楽しい昼と緊張の放課後
「というわけで、今日からこの編成で下校してもらうことになった。これは結城先輩からの指示だ」
昼休みになった今、あの会議に参加していた連中を全員学食に集め、大テーブルで飯を食べながら結城先輩からの伝言を伝えていた。
本当なら話し合いが終わった後すぐにしようと思っていた……のだが、俺が寝落ちしてしまい、起きたのが昼休みの時間になったからだ。因みに神奈さんを巻き込んだ事は土下座で謝罪して、笑顔で許しを貰いました。
「ちょっと待ってよ蓮二……私は大いに不満があるわ」
そう言った直後に、右手で頬杖を作り、頬を膨らませる七海がいた。まぁ予想はできてたけど、聞き返したくねぇ……。
周りを見渡すが、皆完全に俺がやれと言わんばかりに視線を向けてくる。こりゃ仕方ねぇな? 俺は溜息を軽く吐き、覚悟を決め話しかけた。
「ど、どうした……七海?」
「何で私が蓮二と別で、よりにもよって何であのガングロ先輩と一緒なの!?」
ダァン! とテーブルを激しく叩き、立ち上がって俺に怒鳴り散らした。予想的中だったので驚きはないが、五月蠅い……。
そして、それを見た周りの奴らがザワつき始めた。やばい、止めないと……!
「俺に言われてもなぁ……? とにかく、これは虎城高校の頭が決めた事だ。今回は諦めてくれ」
「ぐぬぬ……! 今日、結城天音に会ったら問い詰めてやる!!」
そう言いながら七海は席について、日替わりメニューであるチキンカツ定食を早口で食べだした。それにしても、相変わらず丁寧に早く食べるなぁ。流石は鷹緖組、若頭補佐の娘ってところかね……?
「ボクが蓮二君と、神楽さんの二人か」
「宜しく頼む、柳。と言っても、ここに神奈さんに弘人、そして萩原も加わるぞ?」
「えっ、そうなの?」
「ああ……」
いつも一緒に帰ってるメンバーだからな。今日から劉星会との喧嘩が終わるまでの間、ここに柳と神楽先輩を加え、合計六人での行動になる。
大所帯にはなるが、虎城高校と劉星会との喧嘩なんだ。これくらいは当然か。それにしてもこのメンツが、一緒に飯食う事になるとは思ってもなかったな……。
「何だよ村田、食わねーのか? 食わねーなら俺が戴く!!」
「巫山戯んな櫻井! 俺のカツ丼に手を出すな!!」
互いに箸で動きを止め合う弘人と櫻井。マナー悪いなぁ、この二人……。だけど、見てて面白い。
だって――――
「もぐもぐ……油断大敵だぞ、二人共?」
「あぁっ!?」
「柳テメェ!!」
二人が争っている間に、弘人のカツ丼と櫻井の醤油ラーメンを食っている柳がいるからな……。この構図は正に漁夫の利だと言えるだろう。なんだかんだで仲良くないか、お前ら?
「佐藤さん、そのアジフライと私のハンバーグ半分交換しない?」
「……いいよ」
その一方で、萩原と佐藤は交友を深めていた。互いの定食のメインであるアジフライとハンバーグを交換しあっていた。うんうん、仲良き事は美しきかな。
「蓮二、私のチキンカツあげる。はい、あ〜ん」
「ん……」
七海が箸で取ったチキンカツを俺の口元にまで持ってくる。貰えるものは貰っておこうと思い、俺は口を開けた。
あ、美味い……。ここの学食、街中の店にも負けてねーぞ本当に。いや、下手したらそれ以上だ。
「蓮二さん、お茶をどうぞ」
「あ、どもっす。んぐ……あ〜、美味ぇ」
「良かった……」
神奈さんが水筒を手渡してきたので飲んだのだが、中身は麦茶だった。ここの学食のおばちゃんの茶は欲しかったけど、口の中が痛いから麦茶の方が有難い。神奈さん、本当に気遣い出来る人だよなぁ……。
「つーか蓮二、お前その怪我はどうしたんだよ?」
「あ、それは私も気になってた。何があったの蓮二?」
弘人と七海が怪我の話題を入れてきたことによって、俺の顔に再度皆から視線が向けられた。仕方ないといえば仕方ないのだが、こういうの気にされるのは嫌いだ。適当に誤魔化そう……。
「階段からずっこけた」
「はぁ? どう見ても喧嘩傷だろ、それ」
「バレバレの嘘は良くないよ、紅」
櫻井と佐藤のツッコミが炸裂し、グウの音も出なかった。だけど俺はそれで下手を打つことなく、完全無視で乗り切る気でいた。話したくないしな……。
「階段からずっこけたんだ」
「いや、どう見ても――」
「階段からずっこけたって、言ってんだろ……!?」
眉間にシワを寄せ睨みつけ、ダミ声に近い感じで低くしてこの場にいる皆に威嚇した。それで何かを感じ取ったのか櫻井は当然だが、大テーブルにいた全員が沈黙した。
「か、神奈……蓮二の奴どうしたの?」
「ああ……アレはたまに起きるの。蓮二さんが意固地になったら私が相手でも絶対に口は割らない。ですから皆さん、この件についてはもう追求は不可能かと」
神奈さん、ナイスアシストです! と内心で褒め言葉を贈り、テーブルの下でグッジョブを作った。本当に神奈さんには助けてもらってばかりだな。今度、何かお礼しよう……。
「チッ……」
「残念……」
悔しがる櫻井と佐藤も神奈さんの一言で諦めてくれたようだ。ホッ……これでようやく安心して飯が食えるぜ。因みに俺の今日のメニューは学食のおっちゃんが作る、数量限定気まぐれ炒飯である。
「うん、やっぱり美味い!」
「蓮二のそれ、いいなぁ……」
七海が物欲しそうな顔をして俺の炒飯に熱い眼差しを向けていた。さっきチキンカツ貰った礼があるし……いいか。
「七海……良かったら食うか?」
「えっ、いいの!?」
「量も多いし別にいいよ。これであいこな? ほれ」
俺は蓮華で炒飯を掬って、七海に差し出す。あれ? 今思えば、これって……イチャついてるカップルみたいじゃねーか!?
「ん〜! すっごく美味しい!!」
「お、おう……そうか」
しかも、七海相手にだ……! 俺は気になり神奈さんに視線を向けたのだが――――
「蓮二さん、私も一口いいですか?」
「えっ!? あ、はい! どうぞどうぞ!!」
あれ……? 神奈さん、怒ってないぞ? いつもの癒される笑顔だ。普段ならこういう時、笑顔なのに恐ろしさも感じる。なのに、今回はそれが一切ない。
「良い味ですね……。毎日食べたくなります」
「俺も神奈さんと同じ気持ちですよ」
濃いめの味付けが元々好きだというのもあるが、本当にこの炒飯は飽きない。多分、これをメニューに加えると毎日食う学生が多くなる。そうなったら大変だから数量限定にしており、且つおっちゃんの気まぐれなのだろう。
「俺もそれくれよ、蓮二!」
「あ、俺も俺も!!」
「お前らにあげてたら俺の分が無くなるからパスだ」
こんなやり取りをしながら、俺たちは残り時間をふんだんに使って食事を楽しんだ。そしてそこからは流れるように時間が経過し、あっという間に放課後を迎えたのであった……。
「よし、皆揃ったな?」
結城先輩が会議室を見回して確認し、俺たち十五人に呼びかける。まぁ初日って事もあり、今回は会議に参加していたメンバーが会議室から出て、神奈さんたちとは後で合流してから下校する手筈になっている。
「それじゃあ私たちから始まり、猪狩と春香、香川、神楽のグループの順番でここを出ていってほしい。神楽は鍵閉めを頼む」
神楽先輩が結城先輩の言葉に対してコクリとゆっくり頷き、それを見届けた結城先輩たちの組である久坂先輩と矢田先輩、そして犬猿の中と言える、今も睨み合っている叶先輩と七海がここから出始めた。まぁ俺らは最後だからのんびり出来るな。
そんなことを考え、一息吐いたその時……!
「……」
「うぉっ!? か、神楽先輩どうしたんすか……!?」
俺の目の前に突如現れ、じーっと見つめている神楽先輩に対して後ずさろうとしたが、肩に手をかけられ動くことが出来なかった。
この人、力強い……! 普段なら脱出できるけど、親父にボコられた後なのもあって、力が出ず神楽先輩に拘束されてしまった。
「怪我……どうしたの?」
「実は昨日、階段からずっこけましてね……」
「……ほんと?」
納得出来ないのか、両頬を膨らませて俺を再度睨みつけた。うっ、止めて! ご飯いっぱい食べたハムスターみたいで可愛いからさぁ!?
「ほ、本当です!」
「……そっか」
この人、何で俺にはこんな積極的に話しかけてくるんだろ? 俺、神楽先輩とはこの高校で初めて会ったんだけどなぁ……。
ま、神楽先輩みたいな美女から話しかけられるというのは、男として悪い気しないからいいんだけど……何か引っかかる。
「おーい、神楽先輩! 蓮二君! そろそろボクたちの番だよ!!」
「! 先輩、行きましょう」
「……うん」
今日の帰り道で神楽先輩の事を色々と探ってみるか……。モヤモヤするのは、早く解決するに越したことはないからな。
そんなことを思い、俺は柳と神楽先輩の二人と共に会議室を後にした――――




