてくれれば上出来だが……!
ゴッッ!
「え……」
「……何だそのつまらねぇ拳は?」
な、何で避けないんだヨ!? 今までさんざん殴ってきたんなら、僕の拳の威力は分かってる筈ネ! なのに何故……!?
「分かるんだよ。テメェの拳が死んでる事」
「何……っ!?」
放った左拳を掴まれた! しかも岩のようにピクリとも動かない。なんて力だヨ!!
それに……拳が死んでる? 何だヨ、それ!? また意味の分からない事を……!!
「喧嘩の最初に放った一撃、俺をぶちのめす気で放っていただろ? だからあの時の拳は生きていたし、中々のモノだった」
さっきから何言ってんだヨ、お前!?
しかも『中々のモノ』って、ナメたような言い回しをしやがって……!
「けど……今のは当てる気が全く無い、ただ繰り出しただけのモノ。つまり、意味の無い攻撃だから拳が死んでんだよ。なら、避ける意味なんか全くねぇ」
「!」
当てる気が無かった事を読まれた!? 幾ら喧嘩慣れしてるからとはいえ、そんな事まで予測できるのかヨ!? この男は……!!
「それに……もうお前に合わせて喧嘩するのも飽きた。ここからは俺のやり方でやらせてもらうぞ」
「え――ぶはっ!?」
いきなり顔面に痛みが走る。この時点で僕が何をされたのか分からなかったが……血の付着した彼の右拳を見て殴られたのだと理解出来た。
「どっちが先にくたばるか……こっから先は根性比べだ。簡単に潰れてくれるなよ? 劉星会のボス、范」
「! じ、上等ネ……!!」
クソ……! こんな所で負けてたまるかヨ!
そう思い強く両拳を握り締めたが、それから手汗が出ている事に動揺を隠せなかった……!!
いつもなら殴り合いしてたら身体が滾り興奮し、テンションが上がるのに今は全くそれがこないし、感じねぇ。
「ウオァァァ!」
「……」
相手が熱くなっているのに対し、それとは真逆で冷めているこの感覚を……俺は経験した事がある。
「シッ!」
「ぶはっ!?」
中学時代……嫌という程喧嘩に明け暮れ人を殴り続けた。最初は自分の拳で倒れていく相手を見て楽しかったし、拳に熱も感じていた。
ゴッッ!!
「あぐっ!?」
「……」
だがしかし、それにも飽きが来る時があった。どれだけ喧嘩しても対等に渡り合える相手に出会えない……恐れをなして喧嘩する前から逃げられる事が増えた。
「どうした……? もっと、来いよ……范」
だから、俺のやり方で喧嘩をしようとした。やり合う気のある相手なら、至近距離でノーガードの殴り合いを拒む事なんて無いからな……今のコイツみたいに。
「ウガァァ!!」
だけど、結局この男も今まで喧嘩してきた奴等と同じだ。我武者羅に攻めては俺のカウンターを貰う。こんな事が何度も起きて、そしてそれが積み重なり最終的には降参する……か、もう一つ。
ズドッッ!!
「ぐふっ! ハァッ、ハァッ……!」
「……」
身体の限界が来るまで諦めずに喰らいつく事……俺と喧嘩する奴はこの二つに絞られるが、この范は間違いなく後者だ。
確かこれで……三人目か。カウントする数少ねぇから良く覚えてるぜ。
「お前、大した根性だな? 正直そこだけは認めてやるよ。けど……それだけだ」
「アァ!?」
数少ない中に入るだけ、あくまでもその程度のもの。だがしかし、その中でも俺が満足出来た奴はいなかった……。
つまらねぇ……折角の喧嘩なのに、何なんだよ……何でそんな必死な目をする? 何故俺に向かってこない?
「弱い犬ほど良く吠える……」
「何だと……っ!?」
もういい。こんな喧嘩さっさと終わらせよう……神奈さんと七海のケジメ取らなきゃいけねぇしな。
俺は何故か怯えている范の元に一歩ずつ、ゆっくりと近付き……強く握った右拳を振るった――――
「ちょ、ちょっと神奈……何よあれ!?」
「私にも分かりませんよ、七海さん!」
突然、蓮二さんの髪が逆立った瞬間に范が怯え始め、歩み寄った一方的に殴りつけている。先程までの凄い殴り合いをしていた人とは思えない程に戦意が失っています。
それに、髪が逆立つ前から出ていた殺気に凄みが増しているのを身体で感じます……!
バァン!
『!?』
「橘神奈に井口七海、ここにいたのか!」
いきなり豪快に開かれた扉の音に呼応するかのように振り向くと、そこには頭の結城先輩を含め、クラスで頭角の皆さんがいました。それに……!
「神奈〜!」
「っ! 美月!!」
人質にされていた筈の、私の親友である美月が笑顔で手を振っている姿も確認出来ました……! 良かった……本当に良かった……!!
「旧校舎の方に人質は全員固まっていてな。神楽が救出してくれたよ」
「……」
私たちの元に何時の間にかいた神楽先輩が、決めポーズなのか右手でブイサインを作っていました。
神楽先輩……ありがとうございました!
「それより、敵の大将は何処に――」
「彼処……です」
私が恐る恐る指差した先を見てしまったのか、結城先輩と神楽先輩が押し黙ってしまいました。
そうなるのも無理はないと思います。何せ、今まで見た事のない蓮二さんが容赦無く劉星会のボスである范を殴り続けているのですから……!
「……本当に蓮ちゃんなの?」
「あれは間違いなく蓮二だよ……神楽先輩」
神楽先輩の問いに答える七海さんですが、信じられていないようですね……。かくいう私も二人と同じ気持ちです。
「もしかして、サンドバックにされているあれが劉星会の大将なのか?」
「え、ええ。その通りです……」
思わぬ質問が飛んできたから、吃ってしまいました。それにしても結城先輩、落ち着いていますね。向こうにいる皆さんもあの蓮二さんの姿を見て引いてる人が多いのに……!
「紅蓮二君のあの顔……どうやら相当やられたみたいだな?」
「あっ……は、はい。私が人質に取られたせいで、あんな風に……!」
「そうか……けど、それをものともせずにあれだけ動けるのだからやはり強い……が、何だあの殺気は? あの男を殺す気か?」
「!」
蓮二さんは確かに言っていました。あの男と側で横たわっている有紗を殺すと……けどそれを殺気だけで察するなんてこの人、普通じゃない……!
「ははっ、マジかよ……!?」
「?」
誰でしょうか……? 少なくとも虎城の生徒ではないのは格好を見れば分かりますが……。
「久しぶりに見たぜ……! あの “紅鬼” としての紅蓮二の姿を!!」
『っ!?』
そういえば……蓮二さんが前に私が気になって質問した時に話してくれた事がありました。『気付けば勝手に “紅鬼” って語られるようになった』と……。
けど、その時の姿までは話してくれませんでしたが……まさかあれがそうなのでしょうか……?
「すみません、貴方は……?」
「あ、どうも初めまして。自分、四神中学三年の長谷川春樹と言います。紅蓮二さんが “紅鬼” と呼ばれるようになってから勝手に憧れているだけの男です」
「!」
今のあの人に憧れを……!?
この長谷川さんの言葉が私には信じられませんでした。殆どの人が引いていたり、蓮二さんの事が好きなあの七海さんや神楽先輩でさえ、信じたくない様子を見せているというのに……!
「ご丁寧にどうも。私は橘神奈と申します……貴方は蓮二さんの今の姿の事を知っているんですよね?」
「橘組の一人娘様でしたか……ええ、勿論。俺の知っている事で良ければお教えしましょうか?」
「! 是非、お願いします!!」
私はこの時、間違っていない選択をしたと思いました……。
「分かりましたよ。そんじゃ、話させて貰います」
「はい……!」
蓮二さんの事をもっとより知る為、そして今の彼を受け止める為に……!




