喧嘩に忍び寄る影……!?
「はぁっ……はぁっ……おい、無事かぁ?」
「はい! でも、流石に疲れました……」
その場に座り込み、俺と中坊は肩で息をしていた。そんな俺たちの周りには意識を失い、倒れ込んでいる劉星会の男たち合計二十人……何とか片付いたぜ。
「すまねぇな、面倒事に巻き込んで」
「いえいえ。憧れの紅蓮二さんと一緒に喧嘩できて嬉しかったです」
「あ……? 俺、名乗ったか?」
「いえ、そこら辺に転がってる男の一人が口にしてましたので、その際知る事が出来ました」
中坊が連中を指しながら丁寧な口調で教えてくれたおかげで、俺は気付いた。そういえば、あん中の一人が名前出してたな。おかげで納得は出来たが、俺はそれ以外で一つ気になる事があった。
「おい、さっき憧れって言ったよな? あれはどういう意味だ?」
「ああ……紅さんが知らないのも無理はないですよ。貴方が “紅鬼” と噂されていた頃から、俺が勝手に憧れていたんですから」
「っ!?」
その名も今となっては懐かしいが、学校では結城先輩や香川先輩の二人には指摘されたし、やっぱり残るものなんだなぁ? 橘組若頭になった今でも……。
「あ、すみません。まだ名乗ってませんでしたね? 俺は四神中学三年の長谷川春樹と言います。来年、俺も虎城に行きますんでその時は宜しくお願いします」
「! お、おう……」
照れ臭そうに頬をポリポリと左手で掻きながら、右手を伸ばしてきたのでそれに応えるように俺も同じように右手を差し出し、互いに握手を交わした。
コイツ手の甲……小さい瘡蓋と細かな切り傷が複数見られる。これは、喧嘩を毎日やってなきゃできない代物だ。
「流石、あの四神中を二年で統一した男だな」
「え……俺の事を知っているんですか!?」
「ああ。この街の情報は何でも俺の耳に入るからな」
四神中学は、この街にある中学の中で突き抜けて不良の多い学校だ。人数は二百五十人を超えており、街周辺の中学全てが四神中学の傘下である。当然、こんな情報は俺たち橘組の耳には入る。うちの若衆の中には現役中学生もいるから、確実な情報だ。
それにしてもこいつが長谷川か。一個下とは思えないくらいに……その、何だ。子供っぽく見えるな。柳よりも背が低いからかね……?
「さてと、長谷川……行くぞ」
「え?」
「これだけ派手に喧嘩したんだ……きっと誰かが警察に通報してる筈だからな。こんな事で捕まるのは互いにゴメンだろ?」
「あ、はいっ!」
俺と長谷川はこの公園から全力ダッシュで抜け出し、虎石へと足を運んだ。事情を説明していつもの部屋へ入れて貰い、俺と長谷川は落ち着けたからか一息吐いていた。
「ここならゆっくり休めるだろ……。今、組へ逃げ込んでたら面倒な事になってたからな」
「すげぇ……! 俺、ここに来たの初めてですよ!!」
長谷川がキラキラと目を輝かせて虎石の一室を何度も見回す。まぁ無理もないだろう……何せ、この虎石は全国においても有名高級料亭。一部の上流階級でないと食事すら出来ない所だ。中学生である長谷川がそう簡単に来れるものでは無いからな……。
「虎石の賄いにはなるが朝飯が出る。お前も食うだろ?」
「是非! 俺、まだ食べてなかったのでお願いします!!」
「分かった……」
俺は内線電話で賄いを二人分注文し、再度長谷川と向き合った。それにしても、コイツ本当に中三か? と思う程に幼く見える。さっき一緒に喧嘩した時はギラギラしていたのに、今は子供が新しい玩具を見つけた様子のそれと似ているからだ……。
「なぁ長谷川、お前この後どうする?」
「え?」
「賄い食った後だよ。ここ、暫く借りたから俺は少し寝る。寝てないからな……」
「あ〜……俺も同じで寝れなかったんで、お世話になっていいですかね?」
長谷川が後頭部に右手を置いて笑いながら答えるが、結構図々しい奴だな……。でも、あの喧嘩に巻き込んでしまったから断れないのもある。それを分かって言ってるのか、或いは度胸があるのか……全く、読めない男だ。でも、嫌いじゃないんだよな、こういう奴は……。
「フッ……好きにしろ」
「ありがとうございます!」
こうして俺たちは賄いである、ご飯に味噌汁、焼き鮭に卵焼きと言った朝飯の定番メニューを食した後、布団を敷いて互いに眠りにつくのであった……。
「ご苦労ネ、元同胞……」
公園の雑木林の中から様子を伺っていたが、まさかこんな所であんな素晴らしい喧嘩が見られるとは思ってなかったヨ。
「紅蓮二……やっぱり僕の目に狂いは無かった! 彼は最高ネ……!!」
前に、たった一人で十人を倒したというのは報告で聞いてたが、百聞は一見にしかず……この言葉通りネ。喧嘩は報告よりこの目で見ないと分からないものだネ!
そしてもう一人……あの青髪の少年も面白い逸材ネ。何せ、紅蓮二との連携とはいえ二十人の相手を二人で沈めたのだからナ……!
「おおおおっ!」
「うらぁぁっ!」
彼等は雄叫びを上げながら、劉星会の連中に無謀と思える特攻を仕掛けた事に対して、僕は関心していた。何故なら、紅蓮二は当然というべきだが、あの青髪の少年も多対戦のやり方を心得ているからだヨ。
連打のような攻撃を繰り出さず、テレフォンパンチのように大振りしたり、体を使ってのタックル。この様な多対戦の時には最も有効な攻撃手段だが、自分の身を守る防御手段でもあるネ。
「ハッ!」
「っ!?」
「セイッ!」
「あがっ!!」
だがしかし、決してそれが多対戦で安定する方法では無い。当然、攻撃を喰らうこともあるネ。紅蓮二は裏拳を、青髪の少年は肘鉄を貰って互いに背中合わせになる。追い込まれたカ……。
「クソッタレ……ここまでかよ?」
青髪の少年の方は心が折れかけてるネ。こんな状況ならそうなるのも仕方ないヨ……。さて、紅蓮二は――――
「フゥゥゥ……ここが正念場だ。気持ち、折るんじゃねーぞ」
「! は、はいっ!!」
紅蓮二が少年の背中に拳を軽くぶつけた事で、少年の目に輝きが戻った……!? この男、全く動揺していないヨ! 寧ろ眉一つ動かさず冷静でいられるその胆力……流石、橘組の若頭ネ。
「っ! おい、伏せろ!」
「え――おわっ!?」
「ガッ!?」
おお〜……咄嗟の反応にしては上出来だヨ、あの少年。紅蓮二の右ストレートをしゃがんで躱した事で、それが背後にいた一人の顔面に直撃したネ。しかも、後ろにいた連中の二人巻き込んでぶっ飛ばした!? ありえないネ……!
「っ! 危ないんで避けて下さい!!」
「は――って、うおおっ!!」
「ぐぁ!?」
今度は少年がしゃがんだままの状態から右手をバネに蹴りを放つ、穿弓腿……それを紅蓮二が右ステップで躱した事で、またも後ろにいた一人の顎に入って宙を舞い、そのまま地面に頭から落ちたヨ……! 痛そうネ!!
「ハッ……やるじゃねーか、お前? イイ蹴りだったぜ」
「そちらこそ流石です! 拳で人を飛ばすなんて初めて見ましたよ」
「う、嘘だろ……!?」
「な、何だよ今のコンビプレイは……!?」
この二人、今日会ったばかりなのに意気投合しすぎだヨ。今の完璧な連携攻撃を魅せられたせいで、劉星会の連中は後退りしていた。
「声出せぇぇぇ!」
「はいっ! おぁぁぁ!!」
そこからはあっという間……蹂躙していたヨ。今思えばあの時……既に決着はついていたネ。例え数で勝っていても、ビビってしまったらそれはもはや烏合の衆に成り下がるだけ。そうなってしまったら崩れるのも簡単ヨ。
「フッ……そろそろこうやって小出しにするのも止めた方がいいネ」
橘組と虎城高校、この二つの組織によって劉星会はかなり数が減らされている。現在確認出来ているだけで丁度百十六人……これが劉星会の人数だヨ。
両組織とも警戒はしていたが、虎城高校の連中がここまでやるとは思ってなかったネ。あれはまさに化物の巣窟と言っていい……。流石この街で “不良学校四大勢力” の名に連ねる学校の一つだヨ。
「ボス……」
部下の一人が僕の目の前で膝をつき、右拳を左の掌で覆う臣下の礼を見せ、即座に立ち上がる。別にやらなくていいと言ってるんだけど、彼女だけはやるんだよネ……。
「どうしたネ?」
「彼処で伸びてる連中はどうしますか? まもなく警察がここに来ると、同胞から連絡がありましたが……」
それにしても、相変わらず綺麗な黒髪だヨ。手入れを欠かしてない証拠……こんな喧嘩の真っ只中だというのに流石だネ。まぁその分スタイルはそこそこだけど……。
「ほっといていいヨ。我々に弱き者は必要ないからネ……行くヨ」
「ハッ!」
この公園付近に置いてある車の所へ向かうべく彼女と共に移動を始めながら、僕は考えていた。
んー、これはそろそろ決着をつけないと不味いネ。警察も動いてるとなると、事は大きくなり過ぎたと言っていい。それじゃあ、そろそろ “あのカード” も切るべきだネ……。
「おい、例の物は撮れてるカ?」
「はい……」
僕は彼女が握っていたデジカメを拝借し、写っている一人の人物を見つめニヤリと笑みを浮かべる。さぁ、始めようカ……?
「僕たちの目的はもう虎城高校の制圧ではない。狙いは紅蓮二、ただ一人! その為なら手段は選ばない。コイツを確実に捕縛しろ……頼んだヨ、有紗」
「! 了解しました、ボス……いえ、范様」
僕は有紗と拳を合わせ、警察に怪しまれないように堂々と雑木林の中を闊歩するのであった……。




