神奈&七海vs有紗 中編
「っ……!」
七海さんと二人でようやく五分の勝負を演じる事が出来て、いけると思った直後にこのピンチですか……!
「シッ!!」
一歩ずつ、ゆっくりと踏み込んできた有紗にラッシュを繰り出して阻止しようとしましたが、彼女には効かないのか殴られてもそのまま止まることなく歩を進め、次第に距離は縮まり私の腕の長さまで間隔が無くなった直後!
ズンッッッ!
「カハッ……!」
左の掌底を一発、たった一発だけ貰ってしまい、それによって足はガクガクと小鹿のように震えてしまい倒れそうになります。
でも、ここで倒れるわけにはいかない……! その気持ちが出ていたおかげで、何とかその場に踏ん張ることが出来ました。
「ほぅ? 耐えるか。少しだけ力は強くしたんだが……意外と根性があるんだな」
「そ……それはっ、どうも……!」
前の一撃よりも確かに重い一撃でしたが、今回の攻撃は明らかに次元が違いすぎます……!
例えるなら、素人のテレフォンパンチとプロボクサーのストレート位の差があると言っても良いでしょうか。これは流石に参りますね。勘弁して下さいよ……!
「はぁぁっ!」
「っ!?」
でも、だからといって私も引く訳にはいきません。蓮二さんから教わったんです! 『喧嘩は引いたら負け』だと!!
後ろに下がらずに前に出て、右ミドルキックを繰り出しました。彼女は動揺したせいで避けることなくこれが左腹に命中し、表情が歪みました。
「くっ! 私の力に臆せずに向かって来たか……だが、そうこなくては面白くない!!」
だがそれもほんの一瞬でした。ニヤリと笑みを浮かべ直した彼女は、やり返すように私と同じ右ミドルキックを繰り出し、怯んだ所に体当たりを打ち込んできました。
「くっ!」
「ハィィィィッ!!」
ドンッッッッ!!
体当たりでバランスを崩したところに、先程もやられた右掌底! しかも、先程よりも数段上の威力………!!
何とか防ぐ事は出来ましたが、ガードした両腕が痺れます。もしこれを身体で受け止めていたらと思うと……ゾッとしますね。
「いい反応だ! もっと私を楽しませてみろっ!!」
「貴女と楽しんでる暇は無いです!」
向こうはこの喧嘩を楽しんでいますね。本当に心の底から……。一方でこちらは楽しむ余裕は無く、教室内を走り回って逃げながら隙を見つけて攻撃する事しか出来ません。
「おいおい、先程の威勢は何処へ行ったんだ!?」
「言ったでしょう! 貴女に付き合う暇は……ありませんと!!」
「むっ!?」
逃げ回って壁際まで向かった所で跳躍し、壁に蹴りを打ち込んで更に高く跳び、彼女の後ろに回り込む事に成功し、すかさず背中に勢い良く突進して、先程やられたお返しの一撃で背中を蹴飛ばしました。
「ごっ!!」
これは想像していなかったのか、防ぐ事が出来ずに顔面から壁に打ちつけられました。ここでトドメの一撃で拳を更に顔面に減り込ませるつもりでしたが……!
「調子に乗るなぁぁ!!」
「がっ!?」
思わぬ蹴りの反撃がお腹に命中し、蹴飛ばされ倒れかけますが机を杖替わりにしてこれに耐えました。
「ごほっ! ごほっ!」
「はは……! 面白い、面白いぞ橘神奈ぁ!!」
何故か嬉しそうな表情を浮かべ、私の事を子供が玩具を見つけたような輝いた目で見つめているのを、咳き込みながら睨みつけますが、全く応えてませんね。
本当に、嫌な女ですよ……!
「これならもう少し楽しめる……と言いたいところだが、范様の命令だ。この喧嘩を早々に終わらせ! お前を范様の元へ連行させてもらうぞ!!」
「!?」
私を敵の親玉の所へ連行する…………あっ!
この言葉によって、向こうが何を考えているのか分かりました。もしそうだとするとこの喧嘩は!!
「貴女たちの狙いは……蓮二さんの首ですか?」
「! フッ……聡いな、橘神奈。その通りだ……お前が言った通り、我々の目的は紅蓮二ただ一人!!」
予想通り……ですね。蓮二さんの立場を考えれば無理もありません。蓮二さんは橘組の若頭……四神市だけでなく、その名は全国に知られています。そんな彼を倒したとなると名が轟く事になるのは間違い無いでしょう。
でも――――
「一つ……分からない事があります」
「何がだ?」
「今まで橘組でも掴めなかった潜伏先を、何故虎城高校の先輩にバレるようなヘマをしたのか、という事です」
私の発言に彼女の眉が微かにピクリと動きました。それはほんの一瞬でしたが、しっかりとこの目に焼き付けましたよ? 貴女が見せた僅かな動揺を……!
「沈黙は金……とは言いますが、何も言わないのは肯定しているのと同じです。つまり、それだけの事をしなくてはいけない程に劉星会は追い詰められている……違いますか?」
怒涛の長い攻め口調によって、平常心を保っていたであろう彼女の顔が歪んでいきます。どうやら、私の読みは間違ってなかったみたいですね。
「ちっ! 本当に厄介だな……橘神奈。そこまで気付くとは」
「恐れ入ります」
「褒めてねぇよ……!」
このお礼には皮肉も込めていたのですが、核心を突いていたようですね。何せ、舌打ちをして眉間にシワを寄せていますから……。
「お前らの通じてる奴がこちらに紛れ込んでいたのは知っていたが、敢えて泳がせていた。ここに攻め込んで貰う為にな? その為に、貴様の友人である萩原……だったか? 彼女も人質として使っているからな」
「!」
頬をポリポリと掻きながら目的を吐き捨てように喋る彼女の姿を見て、私は納得がいってしまいました。
大切な人や、モノを人質にして誘き寄せる手段としては最も効果的な方法です。それにまんまと引っかかってしまいました……。
これに関しては私の落ち度と言えるでしょう。もし私がムキにならず、冷静な判断をしていれば……っ!
「そのおかげで貴様と紅蓮二はまんまと来てくれた……後は殺るだけだ」
「! させると思いますか……!?」
彼女は私たち二人を相手に手を抜いていた。これは先程の発言で分かってしまいましたが、確かに私と彼女では力の差が激しく生じています。
間違いなく彼女は私より数段格上の相手……。それならやれる事は限られますが、蓮二さんを殺そうとする彼女を見逃すわけにはいきません!
「させてもらうさ……無理矢理な」
「絶対にやらせはしません! ここで貴女を倒させてもらいます!!」
「上等だ……かかってこい!」
売り言葉に買い言葉……互いに交わし合った私たちは大きく一歩踏み込み、拳を出そうとしたその時――――
「うおぉぉぁぁっ!!!」
『っ!?』
外から反響する雄叫びに反応し、拳が顔面スレスレの所で止まった私たちは、視線を向けました。するとそこには……!!
「ふーっ……! ふーっ……!!」
「七海……さん?」
窓から教室に入ってきた彼女は、頭から血が流れていました。しかも、目がどす黒くなっており、纏っている殺気がいつも私に向けられるモノより重いです。
何があったら、こんな劇的に変化するんですか……!?
「これが井口七海……なのか!? 馬鹿な、先程よりもずっと――」
「がぁぁぁっ!」
「ぐぼぁっ!?」
この時……何も見えませんでした。気がつけば、有紗は再度廊下へ飛ばされており、変わりに血を両手で拭っている七海さんが隣にいました。声をかけようとしましたが、それを許さない圧倒的怒気にたじろいでしまいました。
「神奈ぁ!」
「! は、はいっ!?」
「そこで見てなさい! あの女に私の強さを刻みつけてやるから!!」
この返事に一回だけ頷き、それを見た七海さんは拳を鳴らして廊下へと出ていこうとする彼女を慌てて追いかけました。
その時に見た背中は、何故かあの人に似ていました。おかげで、今の雰囲気に恐れを抱いているのと同時に、どこか頼もしさも感じています。
だから――――
「立ちなさい! “劉星会の懐刀” 有紗!! 私が神奈より弱いって決めた事を死ぬ程後悔させてやる!!!」
今の七海さんなら、負けるとは思えませんでした……!




