放課後デート? 後編
「れ……蓮二!」
「よぉ、七海。あーちゃんに神奈さんも、遅くなってすんません。つーか、コイツら誰?」
「私たちをナンパしてきた男ですよ、蓮二さん」
私は蓮二さんに対していつものように答える。それを聞いた蓮二さんは眉をピクリと動かして、男たちを睨みつけていた。
「へぇ〜? 今時のナンパは拳で訴えるなんて知らなかったぜ。それに加えて、この美女三人相手にクソアマとほざく……」
「この、離せや――ひっ!?」
「死にてぇのか、この野郎……! お前らみたいな下衆な野郎共が、手を出していい女たちじゃねぇんだよ!!」
あ……蓮二さんがガチギレしてます。久しぶりに見ましたけど、やっぱり怖いですね。拳を掴まれてる男の足がガタガタと震えています。
でも、ここにいる皆に美女って……こんな時に相変わらずのお人です。
「げ、下衆だと!?」
「巫山戯んなこのガキ!!」
取り巻きの男二人も同様にキレてしまい、そのうちの一人が蓮二さんに対して拳を振るいました。あんな大振り、蓮二さんなら余裕で避けられる筈なのに、あえてそれを避けようとせずに――――
ゴッ!!
「なっ!?」
「蓮ちゃん!」
それを顔面で受け止めました。しかも後ろに退く事をしなかった……いや、態としなかったと言うのが正しいです。七海さんを殴ろうとした男の拳を掴んだままだから……。なので、拳の威力も弱まってない筈。蓮二さん、大丈夫でしょうか?
「へっ、馬鹿が……え?」
「痛てぇじゃねーか、この野郎……!?」
「う、嘘だろ!?」
拳を直で受けたにも関わらず、平然と立っており、寧ろ相手に対して挑発している。だけど、殴った男は蓮二さんの様子にビビってしまい、後退りしていた。どうやら心配する必要もありませんでしたね……。
「このパンチで七海の顔、傷ものにしようとしたのか……! あぁっ!?」
『ひっ!?』
蓮二さんの一括により、腰が抜けたのか三人同時にその場にへたり込む。それを見た周りのお客さんたちがどよめき始めた。
「何だ何だ?」
「喧嘩か?」
「……チッ。お前ら、ここからすぐに消えろ。そうすりゃ勘弁してやる」
それを見た蓮二さんが頭をガシガシと掻きながら、面倒くさそうな様子で男たちに警告を促しました。すると男たちは即座に立ち上がり……。
「おい、行くぞ!」
「覚えてろよテメー!?」
「今度会った時は覚悟しとけ!!」
お決まりの捨て台詞を投げてから走ってこの場を立ち去りました。何という三下な輩なのでしょうか……って、それよりも――
「蓮二さん!」
「何すか、神奈さん?」
「鼻血が出てます……これ、使って下さい」
「あ、どもっす」
蓮二さんが私のティッシュを受け取り、それが使って鼻をかみました。それにしても、あの一括で相手をビビらせるのは流石というべきですかね。若頭としての凄みが出ていたような、そんな気がします。
「蓮ちゃん、かっこよかった」
「あーちゃん……ありがとな。そう言ってくれるのは嬉しいけど、俺は別に普通の事をした迄だよ。それに、三人共マジで美女だって俺は思ってるし」
「っ! ……照れる」
それに加えて、この天然ジゴロもですが……。若頭になってからというものの、蓮二さんはモテすぎます。組内で言うならレイさんは勿論、女性組員による蓮二さんのファンクラブまである始末。喜ばしい事ではありますが、相手にするのは大変です。
蓮二さんの言葉に頬をほんのりと赤く染めている神楽先輩もそうですが……。
「蓮二ぃ……ありがとぉ〜!!」
「わぷっ!」
私がライバルだと認めた七海さんも、です。あっ、また蓮二さんに胸を押し付けてる……。でも、蓮二さんタップしてるからすぐに離れましたか……。
「七海よぉ、俺を殺す気か?」
「そんなに力入れたつもり無かったんだけど……ごめん」
「ま、別にいいけどな。それよりも――あっ、店長?」
『え?』
蓮二さんの言葉に反応して皆が一斉に後ろを振り向くと、そこには少し小太りで帽子全体から白髪がはみ出している男の人がいた。
その人こそ、この四神GAMEの店長である新田一さんです。もしかしてここに来たのは先程の件で、でしょうか……?
「蓮二君、神奈さん。お久しぶりです」
「どもっす」
「お久しぶりです、新田さん」
私たちに対して頭を下げた新田さんに対し、同じように二人で一礼しました。そして即座に頭をあげ、蓮二さんが新田さんに話を勧めた。
「店長……すんません、派手にやらかしてしまって。すぐここから出ますんで」
「いや、そんな事をしなくて結構です。アイツら、ナンパしまくりでマナーも悪いから助かりました。それに、お客様も蓮二君たちを拍手で迎えて下さってますよ」
「へ?」
この辺り全体を見渡すと、確かに拍手をしているお客さんが殆どですね……。ここにいる全員がそれをぽかんとした様子で見守りましたが、蓮二さんだけが反応し話を戻していました。
「店長、でもここは喧嘩御法度の筈。俺は危うく喧嘩しかけたんすよ?」
「でも、未然に防いでくれたじゃないか。君が身体を張ってね」
「! ……フッ、店長には敵わねぇなぁ?」
口論を諦めたのか、蓮二さんが新田さんに折れる形で納得しました。普段の蓮二さんなら、誰でも喰ってかかる筈ですのに……。新田さんの温厚な人柄故に、でしょうか?
「伊達に年は食っとらんよ蓮二君。それよりも、さっきのお礼としてこのゲームともう一ゲーム……是非、私に奢らせて欲しい」
『えっ!?』
「店長、いいんすか?」
新田さんによる謝礼の提案に私を含め七海さんと神楽先輩はたじろぎましたが、蓮二さんは至って冷静に対応していました。
「当然さ。今回の件に関してもそうだが、うちは橘組あってこそのものだからね。だから御願いします……頭さん」
「っ!」
新田さんが膝に両手を置いて体の上半身を斜めに……これは、うちの組員が父さんや蓮二さんといった格上の人に対する時のお辞儀です。
先程までは顔見知りとして接していましたが、今は蓮二さんの事を橘組の若頭として対応しています。このやり取りによって、新田さんと蓮二さんの上下関係を私たち三人にだけでなく、周りのお客さんにもハッキリさせた事になります。
「チッ、ハァァ〜……」
誰にも聞こえないように軽く舌打ちをし、深く溜息を吐きました。私は隣にいたから舌打ちは聞こえましたが、蓮二さんはこういうの苦手なんでした。前に雅人さんやレイさんから聞いた話ですが……。
「分かりました。今回のお礼はこの橘組若頭、紅蓮二が受け取ります。ですから、頭を上げてください店長」
そして蓮二さんが頭を軽く掻いた後で、店長の右肩にゆっくりと左手を置き、返答したのを聞いた直後に新田さんが身体を起こし、蓮二さんの手を両手で包み込む様に握りました。
「あ、ありがとうございます! 残りのゲームを、どうぞごゆっくりお楽しみ下さい!!」
「ど、どうも店長……」
こうして、新田さんの粋な計らいによって私たちは合計二ゲームを楽しみ、ボウリング場を後にして、ある場所へと足を運びました――――
「これって……」
「プリクラ、だよね?」
「ええ、そうですよ?」
七海とあーちゃんが神奈さんに向かって話しかけているが、俺はそれを黙って見守っていた。七海にあーちゃんの頼みも聞いていたから神奈さんからもお願いされ、それを断れる訳もなくここまでやってきたのだ。
「今からここにいる皆で撮った後で……蓮二さん、私たちと個別に撮るのをお願い出来ますか?」
「え!?」
『っ!!』
皆で撮った後の個別って……まさかのツーショット三連発ぅ!? う、嘘だろおい。そんなのご褒美だぞ、俺からしたら!!
神奈さんからこんな提案が出ると思っていなかったのか、二人共絶句していた。だがしかし、それも僅か数秒の間で七海が恐る恐る神奈さん尋ねていた。
「アンタ……いいの?」
「ええ、構いませんよ。折角来ましたし……それに、私もお二人の気持ちは分かりますから」
「! …………ありがと」
おっ……七海が照れてる。そっぽを向いてるが、その顔は苺のように真っ赤に染まっていたのが見えたからな。それに、神奈さんもお礼の言葉が聞こえていたのか微笑みをそんな七海に振りかざしている。何だかんだでこの二人は仲が良いんだろうな、と思っても俺は間違いない筈だ……。
「良い奴、だね。橘は」
「! ……ありがとうございます、神楽先輩」
何時の間にか会話に加わっていたあーちゃんが、神奈さんに対して右手を開いて差し出していた。そしてそれを迷う事なくガッチリと握って応える神奈さん。友情……? でいいのかね、これは。いや、そう思うべきだな仲良き事は美しきかな。うんうん……。
「そんな所で何感動に耽ってるのよ、蓮二?」
「どわぁっ!? 七海、脅かすなよ!」
「あ、ごめんごめん。それよりも、先ずは皆で撮るから行くよー」
「分かったから引っ張るなって!?」
こうして、俺たち四人によるプリクラ撮影が始まったのだが……。
「蓮二〜、ほらしゃがんでしゃがんで!」
「蓮ちゃんの隣は私……」
「あまり暴れないで下さいね、皆さん」
俺が中央で中腰になり、その後ろからひょこっと顔を出す七海に、左腕を絡めるあーちゃん、右隣に神奈さんが並んでいる構図が出来上がっていた。
あの、なんすかこれ? 上にも左右にも素晴らしい果実がある時点で……天国なんですけど!?
「俺、本当にこれでいいのか……?」
「? 蓮二さんはそのままでいいですよ」
あ、やっべ聞こえてたか……。でも、今の状況を楽しめない男は馬鹿だろう。ゴチャゴチャ考えるのは止めよう。今という時間は今しかねぇんだ。楽しまなきゃ損だよなぁ!
《まもなく、撮影が始まります》
『!』
プリクラの筐体から音声が流れ、俺たちはそれにビクッと身体が震え反応した。どうやら、あれよこれよやってるうちに待ち時間が過ぎてたみたいだな……。
「そんじゃ皆、準備は出来てるか?」
「はい」
「いいよ〜!」
「……うん」
俺たち四人は筐体にあるカメラに顔を向け、写真が撮られるのを静観した。そしてものの数秒で音声合成によるカウントダウンが始まり、パシャッ! とシャッター音が鳴るのであった……。
「よーし、最初は私からね〜!」
「はは……お手柔らかに頼むぞ、七海?」
全体写真が終わり、今度は個別回となった。ジャンケンでの死闘? を繰り広げ、最初の権利を勝ち取ったのが俺と一緒に個室へ入っている七海だった。さてさて、どんな事言ってくるんだか……。
「じゃあ控え目で……ハグしよう、蓮二」
「おい。何処が控え目だ、コラ」
七海さん、貴女の素晴らしいボディでハグされたら大抵の男はイチコロですよ? 俺の場合はそうなったらやべー事になるなら、絶対に避けないとな……。
「いいじゃんか〜? 折角初めてのツーショットなんだしさ。それとも……駄目?」
その潤んだ目……反則だよ七海。俺は仮に嘘だとしても女の涙を見たくない。女を泣かせる男は外道だと思ってるからこそ、俺はそんな男にはなりたくない。
「ぐっ……わ、分かったよ。ハグでいいんだな?」
「えっ、いいの!? ありがと蓮二ぃー!」
「うおっ!?」
クッソ、やっぱり泣き真似だったか。俺本当に弱いよなぁ……? つーかそれよりも、七海のおっぱいが俺の胸板に潰れるんじゃないかといわんばかりに押しつけられている。うむ、大変素晴らしくけしからん!
「蓮二、撮るけど準備いい? ちゃんと笑ってよ?」
「おう」
そして再び音声合成のアナウンスを七海とハグしながらカウントダウンが来るまで待機するのだが、鼓動がやばい。ハグによって密着してる事でゼロ距離だし、何より七海の身体から発生する桃のような香りが俺の鼻を擽る。
くっそぉ、女の子ってやっぱりいい匂いするよなぁ……。こんな香り嗅ぎ続けていたらやばい。それにこの感触は特に駄目だ。犯罪だよ、こんなの!
《まもなく、撮影が始まります》
「おっ、そろそろだね」
「! あ、ああ。そうだな……」
頼む、早く終わってくれぇ! そんな事を思いを抱きながら、俺は七海の魅力に抗う為に理性をフル回転させる事に力を注いだ――――
「蓮ちゃん……大丈夫?」
「はぁっ……はぁっ……大丈夫だよ、あーちゃん」
あ、危なかった……。写真撮った事よりも、七海の身体の感触や匂いしか覚えてないんだが。もしあれを何度も続けられたら今頃七海に堕とされる所だった。
つーか、いい加減切り替えろ俺。今は目の前で自分の鞄を漁っているあーちゃんに集中しよう。
「あの、あーちゃん? 何してんの?」
「……あった。蓮ちゃん、これ着てみて」
「え?」
俺はあーちゃんから投げ渡されたモノを掴み、それを拡げた。そのモノの正体はと言うと一枚の白パーカーであった。今あーちゃんが着ているドクロのバックプリントのものと同じなんだけど……。
「あーちゃん、これどうしたの?」
「自分で作ってみた……」
「へぇ〜……って、作ったぁ!?」
前にも聞いたことがある。あーちゃんの趣味がパーカー作りだと。だけど、自分だけじゃなくて男モノも作れるのかよ……?
「そう言えば気になったんだけど、サイズとかどうやって測ったの? もしかして見ただけで分かる人?」
「流石にそれは無理。この前、喧嘩で肩を貸した時に蓮ちゃんの身体に触れられたから分かったの……」
指をつつきながらモジモジしているあーちゃんだが、俺は驚愕の事実を聞かされた故に、呆然としていた。
いや、確かにあの時ほんの少しは身体を触られたぜ? だけど、たったそれだけでサイズ把握して、しかも服を仕立てるなんてプロでも無理だろ……。
「すげぇな、あーちゃん……。ここまでの腕前だと思ってなかったわ」
「……それ、あげるから大切にしてね」
「いいの?」
「その為に作った……着てみて?」
俺は一回頷き、貰ったパーカーに袖を通した。今日のインナーが黒のVネックTシャツだから着こなしの相性としては悪くないのは有難い。白に白だったら被ってしまうからな……。黒の被りなら構わないけど。
「どの季節でも着れるように作ったから、これからも着て欲しい……」
「あ、ありがとうあーちゃん! これからも使わせてもらうぜ!!」
「っ!」
こういうの欲しいとは思ってたんだけど、服買いに行く時間があっても一人じゃ行けないからマジで有難い。その嬉しさからあーちゃんの右手をガッチリと掴んでいた。
「れ、蓮ちゃん……」
「よっし、撮ろうかあーちゃん。ほんとにありがとな?」
「……うん、撮ろっか」
この後、俺とあーちゃんはパーカーのフード被って撮ったり、バックプリントを見せつけるように撮ったり等、撮影を楽しむのであった……。
「蓮二さん、どうして私はジャンケンが弱いのでしょうか?」
「さ、さぁ……? でも、ジャンケンは運も絡みますから負ける時だってありますよ」
「子供の時からずっと負けっぱなしなんですよ? 美月も理由を教えてくれませんし……蓮二さん、分かりますか?」
「いやぁ、俺にも分からないっす……」
適当に誤魔化したが言えるわけが無い。神奈さんが最初確実にチョキを出すから、なんて。しかもそれが無自覚なのはもっとタチが悪い。七海とあーちゃんは、恐らくそれに気付いたから勝てたのだろう……。
「蓮二さん、そのパーカーはどうしたんです?」
「あ、これっすか? 先程あーちゃんから貰いまして。手作りなの凄くないですか?」
「!」
あーちゃんと撮り終わった今でも着ているのだが、とても気に入っている。着心地も良いし、デザインも好きだからな。
あ、あれ? 神奈さん、何故微動だにせず俺を睨んでらっしゃるの?
「そうですか……。それに、七海さんとも楽しそうでしたね?」
「え……ええ、まぁそれなりには」
「ふむ……私も二人に負けられませんね」
ま、負けられないって神奈さん? 俺に何をする気なんだと身構えたが、ゆっくりと歩み寄って右腕を絡み取られるだけだった。
「あ、あれ?」
「誰も見ていないんですから、これくらいはいいですよね?」
「いや、大歓迎ですけど」
何か普通だ、二人と比べると。これならつつがなく進行しそうだ……と、そんなことを考えていたら本当に何事も無く進んでいく。あれ? 本当にこれで終わりなのか?
「次で最後ですね」
「え、ええ……」
あらら、本当にこれで終わりか。まぁ美人に抱きつかれるのは大変役得なのだが、ちょっと拍子抜けだな。負けられないというから、てっきり二人より過激だと思ったんだが……まぁいいか。
《まもなく、撮影が始まります》
お、最後の一枚か……まぁ楽しかったな。それに美女三人とプリクラ出来ただけ贅沢というもの。過度な期待やわがままは身を滅ぼしかねん。この幸せを噛み締めようかね?
そう思って筐体からのカウントダウンが始まった直後……。
「蓮二さん、こっち向いてください」
「え?」
もう撮影が始まるのに何だと思い、神奈さんの方に振り向くと、神奈さんの顔が目の前にいて、そのまま俺に向かって――
「んっ……」
「っ!?」
パシャッ!
「…………ふぅ。これで、お終いですね」
「か、かか、神奈さん……今、何を!?」
見間違いでなければ、神奈さんと俺の唇が重なっていた……よな? え、嘘だろおいっ!?
「何をって……私言いましたよね? 二人には負けられないと」
「いや、確かにそうは言いましたけど……何故ここまで――」
「それだけ私は本気……だという事ですよ蓮二さん。さぁ、出ましょうか?」
「う、うす……」
やられた……! こんなん狡いわ。ますますアンタの事好きになるじゃねーかよ……!?
手を取られ、グイグイと引っ張るこの人の背中を俺はフッと鼻で笑いながら見つめるのであった……。




