神奈とレイ、女の密談?
「――という訳でして……」
私は今、自分の部屋に招き入れてレイさんに昨日あった事の顛末を話していました。今回の事は穴があったら入りたい程に恥ずかしい内容なので場所を移しました。ここなら、盗聴などの問題はありませんから……。
「成程、それであの落ち込みだったんですか」
「は、はい……」
そして私が全て話し終えた事で、淹れたお茶を飲み始めたレイさんですが、何故か彼女から睨まれているような気がします。
「何と羨ま……コホン。ではなく、お嬢様もそんな事をなされるのですね?」
お茶を飲み終え、湯呑みをテーブルに置いてから喋り始めましたが、今羨ましいって言おうとしませんでしたかレイさん? わざと咳き込んで誤魔化そうとしてもバレバレです。レイさんは何せ橘組女性組員内にある蓮二さんファンクラブの会長なのですから……!
「あの時は気が動転してて……負けられなかったんですよ、レイさん」
「それでも昔のお嬢様からは想像もつかないし、今でも信じられません。でも、こうして証拠を見せられた以上は何も言えませんが」
「うっ……」
証拠となるプリクラの写真をトントンと何度も小突いているレイさんを見て、私は何も言えませんでした。今、目の前にいる彼女は私が小学校三年生の時から約八年……一緒に生活するようになりました。ですから、昔の私を知っているから何も言い返せません。蓮二さんと出会う前の私を……。
「あの頃のお嬢様は、同年代では幼馴染である萩原様に対しては心を開いておりましたが、それ以外は眼中に無かったではありませんか」
「あ、あれはその……。皆私の家の事で近寄らなかったのもありますけど、私から歩み寄っても逃げられましたから……」
「それは無理もないですよ。あの時は色々と大変でしたからね」
あの時の橘組は所謂抗争状態でして、それは当然街の皆も知っていました。だから、橘組の娘である私は常に学校には車で送り迎え、護衛をつける始末でしたので美月以外は私に怯えていましたね、そういえば……。
「でも、本当にこの一年でお嬢様はお変わりになられましたよ。良い方向で」
「そうですか……?」
「はい。ですが、まさかここまで女として磨きをかける事になるとは思いませんでしたけど」
「え?」
レ、レイさん? 貴女の身体から何故か殺気が出ている気がするんですが、私の勘違いですよね? それに何か敵を見つめるような鋭い目付きなのも怖いです……。
「姐さんの極意を受けられたのは正直羨ましいです。この私ですら教えの許可が降りなかったんですから……っ!」
レイさんが歯軋りをしながら、悔しそうにギュッと両手を強く握りしめています。こうなるのは仕方が無いでしょう……。
何せ、先程レイさんが仰った『姐さんの極意』とは、母さんが教える極道の妻としての心得なのです。これを組の中で受けられているの女は、母さんの娘である私のみです。
母さんは他人にはとても厳しい方ですが、身内にはその真逆で優しすぎるんです。極意を教えてくれたのはその優しさからでしたが、その極意を得る為に鬼の様なシゴキを受けたのは今でも忘れられません。偶に、全身が小刻みに震える事がありますから……。
「私も含め、橘組の女性組員の大半は姐さんである、橘茜さんに憧れてこの世界に足を踏み入れたと言っても過言ではないです」
「レイさん……」
母さんが昔、父さん並に名を馳せた不良だった事は知っています。確か、母さんが作っていたチームの名前が “鈴蘭” でした。
鈴蘭はその名で街中どころか、全国中の不良を黙らせた伝説のチーム。人数は……確か少数精鋭で最初は十人から始まり、そこから喧嘩で勢力を拡大し、気が付けば五百を越える大所帯になっていたそうです。
母さんはそんな凄いチームの頭なのだから、レイさんが惹き付けられるのも無理はないでしょう。
「けど、そんなあの人を打ち負かしたのが私たち橘組の現組長……ですよね?」
「はい。私も母さんからそう聞かされました。後で父さんにも聞きましたが、母さんの言ってる事は本当だって話してくれた時は言葉が出なかったですよ」
そう……母さんが唯一敵わなかったと言っていたのが、私の父さんなのです。父さんが虎王と名を馳せた理由は、当時の最強チームであった鈴蘭をたった一人で潰したからだと母さんが話してくれました。
「私もです。最初聞いた時は驚きを隠せませんでしたよ」
「母さん何気に負けず嫌いですから、あの話をする時苦虫を噛んだような顔になるんですよね……」
「あぁ……確かに。私に話をして下さった時もお嬢様の仰る通りでした」
二人で微笑しながら母さんの話で盛り上がってますが、ここで母さんが現れたら不味いです。こうやって自分の事を話のダシにされるのを嫌う人ですからね、母さんは。
でも、この心配を今する必要はありません。何故なら――――
「そういえば、お嬢様。姐さんから連絡はありましたか?」
「あ、この前電話で話をしましたよ? 夏には必ず帰ると言ってました」
「そうですか……! 良かった。姐さんが仕事で海外に向かって丁度半年経つから、不安で仕方無かったんですよ」
そう、レイさんが言った通り母さんは半年前に海外に行っているんです。だから、今この日本にはいません。とはいえ、先程レイさんに話した通り、母さんが近いうちには帰ってくるのでまた一波乱ありそうな気がします。
「でも、姐さんが帰ってきたら間違いなく私たち女性組員にあの特訓を行う筈ですよ、はぁ〜あ……」
レイさんが深く溜息を吐き、テーブルに頭を置いて落ち込んでいますがまぁ無理もありません。父さんが男性組員の教育中心とするなら、母さんは女性組員メインです。
しかも、母さんは父さんよりも厳しいから毎回皆疲れ果て、最低でも三日は動けなくなりますからね……。
「あ、あはは……多分私も受ける事になりますから、一緒に頑張りましょう?」
「お嬢様……はい」
恐らくこの半年でどれだけやれているのか……それを試されるのは私も同じです。だから、日々の鍛錬や極意の反復練習は欠かしていません。だから自信はあるのですが……私もレイさんと同じで憂鬱です。
何せ七海さんや神楽先輩という新たなライバルが二人もできたという事を話したら、何故か声が冷ややかになりましたから……。
「レイさん、ありがとうございました。わざわざ付き合わせてしまって」
「いえいえ……あ、そういえば蓮二様は何処に行ったんです?」
「え? た、確かランニングに行くと家を出て行きましたが……」
蓮二さんが慌てて飛び出したのをこの目で見たからそう答えた直後、レイさんの全身がピクリと動かなくなりました。あ、あら? 私、何か変な事を答えましたかね……?
「その時、蓮二様は一人でしたか……?」
「は、はい。多分そうですが――」
「はぁ〜……全く、あの人は……!」
レイさんが頭を軽く数回掻きながら、蓮二さんに対する怒りと呆れを見せていました。この光景も蓮二さんが橘組に来てから良く起きるようになりましたが、こういう時は何故か嬉しそうに見える時もあるんです。だって、今のレイさんは笑ってますもの……。
「仕方ないですね。探しに行きますか……お嬢様はどうします?」
「あ……私は少し仮眠を取ります。そうすれば、クマも多少はマシになると思いますから」
「分かりました、ゆっくり休んで下さい。それでは失礼します」
レイさんは直ぐに立ち上がって私の部屋を後にしたのを確認してから、私はベッドに寝転がりました。さて、蓮二さんが帰ってくるまでには回復出来ると良いのですが……。
「ふぁぁ……」
瞼が重くなり、気がつけば大きく欠伸をして目を閉じ、ベッドの柔らかな感触に身を委ね、私はそのまま意識を手放しました――――




