放課後デート? 中編
「よし! これでターキーですね」
「う、嘘ぉ……!?」
七海が大食いを開けて、ポカンとしているのも無理はない。何せ三フレーム目までの神奈さんは未だにストライクしかないからな……。
「流石神奈さん、腕は鈍ってねぇか」
俺は一リットルのペットボトルの中にあるコーラを、紙コップに注ぎながらそう呟いた。
「む……蓮二、それどういう事?」
俺の言葉が聞こえてたのか、七海が素早く反応し俺に質問してきた。あの……膨れっ面作るの止めて? 可愛いから癒しにはなるんだけどさ……。
「あれは半年前の事だ。橘組主催でのボウリング大会やったことあるんだけどよ? 神奈さん、ぶっちぎりのトップだったんだよ。その時のスコアが……確か、284だったな」
「いいっ!?」
「それは凄い……」
あーちゃんが感嘆の声を上げ、七海はギョッとしてこちらに戻ってくる神奈さんを見つめていた。
「ん? 七海さん、どうしたんです?」
「アンタ……相当上手いのね、ボウリング」
「あ、もしかして蓮二さんから聞きました?」
「ついさっきね……」
神奈さんが爽やかさ感じる笑顔を浮かべているのに、何故か凄みを感じるのは何故だ……? 七海も七海で、神奈さんに対する闘争心を剥き出しにしているような気がする。
「よーし、次こそストライク取る! 見てなさいよ、橘神奈……!!」
「ええ。頑張って下さいね、七海さん」
この二人、何だかんだでいい関係だよな。喧嘩するほど仲が良いって言うけど、その通りだな。理由が俺というのは気になる所だけど……。
「神奈さん。ターキー、流石っすね」
「蓮二さん……ありがとうございます!」
俺が神奈さんのサイダーが入った紙コップを差し出し、それを受け取った神奈さんが俺の隣に座る。
うーん……髪まとめてポニテにして、制服脱いでシャツの袖を七分まで捲ってる神奈さんもアリだな。普段はロングだから見えないうなじが見えてるし、ボディラインもくっきりと分かる。元々大きいのは知っていたが、制服脱ぐとここまでとは……!
何だろう、この胸の高鳴りは……!? 心臓がバクバクと鳴り止まねぇ!!
「蓮二さん、どうしたんですか? 顔が赤くなってますよ?」
「へ!? い、いや何でもないっす!!」
俺は神奈さんの指摘によって顔に右手を当てるが、確かに熱かった。神奈さんの言ってる事は本当だったか……。それよりも、リアクションがそれだけって事は、気付いていないのかこの人? 俺の視線には……。ホッ、助かった――
「蓮ちゃん……橘の身体見すぎ」
「いっ!?」
「?」
と、思った俺が間違いだったか……。あーちゃんが左耳にボソッと神奈さんに聞こえないように喋ってきた。ちゃんと見られてたのね? 思わず声裏返っちまった……。
「だぁー、またスペア! ストライク取れなーい!!」
「いやいや、スペアでも充分凄いぞ七海。これで三連続じゃねーか?」
「えっ? そ、そうかな……?」
七海は七海でストライクこそ取れないものの、スペアを叩き出している。普通より間違いなく上手いと俺は思う。
それより、照れて身体をクネクネと曲げないで? その度にけしからん程に大きなおっぱいが揺れるからさ……!
「次、あーちゃんじゃないすか?」
「ん……行ってくる」
あーちゃんが席から立ち上がり、右肩を回してボールを取りに向かった直後に、戻ってきた七海はあーちゃんが座っていた席につく。
「あー、袖まくったけどまだ暑っつい。脱ご」
「っ……!」
今まで着ていたバックプリントに龍の刺繍がされている赤のスカジャンを脱ぎ、それを席にかけた。それによって、カッターシャツ姿になった七海の……けしからん程に素晴らしいおっぱいが強調されている!
だ、駄目だ。目を逸らそうとしても吸い寄せられる! まさに万乳引力……って、馬鹿な事考えてる場合かっ!?
「ん? ……ははぁん、蓮二ぃ。さては私のおっぱいに見蕩れてたな〜?」
「っ!? ち、ちげーよバカ!」
「そんなにテンパってたらバレバレだよ〜! このこのっ!!」
「わぷっ!?」
俺の後頭部と背中に手を回し、自分のおっぱいに俺を抱き寄せてきやがった! く、苦しくて息が出来ねぇ……けど、何だろうこれ。柔らかいのに、このプルプルとした弾力。これは一生包まれていたい、そんな風に思える程に大変けしからん。
「ちょっと七海さん? 蓮二さんに何をしているんで・す・かっ!?」
「あいたっ!?」
うおおっ、いきなり素晴らしい世界から抜け出した! えっ、何!? 何が起きたんだ!?
「蓮二さんも蓮二さんですよ。何で抵抗しないんですか?」
「え、いや、その――」
「蓮二さん、帰ったら覚えておいて下さいね?」
「アッ、ハイ……!」
誰であろうと物言いさせぬ圧倒的な力を、今の言葉に感じた。俺が言い訳しようとしたのを止めさせたからな……!
でも、帰ったら俺は神奈さんに何をさせられるんだろ?
「ちょっと神奈! アンタ、蓮二に何する気よ!?」
「ご想像にお任せしますよ、七海さん?」
「何その勝ち誇った顔!? 腹立つ〜!」
七海が歯軋りをしながら神奈さんを睨みつけるが、神奈さんは涼しい顔をしてそれをいなしていた。相変わらず、この手の挑発には乗らないよなぁ……。
「ストライク取ってきた。次、蓮ちゃんの番だよ」
「うおっ!? あーちゃん終わったの!? それより、もう俺か……よっと」
重い腰を上げ、あーちゃんと入れ替わるように向かったが、俺は気が重かった。というのも、ボウリング苦手なんだよな……俺。
自分のボールを右手で掴み、投球場所であるアプローチに立って、レーンの先にある十本のピンを睨みつける。それだけで自然と右手に力が入る……これもいつも通りだ。
「っしゃあ!!」
俺の投げたボールは綺麗なまでに真っ直ぐに勢いよく転がる。ただ単にど真ん中にしか投げられないんだけどな……。
パカァン! と景気の良い音が鳴り響くが、倒れたピンは八本だ。しかも――――
「だー! 何でまたスプリットなんだよ!?」
「これで三連続、ですね……」
ピンが両端に一本ずつ残る事を、ボウリング用語でスプリットと言う。さっき神奈さんが言った通り、これで俺は三連続でこのスプリットを達成したのだ。
「ドンマイ蓮二! 次、頑張ってスペア狙おー!!」
「ファイト、蓮ちゃん」
七海、あーちゃん……応援してくれるのは有難いんだが、さっきから俺にもの凄い妬みの視線が集中してる。
まぁここは明らかにもう美女の溜まり場みたいになってるもの。そんな中に男が俺一人だから、そりゃ仕方ない。
「スゥゥ、フゥー……」
ボールリターンから戻ってきた自分のボールを持って、深呼吸再度残った二本のピンを見つめる。一球目の時ほど手に力は入ってない、これもいつも通りだな。
「っし! うおらっ!!」
正直、上手い人が投げるように球を曲げるテクニックなんぞ俺は持っていない。だから常に真っ直ぐに投げ、ボールの威力でピンを飛ばしてスペアを狙うしか可能性はないが……左端一本しか倒すことが出来ず、スペアならずの結果に終わった。
「はぁ〜あ、まぁた九本かよ」
「お疲れ様です蓮二さん。はい、どうぞ」
「あざっす、神奈さん」
神奈さんから貰った紙コップの中に入っている、シュワシュワと音を立てているコーラをゴクゴクと一気飲みし、テーブルに叩きつけた。
「あー、それにしても何で俺はいっつもこうなるんだよ?」
「蓮二さん、橘組のボウリング大会の時もそうでしたね」
「思い出させんで下さい、神奈さん」
そう……。俺は橘組主催のボウリング大会でも連続スプリットを出している。あの時は無礼講という事もあり、皆に大爆笑喰らったっけ? その後で、何故かレイが慰めてくれたのは覚えてる。今となっては懐かしいものだ。
「それにしても皆上手いっすね。羨ましい限りだ」
「そんな事ない。蓮ちゃんは逆に凄い」
「え?」
あーちゃんの言葉に思わず俺は振り返り、ギョッとしてしまう。逆に凄いって、何でいきなりそんな事を?
「スプリットは、普通にストライクを取るより難しい。なのにそれを三連続で出来る蓮ちゃんは凄い」
「それ、褒めてます?」
「うん……」
あーちゃんは俺の言葉にゆっくりと首を縦に振り、同意している事を示した。うーむ……とはいえ俺も一度でいいからスプリット先行を無くしたいんだよな。
「ん?」
「蓮二、どしたの?」
「ワリ、ちょい席外すわ。すぐ戻る」
右ポケットに入れていたスマホがブーンブーンとリズム良く鳴っている。恐らく電話だろう……でも、一体誰だ? そんな事を思い、俺はこの場から離れて店の外に向かうのであった――――
「あれ? 七海さん、蓮二さんは何処に?」
「何かすぐ戻るって言って、出てったわよ」
「そうですか……」
私は自分の席につき、ほっと一息吐く。
いきなり出て行ったのでなければ問題ないです。それに、今の蓮二さんは怪我もないから心配する必要もありませんからね。
「七海さん、次貴女の番ですよ」
「ん? あー、ちょっと休憩。蓮二いないから、投げても意味無いし」
「……確かに」
頬杖をついている七海さんの言葉に激しく同意する神楽先輩。この二人は蓮二さんの事が好きなのは見ていれば分かるが、どんなきっかけなのかは全く知らない。だから自然と私は二人にこんな言葉を投げかけていました。
「二人は……何で蓮二さんの事を好きになったんですか?」
「!」
「いきなりだね。どうして、気になるの?」
「この三人に共通する話といえば、蓮二さんくらいだと思いまして」
白々しい言い訳でしかないが、知っておきたいのは本当です。どれだけ蓮二さんに対する思いが強いのかを……。
「確かにそうね。言っとくけど神奈、私はアンタが許嫁だなんて認めてないから」
「許嫁……って、どういう事?」
「っ!?」
神楽先輩が首を傾げながら私に視線を向けている。目から光が徐々に失われ、まるで氷のように冷たくような、そんな気がする。それと同時に殺気も感じるようになった……?
「神楽先輩、知らなかったの? この女、勝手に言いふらしてるのよ。自分が蓮二の許嫁だって」
「勝手じゃないです。それに七海さん、貴女は蓮二さんが認めてたのを聞きましたよね?」
「うぐっ……そ、そうだとしても私は納得出来ないの!」
膨れっ面を作り、私に対し文句を言うが子供の駄々っ子にしか聞こえない。けど、これだけ素直に気持ちをぶつけられるという事は蓮二さんに対する思いは本物と見ていいでしょう。あの時、蓮二さんに対して色仕掛けしたのも考慮すれば、当然と言うべきですかね。
「橘。アンタは蓮ちゃんの事……本気で好きなの?」
「っ! ……はい、神楽先輩。私は蓮二さんの事を、愛してると言ってもいいです」
「なっ……!」
神楽先輩の目から光が灯り、先程のような眼差しとは真逆……燃え盛る炎のように、熱いと感じさせられますね。七海さんも吃った声を出して、私に対し眉間に皺を寄せています。ふふっ、この二人は――――
「橘。その言葉、嘘じゃないよね?」
「はい! 私は嘘が嫌いですから」
「……そう、それならいい。けど、私は蓮ちゃんからもう二度と離れるつもりは無い」
「それは私もよ……!」
やっぱり似た者同士、ですね。でも、私だって一番は譲る気ないんですが……この二人なら愛人として認めていいような気はします。
母さんも言っていました。極道の妻において寛容さは重要だと。でも、七海さんも神楽先輩も独占欲が強そうですから、一筋縄ではいかないような気はしますけど……。
「つーかそれより神奈! アンタ、着痩せするタイプだったのね……!」
「は、はい?」
えっと……七海さん? 私の身体をマジマジと見つめているのは何故ですか? 特に、私の胸付近に視線が何度も向かっているような――――
「ん……確かに。制服着てる時よりおっぱいがさらに大きく見える。くびれも強調されているから尚更」
「神楽先輩!? 何時の間に……ひゃっ!?」
背後からくびれを指でなぞるように動かす神楽先輩に対し、私は抵抗しようとしたがビクッと身体が反応してしまい、甘い声音が出てしまう。
「羨ましい……」
「そんな事ありませんよ。二人だって胸大きいじゃないですか」
「あ〜、これあったらあるだけ肩凝るんだけど、蓮二は好きよね」
「確かに……。蓮ちゃんはおっぱい好き。それは間違いない」
七海さんと神楽先輩の言葉に私はゆっくりと頷いた。そう、蓮二さんは女の子の胸に敏感に反応するんです。
前に一緒に寝た時もそうでしたが、今日の一件でここにいる二人の胸を揉んでいるのに加え、七海さんのおっぱい枕? と言えばいいのでしょうか……。それにも抵抗しませんでしたし、やはり男の人は胸が好きなんですかね……?
「大抵の男はコレに目をやるけど、バレてるの分かんないのかな?」
「多分、バレてないと思ってる人は多いと思いますよ?」
親指で自分の胸を指し示す七海さんに対し、私は簡潔に意見を述べました。女の子は他人からの視線に敏感ですからね。それが何処であれ、身体を視られていると感じるのは男の人の感覚より上だと思います。
「やっぱりそうだよね……。つーか、神奈。前から聞きたかったんだけど、アンタ身長幾つ?」
「えっ……と、確か160ですけど」
いきなりの話題転換で吃ってしまうものの、何とか返答出来ましたね……。私が四月の身体測定で計った時の身長が160だったのでそれを答えたのですがか、聞いた瞬間に七海さんが溜息を吐いて落ち込んでいました。
「はぁ〜あ。高いと思ってたけど、やっぱりそれくらいあるのか〜……羨ましい」
言いたい事を言い終えた後、七海さんが顔を膨らませる。背の高さのことで羨望の目を向けられたのは初めてですね。女子で160センチ以上あるのは珍しいとは良く言われますが、女子でも男子に負けないくらい高い女子はいる筈。私なんて普通くらいだと思ってるんですが……。
「井口だって普通の女子よりは高い……」
「それでももう少し欲しいの。ブーツとか履いて底上げするんじゃなくて」
「そう……それにしても、蓮ちゃん遅い」
神楽先輩の言葉に私と七海さんはピクッと身体を反応させ、確かにと納得した。彼此色んな話をしていましたからすっかり忘れてました……!
「私ちょっと見てきま――」
「ねぇ、お嬢さん方。僕らと遊ばない?」
「あ?」
「……」
見た目イケメンで、チャラチャラした男が三人。明らかに慣れています。前にナンパされた男たちと雰囲気がそっくりだから、気に入らないですね……。
「どちら様ですか?」
「それを知るためにも、遊びません? 男と女丁度三人ずつですし」
「却下よ。私ら、アンタたちの暇潰しに付き合うほど暇じゃないの」
七海さんの意見にコクコクと頷く神楽先輩。無論、私もそうです……が、向こうの男たちはそれが気に入らなかったのか拳を強く握りしめていた。
「何だと!?」
「断られたらすぐキレる。典型的なクソヤローだね、これは」
「短気は損気……」
「神楽先輩、それ正解っ!」
二人共、連携が凄くないですか? この二人が組んだらある意味で無敵では……。
「こ、この……クソアマがぁ!」
「っ! 七海さん!!」
「上等――」
バシッ!!
「あ、あれ?」
七海さんへ右拳を繰り出そうとした男が疑問を抱いていた。確かに振り切った筈だと言わんばかりの動揺だけど、私は後ろにいた男の右拳を掴んでいる人物を見てふふっと声を零して笑みを浮かべた。
だって、私たちが待ち望んでいた人が現れたのだから――――




