俺の通う高校・・・マジですか?
「はぁ〜……」
洗面台で顔を洗いながら俺は溜息をつく。昨日の話を聞いてから、俺はずっとローテンションであった……。
いきなり神奈さんが “許嫁” だって言われて、しかもその神奈さんと同じ高校に通うことが確定したんだぞ? フツーのヤローなら嬉しいと思うが、俺は素直にそう思えなかった。
この時俺は、親父に試されてると思っていたからだ――――
「この一年で、よーく考えたんや。蓮二、お前になら神奈を任せられるってな?」
「親父……」
「父さん……」
親父、そこまで見てくれてたんだな。俺たちのことを……。感無量で涙出そうだ。
「せやけど、神奈にはお見合いの写真が仰山来るんや。見てくれへんか、言うてな?」
「えっ!? そ、そうなんですか!?」
「はい……。かなり多くの方々から来られたので、正直迷惑でした」
一瞬驚いたけど、まぁそりゃ狙ってくる奴らも多いわな。よく考えれば分かる事だが、神奈さんと結婚するという事は、橘組とのパイプが繋がるという事だ。
でもそれ以前に、神奈さん超美人だもんな。その上、優しいし家事もできるし……うん、文句のつけようがないな。
「それを止める為にって理由も付け加えて、神奈をお前の “許嫁” にするんや。そうすれば諦めてくれるからなぁ?」
確かに、許嫁がいるってだけでお見合いを断るには充分な理由になる。それを踏まえての “許嫁” って事か。流石は親父、しっかりと考えてやがる……。
「分かってくれるな? 二人とも」
「「はいっ!」」
「よっしゃ! 神奈はもう出てええ。但し、蓮二は残れ! ええな?」
「それでは失礼します。蓮二さん、また後で」
「うす……!」
神奈さんはゆっくりと立ち上がり、部屋から退室してゆく。これで残ったのは俺と親父の二人だけだが……一体、何の話があるんだ?
「蓮二、最後にこれだけは言っとくで?」
「な、何でしょうか……!」
「お前の神奈に対する思いは分かっとるが、愛人とかも作ってええからな?」
「は!?」
親父……! 普通そこは神奈だけ愛さなきゃぶっ殺すとかじゃないんすか!? 何で堂々と浮気公認してるんだよ!? 神奈さん本人が言ったわけじゃないのに!!
いや、本人が認めたらするわけじゃないけどさ!?
「勘違いすんなよ蓮二? ワシは神奈の事を大事にしてないわけやない。もし! 神奈を傷つける奴や泣かせる奴がおったら……そいつには、この世の生き地獄を味わわせるつもりや」
「っ!?」
その時、俺の全身にゾッと鳥肌がたった……!
ドスの効いた声と同時に “組長” が放った殺気に、俺の身体が反応したのだ。僅か一秒……。たったそれだけの時間で俺は、男としての格の違いを魅せつけられた気がした……!!
前言撤回だ。父親なんだから当然、神奈さんの事が大事に決まってるよな。すみませんでした、親父……!
「せやけど、極道において大事なのは “血” や。お前が今は橘組の若頭である以上、その “血” は継がせなあかん。この意味、分かるな?」
「! はい…… 」
「それに神奈もオカンから、さっきと同じ事を伝えとる筈や」
神奈さんも、親父のお母様から同じ事を!?
マジかよ、それ……!?
「オカンは神奈に、極道の妻になる心得を全てぶつけてる筈や。せやから蓮二、お前は堂々としとればええ。ほな、頼んだで」
親父は俺の右肩に手を置いて立ち上がり、部屋を去っていった――――
と、いうことがあったからなぁ。まさか最後に愛人公認発言は誰が予想つくよ? うん、普通の人間なら思わないね!
そんなことを考えながら、俺はいつも飯を食う部屋の襖を開いたのだが……そこには既に、神奈さんが丁寧に正座して待っていたのであった。
「あ、神奈さん! おはようございます」
「蓮二さん、おはようございます。朝食できてますよ」
たはー!! なんて眩しい笑顔なんだ!!! 嫌な悩みもぶっ飛びますわ……。まるで女神の様だ。いや、もう女神でいいだろ。俺はそんなことを思いながら胡座をかいて、今日の朝食を一見した。
ご飯に味噌汁、卵焼きにシャケ……! なんということもないシンプルな和食だが、何か輝いて見える!! こんな和食初めて見たぜ……。
「ありがとう神奈さん! それじゃあ頂きます!!」
「はい!どうぞ召し上がれ」
合掌し、神奈さんの召し上がれを聞いてすぐに行動に移った。
まずは味噌汁からだ。お椀を持って軽く啜るように飲む。ズズズと音が響き、そこからは驚くように箸が進んだ。今までこんなこと無かったのに!
「蓮二さん……。そんなに急いでたら喉が詰まりますよ?」
「いやふぁって、ふぁんなさんの飯うみゃすぎて……!」
口の中が一杯の状態で喋ってしまった為、色々と零れてしまっている。でも、そんなになるほどにこの朝食が美味すぎるのだ。家の親の飯なんかこれに比べたら申し訳ないがかなり格が違う! さ、流石です! 料理出来る女の人はマジで素晴らしいです!!
つか、美味すぎて箸が止まらん!!!
「蓮二さん、口に米粒ついてますよ?」
「ふぇ? 何処っすか?」
「失礼しますね……」
そう言いながら神奈さんは俺の所に近寄り、口元についてる米粒を取ってそのまま食べた。
アレ? コレって何かやる側逆じゃね? 俺やられた側なのすっげー恥ずかしいんだけど!?
「すんません、神奈さん……」
「気にしないでください蓮二さん。私がしたくてしてることですから」
もう何だこの人、女神通り越すレベルだわ。尊い何かを感じた俺は、神奈さんの飯をよく味わいながら完食した。
そして俺と神奈さんは一緒に登校するべく、玄関を出ようとした途端――――
『行ってらっしゃいませ! お嬢! 頭!』
「皆さん、行ってきます」
「っ!?」
組員による声の爆音がビリビリと身体中に伝わる。俺は一年経っても慣れてないからビビったけど、神奈さんは慣れているのか笑顔で動じていなかった。
俺もこれに慣れなきゃいけないのかと、悩みを抱えながら神奈さんと共に学校へと向かった……。
「そういえば神奈さん。俺って神奈さんの通ってる学校の事詳しく知らねーんすけど……どんな感じの学校なんですか?」
「簡単に言うと、割と自由な校風な所ですね。それに加えて結構個性的な人が多い学校だから、毎日何かしらイベントが起きてるんじゃないかって程に賑やかですよ?」
個性的な人が多い……か。賑やかなのは俺にとっても嫌いじゃない。暗いよりはマシだし。
つーかそれより、神奈さんのセーラー服姿がめっちゃ可愛い……! 学校の制服なのは分かるが、紺色のセーラーはイイ! 神奈さんの黒髪がより綺麗に見えるからな……。
おまけに体つきが素晴らしいから、出るところは出て、引き締まるところは引き締まってんだよな。特におっぱいは素晴らしい……って駄目だ! 冷静になれ、俺。
「ところで神奈さん。俺、今日スーツですけど……こんな格好でいいんですか?」
「うちの学校は制服とかフリーですから私服でも良いんですけど……初日ですからね。ビシッとしないと!」
いや、神奈さん。いくら何でもスーツは不味くないですか? どこの極道だよ……って俺、もう極道だったわ。駄目だ、もう逃げ場がない。
うん、諦めよう……こういう時は流れに身を任せるに限る。それで何時も上手く行ったしな! そう思いながら、俺たちは歩みを止めずに学校へと向かう。
「着きましたよ?蓮二さん」
約二十分といったところだろうか? 俺は神奈さんと共に、通うべき高校の校門前に立ち尽くしている。普通ならここで校門をくぐるのだが、俺は立ち止まってしまった……。
「は、ははは……。マジですか? 神奈さん」
「マジもマジ、大マジですよ? ここが私たちの通う学校です」
乾いた笑いを神奈さんに向けながら、俺は驚愕した。俺でもその名前は知っている……。何せ、俺の目の前にそびえ立っている学校は、俺が橘組でお世話になる前から普通に入りたくなかった学校でもあるからだ。
俺たちが住んでいる四神市の中でも “不良学校四大勢力” と呼称され、その一つである虎城高校に通う事になるなんて!
「夢だと思いたい……。神奈さん、俺の事殴ってくれません?」
「ええっ!? 無理ですよ蓮二さん!」
「ならせめて頰っぺ摘んで下さい!」
俺はこの時、流れに身を任せようと思った二十分前の俺をぶん殴ってやりたかった。
神奈さんにも頰っぺを摘んでもらい、痛みを感じた事で夢ではないと確信したので余計にブルーな気持ちに陥ったのと同時に、俺は転校初日から真っ先に帰りたくなるのであった……!