幼女と頭同士の出会い
「お兄ちゃ~ん」
「……」
俺、紅蓮二は現在幼女に懐かれています。しかも何故か膝の上に陣取られ、とびきりの微笑みを向けてくる。守りたい、この笑顔……って、こんな事考えてる場合じゃねぇ!
「あ、あのさ。俺の事を『お兄ちゃん』って呼ぶの止めてくれるかな? それと、そろそろ膝から降りて欲しいんだけど……」
「え……駄目なの?」
「ぐはぁっ!?」
妹とかいなかったから俺にはよく分からんけど、悲しまれたらこんな心にグサリと刺さるものなのか!?
それに、小さいとはいえ女の子だ。女の涙は……見たくねぇ。
「あ、いや……だ、駄目じゃない。駄目じゃぞ、うん」
「良かったぁ……」
くそぅ、逆らえねぇ! そもそもどうしてこうなったんだよ……? 確か――――
「ったく、どうなってんだよ!?」
落下した辺り一面がぬいぐるみで囲まれているので、とりあえず投げ捨てながら一歩ずつ前に向かっている……のだが、出口が見つかる気がしない。
クソッ、こんな時に怒っても仕方ねぇ。ひたすらぬいぐるみを投げ進む事だけを考えるしかねぇ!
「おるぁぁぁ!!」
怒号に近い大声で叫びながら、俺は片っ端からぬいぐるみを手に取り後ろに投げ捨てる、これを機械のように何度も繰り返した。
それを行ってからどれくらい経っただろうか? 何とかぬいぐるみの山から抜け出せた俺は、大の字になって床に転がっていた。
「ぜぇ……ぜぇ……疲れた」
何メートルあるんだよこれ? 中にいる時も思ってたけど、高いな。それにしても、ここ何だよ? やけにだだっ広い場所……ん?
「おい、そこのぬいぐるみの中に隠れてる奴……出て来い」
抜け出した例の場所から人気を感じたので、身体を起こして立ち上がり両拳を握り込み、ファイティングポーズを取った。
来るなら来い……返り討ちにしてやらぁ。さぁ、誰が来る?
ザッ!!
「……」
「へ?」
闘争本能を撒き散らしていた俺の目の前に現れたのは、虎のぬいぐるみを持っている赤髪お団子頭の小さな女の子だった。
喧嘩になると思っていたから興醒め……いや待て。そもそも何でこんな所に一人でいるんだ?
「あなた、だぁれ?」
「え? あ~……俺は紅蓮二。君は?」
「……風鈴」
ただ一言、自分の名を俺に告げてゆっくりと近付いてきた。名前が中国人っぽい……という事は、劉星会のメンバーなのか? いや、仮にそうだとしても確実な証拠が無い。でも、一応警戒だけはしておくか。
「えっと……風鈴ちゃん、でいいかな?」
「うん」
「君は何で、こんな所に一人で?」
俺は膝を曲げて顔を下げ、風鈴ちゃんと同じ目線にしてから話を振った。子供相手とはいえ……上から目線は嫌だろうし、ちゃんと正面から向き合わねぇとな。
「どうやって来たか、分からない。目覚めたらここにいた」
「!」
この娘は……もしかして、劉星会に誘拐されたのか?
そう考えたのは、眉をひそめたり目を右上に向く行為や瞬き。そして、体の動きが小さくなったり声音が変わる等の、嘘を吐く時に出る特有の仕草がなかったからだ……。
「今までこんな所に一人、寂しかったろ?」
「ううん……全然寂しくないよ? だって、有紗お姉ちゃんが毎日来てくれるから」
「!」
劉星会の有紗。当然、橘組経由でこの女に関する情報は耳に入っている。確か “劉星会の懐刀” だという異名は……以前雅人さんの拷問にやられた一人が語っていた。
それに橘組の連中も何人かやられた報告を受けてはいたので、喧嘩に関しても劉星会の中でも相当腕が立つ相手なのは分かる。
更に、残忍非道で通っている奴が毎日子供の世話をしているってのは知らなかったけどな……。
「それじゃあ風鈴ちゃん、ちょっと聞きたいんだけど……その有紗お姉ちゃんがいつも出入りする場所って分かるかな?」
「えっとね、こっち……」
先行し、走りながら案内してくれる風鈴ちゃんの後に俺もついていく。
これで確信した……彼女は敵じゃないと――――
「ここ、だよ」
「ありがとう……よし」
ガチャッ! ガチャガチャッ!!
ドアノブがあるから回して押して見たが、向こう側から鍵がかかっているので開かない。それなら……。
「離れてて、風鈴ちゃん」
「う、うん……」
「うおらぁっ!!」
ドンッ! ドンッ!!
距離を取って全力で走ってからの体当たり。これでもビクともしないとなると相当硬いな。まぁ、ドラマや映画みたいに上手くいくわけないか……。
「蓮二は外に出たいの?」
「ん? ああ。急いでるからな」
「……そうなんだ」
俺の言葉に表情を曇らせる風鈴ちゃん。
クソッ、一刻も早く外に早く出たい。出たいが……こんな寂しそうにしてる彼女を放っておけねぇ。
それに多分、俺が出ていったらこの娘は泣くと思う。子供とはいえ女の子……女の涙は、見たくもなければ流させたくもない。
「よし! 遊ぶか、風鈴ちゃん!!」
「え?」
それで……鬼ごっこや隠れんぼにままごと等、風鈴ちゃんのやりたい事に全部付き合い、俺も童心に返って全力で遊んだ。そしたら――――
「お兄ちゃ~ん、えへへ」
今に至る……という訳だ。最初は物静かな感じだったのに、心を完全に開いてくれたのか笑顔が増えた。まぁ嬉しいと言えば嬉しいが……。
「あ、あのさ風鈴ちゃん」
「なぁに?」
「有紗お姉ちゃんはいつ来るか分かるかな?」
「多分、もうちょっとで来ると思うよ。ご飯持ってきてくれる時間だと思うから」
そろそろ出ていく準備をしておかないとな。風鈴ちゃんと遊ぶのは楽しいけど、いつまでも遊んでるわけにはいかない。
「そうか……」
「……ねぇお兄ちゃん、ここから出て行くの?」
「ごめんな、風鈴ちゃん。もっと遊んでやりたいんだけどな? さっきも言った通り、俺は外に用事があるんだ」
すげぇ罪悪感を感じるけど、これ以上懐かれても困る。もし、こんなタイミングで敵と会ったら最悪だしな……。
「そっか……」
「! ……そんな悲しい顔すんなよ、風鈴ちゃん。また会いに来るからさ」
「え……ホント?」
これは冗談ではなく本当だ。仮に、劉星会を潰したらこの娘は一人になってしまう。その時は責任取って俺が面倒見るのが筋ってもんだからな。
「用事が終わったら必ず遊びに来るよ」
「ホントにホント?」
「勿論! 風鈴ちゃん、指を出してくれるか?」
俺が小指を差し出すと、察してくれたのか風鈴ちゃんも笑顔で同じように小指を伸ばして、絡ませてきた。
「嘘ついたら、針千本だから……さっき言った事、必ず守ってよ?」
「ああ……約束だ」
ギュッと、強く握ってくる風鈴ちゃん。それだけで彼女がどれだけ本気なのかが伝わる。こりゃ約束、絶対に守らないとな……。
ガチャッ!
「っ!?」
扉が開いた音が聞こえたので視線を向けると、喧嘩でもしたのか顔がボロボロになっている黒髪ロングの女が一人だけ入ってきた。もしかしてあれが劉星会の有紗か?
「有紗お姉ちゃんだ!」
「ちょ、おわっ!?」
予想は当たっていたけど、待て待て待て待て、待って風鈴ちゃん! 引っ張らないで!? このままだと俺いきなり不味い展開になるよ!!
だけど、ここで力込めて風鈴ちゃんに怪我でもさせたらやばい。こりゃ腹、括るしかねぇな……。
「おーい!」
「ん? 風鈴に……紅蓮二!?」
「ほぅ、まさかこんなところで会えるとはネ」
劉星会の有紗ともう一人、誰だ? タッパはそんなに無いが、すげぇ威圧感を感じる。もしかしてこの男が……?
「蓮二さん!?」
「っ! 神奈さん……七海……」
おい、テメェか? 神奈さんと七海を殴った馬鹿は? もしそうだとしたら女だろうと関係ねぇ。全力で叩きのめす……!
「風鈴ちゃん、手を離してくれ」
「え?」
「今から俺とこの人たちで、ちょっと話し合いをしたいからさ?」
風鈴ちゃんには申し訳ないが、もう許す訳にはいかねぇ。最初は普通にケジメつけるつもりだったが、神奈さんと七海をやったんなら話は別だ。全員潰してやるよ……!
「こうやって会うのは初めてだネ」
俺たちの前にゆっくりと歩み寄る男の風格。間違いない……今までの喧嘩や橘組での経験が、この黒髪の長髪野郎が何者なのか、それを確定してしまう。
名乗ったわけでもないのに……!
「你好……紅蓮二。僕は范、劉星会の頭を務めているヨ」
「お前が范か……!」
やっと、会えたな……!!




