神奈vs七海 後編
「あっ……!」
「うぐっ……!」
俺はこの目で二人のタイマンを見届けた。最後の攻撃……神奈さんは右ハイキック、七海は右ストレート。どちらも、意識を刈り取るという気持ちの入った良い攻撃だった。その一撃をお互いノーガードで喰らって、彼女たちはその場に倒れ込んでしまったのだ。
「神奈さん! 七海!」
二人とも立ち上がろうにも立ち上がれないので、俺はもう限界だと思い、二人の間に割って入った。
それにしても、二人とも負けず劣らず大変素晴らしいおっぱいだな……。って、何処見てんだよ俺は!? こんな時におっぱい見てる場合かっての!!
「来ないで蓮二! まだ、ケリついてない……!」
「そうです! まだまだこれから――」
「二人とも、もう無理だ……! 気持ち以前に身体にガタがきてる。下手すりゃ、大怪我を残すことに成りかねない。よって、この喧嘩の立会人として止めさせてもらう」
止めれるところで止めておかないと、殺し合いに発展しかねない。これ以上は止めておかないと本当に最悪な事になる……。俺にはそんな気がした。
この二人の喧嘩は、そんな恐ろしさを俺に抱かせる程のモノだった。俺は女同士の喧嘩を見て、こんな風に思ったのは生まれて初めてかもしれない……!!
「いいですよね? 神奈さん……それから七海も!」
「……分かりました。蓮二さんがそう仰るのなら、仕方ありませんね」
「はぁ〜あ……決着はつかずじまいか。ま、蓮二の頼みだし……特別に聞いてあげる」
二人は納得してくれたのか、もう喧嘩をする気は無くなった、そんな感じがした……。
それで俺はようやく「ホッ」と息をつき、二人に肩を貸す。二人とも、もう歩く力すら残っていないだろうからな。
「あはは……蓮二、ゴメンね? 情けないんだけど動けないんだよね……!」
「私も……です。蓮二さん、すみません」
二人を同時に抱き抱えると、大変でかい柔らかな果実であるおっぱいが俺の胸板に当たる。駄目だよこれは……! 俺を堕落させる兵器だ、これは。本来ならこのまま堕ちたい所だが、そういう訳にはいかない!
頭を横にブンブンと振って、煩悩を一旦消した。
「謝る必要は無いっすよ? 神奈さん、七海……とりあえず、保健室に連れていく。二人とも早急に治療が必要だからな」
冷静なった俺は、二人を保健室まで運ぶべく移動を開始したのであった――――
「派手にやったなお前ら……女子がする怪我じゃないぞ、これは」
新井先生はめんどくさそうな顔をしてそう呟きながら、二人の治療をしてくれている。それにしても凄く手際が良い……。二人同時に行うなんてそう簡単にできるものじゃない。
しかも、二人が痛がる様子が無いってのも凄い。それに加えて、治療スピードが早すぎて千手観音……は、言い過ぎだが手が複数あるかのように見える。
「すみません、新井先生」
「気にするな。これが俺の仕事だ。でもまぁ、俺としては予想外だったぞ? 橘」
「え? ど、どういう事ですか新井先生?」
「お前さんは “大嵐闘” に参加してなかったし、この学校でもお淑やか系女子だと思ってたからよ? 喧嘩なんてしそうには見えなくてな?」
うん、それは俺も同意見だ。神奈さんが喧嘩するところを俺は初めて見た。そして、改めて再認識した。神奈さんは間違いなく、この高校一年の中でも群を抜いて強いって事がな……。
「ほれ! 終いだ二人とも」
「ありがとうございます、新井先生」
「ども……ありがと」
新井先生は二人からお礼を言われながら、白衣の中に忍ばせていたであろう、飴を取り出して口に含む。それにしても、僅か十分程度で二人の治療を完璧に終わらせやがった。
校医としての腕前も相当高い……! この人、マジで凄い人なのかもと再認識した。
「まぁお前らのやった喧嘩は普通なら停学、下手すりゃ退学ものだぞ? こういうのに寛大な学校だから何もナシだが」
「あ……そういや、ここの教師って俺ら生徒が喧嘩しても何も言わないんすね。疑問に思ってたんすけど…… 」
「理事長曰く『喧嘩も青春の一つ! 大いに結構!!』と、言って公認してるからな。俺らはそれに従ってるだけだよ、紅」
マジすか……? 理事長ってそんな考えだったの?普通の学校なら確かに、先程新井先生が言った通りの対応を100%取るだろう。
でも、この学校は “不良学校四大勢力” の一つである学校だ。喧嘩で停学や退学にしてたらキリが無いのだろう……。
「ま、この学校で喧嘩が絶えないから毎日忙しいが……俺はこの学校が嫌いじゃねぇ。見てて飽きないしよ?カッカッカッ!」
ケラケラと笑う新井先生を俺は苦笑いしながら見つめた。俺はまだこの学校に来てからまだ日が浅いので好きか嫌いかを答えることは出来ない。だけど、それは時間が解決する問題だろうな……。
「それで……お前ら、迎えはどうするんだ?」
「「え?」」
「その怪我じゃまともに歩けんだろ。どうやって帰るんだ? って聞いてんだよ」
確かに。屋上から保健室に来るまで、俺がいなかったら二人とも間違いなく来れなかっただろう。それは俺も自信を持って言える事だ。
「そんな事は――! あ、あれ?」
「っ!? 足が……」
立ち上がろうとすると、二人とも足が小鹿のようにプルプルと震え、立つことが出来なかった。恐らくだが、二人とも全力で喧嘩したからもう歩く力も残っていないのだろう。
だから俺は――――
「こうなるんじゃないかと思ってたんで、ついさっき、家の者に連絡しました。車で来てくれるんで、俺と神奈さんはそれに乗って帰ります」
「おっ! 手際がいいな紅……それなら井口は俺が連れて帰ろう。どうせ俺も帰るから丁度いいわ」
「決まりっすね……」
俺は神奈さんに、新井先生は七海に肩を貸して保健室を一緒に出た。そして、そこからのしばらくの間俺たちに何も会話はなかった――――
「先生、七海の事頼んます」
「おう、任せろ。安全運転で届けてやるよ」
新井先生と七海が乗った白のミニバンをそのまま俺たちは見送った。さて、まだ来ないのか? ウチのもんは……。
「れ、蓮二さん」
「ん?」
「少し、座ってもいいですか? 足が……」
「あ、はい!」
俺はゆっくりと神奈さんの足に負荷がかからないように腰を下ろす。俺も神奈さんの隣に、校門の前で座り込む。
そして再び、沈黙が訪れた。
「「…………」」
き、気まずい。俺は神奈さんにどう言葉をかけていいのか分からなかった。変に言葉をかけるよりはこのまま会話無しの方がいいんだろうか? そんな事を考えていたら……。
「蓮二さん」
「えっ!? は、はいっ!?」
「何でそんなに動揺するんですか?」
いや、予想外だったからですよ神奈さん。まさか神奈さんから話しかけてくるなんて思ってもなかったから、思わず声が上ずってしまった。チクショウ、恥ずかしい!!
「可愛いです、蓮二さん」
「は、はい? 俺の何処が可愛いんすか?」
「照れて頬が赤くなってるところが、です」
「勘弁して下さいよ……」
俺は溜息を吐きながら頬を手で覆うようにして落ち込むと、神奈さんは「ふふっ」と笑みを零した。俺はそれを見て思わず目が奪われた……!
怪我してても、神奈さんの魅力は衰えてない。普通なら喧嘩の傷なんか見たくないという人が多いのに、彼女はそれを感じさせないのだ。
「痛っ……」
「! 神奈さん、大丈夫っすか!?」
「だ、大丈夫です。最後に井口さんが放った蹴りが響いてきただけですから……」
いや、それは不味いと思うんですが……? あの時の七海の蹴りは、直撃したら間違いなく大の男だろうが意識を失うだろう。喰らった事がないから、あくまでも推測でしかないがな。
「それにしても、まさかの宿敵出現ですね……」
「えっ?」
「ふふっ……」
俺はどういう事なのか、神奈さんに聞こうとしたその時、黒のセダン車が校門の前に停まり、その中から雅人さんが出てきた。
「お、お嬢!? 頭、一体何があったんですか!?」
「あ〜……それについては家に帰ってから説明する。神奈さんを運ぶから手伝ってくれ」
「は、はいっ!」
俺と雅人さんで神奈さんに肩を貸して車の後部座席に乗せ、俺は助手席に乗ったところで雅人さんが車をとばした。
結局俺は神奈さんが何を思ってのライバル発言だったのか、この時の俺は全く以て分からなかった。だが、この発言の意味がこの後すぐに分かる事になるとは、思ってもいなかったのであった――――
「つっ……」
「相当堪えたみたいだな、井口……? 橘との喧嘩は」
「……まぁね」
正直言って、まさかこれ程のものだって思ってなかった。橘神奈……! 今日限りで、ただの極道の一人娘って認識を消さざるを得ない。
今日から橘神奈は――――
「カッカッカッ! にしても……お前にとっていい宿敵になんじゃねーのか? 橘はよ……」
新井先生に先に言われてしまったが……まぁいいだろう。明日からの学校がより楽しみになった……!
「覚悟しなさいよね、橘神奈……」
「ん? 何か言ったか?」
「な、何でもない!」
どうやらさっきのが声に出てたみたいだけど、聞こえるほどの声じゃなかったか。良かった……。
それと、帰ったらやることが出来たからそれもやらないとね……。そんな事を思いながら私は家に着くまでの間、眠りについた――――
「すみませんでした!!」
俺たちが家に帰ってからというものの……親父が俺と神奈さんを、いつも客人用に使っている部屋に呼び出したんだ。そして、親父と神奈さんが向き合って座った直後に、俺は親父に対して土下座を敢行したのだ。
勿論、こんなので許してもらうなんて思って無かった。最悪の場合、エンコ詰めて済めば良いぐらいの覚悟で、俺は怪我してる神奈さんを親父に会わせた。
だがしかし――――
「蓮二、お前は何も悪ぅない。頭を下げる必要は無い」
「しかし、親父!」
「何も悪ぅない……言うとるやろ?」
「っ……! はい」
親父から殺気が放たれ、ドスの効いた低い声音に情けなくビビってしまった俺は、ゆっくりと顔を上げて立ち上がり、神奈さんの後ろに移動する。この時の親父の表情は、信じられない事に……怒りには程遠いニコニコ笑顔だ。
こんな笑顔で人に殺気を当てることが出来る親父は、やはり恐ろしい男だと再認識させられるぜ……!
「で、神奈」
「はい」
「お前、誰と喧嘩したんや?」
「同じ一年の、井口七海という女子生徒です」
「ほぅ……? 鷹緖組 “若頭補佐” の、井口団蔵の娘とか」
親父は知ってたのか……。まぁ、いくら敵対してる組とはいえ、組員の家族構成まで把握することは非常に難しいからな……! それにしても神奈さん、ヤケに堂々としてないか? 冷静すぎる……。
「で、勝ったんか? それとも負けたんか?」
「いえ……引き分けで終わりました」
「ほぅか……」
親父は持っていた扇子で自分のことを扇ぎながら神奈さんの目をじっと見つめている。そして神奈さんもまた、親父の目から視線を逸らすことはなかった。やっぱりこの二人は親子なんだと、思わされた俺である。
「彼女は強かったです……! 私が宿敵と認めた女ですから」
神奈さんからのライバル発言きた!俺がどういう意味なのか結局分からなかったんだが……。
つーか、神奈さんの表情――――
「! お前がそんなことを……しかも嬉しそうに言うなんて、珍しいやないか?」
「ええ。私らしくないですけどね……」
「それはそやな……で、神奈。お前、井口を何のライバルと認めたんや?」
そう、そこだ。俺が知りたかったのは! 親父、良い質問です……! さて、神奈さんからはどんな答えが返ってくるのか……俺はゴクリと息を呑んで待つ。
そして神奈さんが口を開いたのは、俺が息を呑んでからほんの数秒経った後だった。
「喧嘩相手としてもそうなんですが、それは置いといて……最大の理由は、蓮二さんを巡っての恋敵としてです」
「っ!?」
神奈さんの口から恋敵だと!? しかもその対象が俺って……滅茶苦茶嬉しいんだけど! 思わず変な声出そうになったから、慌てて俺は口元を手で覆った。
「フッ……神奈、お前にもとうとう出来たんか」
「はい、父さん。私にもとうとう、出来てしまいました」
「ハッハッハッ!!!」
「ふふっ……」
うん、やっぱりだけどこの二人は親子だわ。だって、二人だけで理解し合った上で、同じように笑いあってるもの……。俺はそう再認識させられた一方で、心中複雑だった。
神奈さんの事は勿論好きだ。未来永劫、この気持ちが変わる事は無いだろう……。だがしかし、七海はあの時から俺なんかに好意を抱いてくれている。それは、この前の行動を見れば明らかだ……! 一瞬とはいえ、七海にぐらついてしまったし。
「はぁ……」
俺、どうしたらいいんだろ――――
翌日の朝、蓮二さんと共に学校に登校したのですが、トイレに行くとの事で私は先に教室に一人で向かったんです。
いつものように、席についたその時――――
「神奈、アンタそれどうしたのよ!?」
「あはは……ちょっとね」
当然といえば当然だが、私はクラスで注目の的になっていました。昨日の喧嘩で出来た怪我である、右頬にガーゼを貼ってる状態だから気付きますよね。
あ、皆までざわつき始めてしまいました……。どうしましょう?
「神奈さん、本当に大丈夫ですか……? その怪我」
「私は大丈夫だよ、村田くん」
「そうですか……! それならいいんすけど……何があったんですか、昨日?」
「それは――」
私が村田くんの質問をいなそうとする所で、ガラッ! と教室の後ろのドアが開かれました。
そこには――――
「あ、いた」
『っ!?』
「おい、マジかよ……!」
「うっそぉ……!?」
私も含め、クラスの皆も驚きを隠せずにいました。何せ “一年五本の指” の三人がいきなり私たちの教室にやってきたのですから……!
「二人は待ってて」
「おう」
「ええ」
七海さんだけがゆっくりとこちらに向かってくるけど、皆が驚いているのはそれだけではない。私と同じように顔にガーゼを貼っているのは仕方ないとして、それよりも――――
「昨日はどうも……橘神奈」
「井口さん……その髪、どうしたんです?」
「邪魔だから切ったのよ。そろそろ切ろうって考えてたからさ」
昨日まで私と同じだったのに、いきなりセミロングくらいの長さにしたら誰だって驚きますよ!
「そんな事よりも……橘神奈!」
「は、はいっ!?」
「これはクラスの代表としてじゃなくて、私個人からアンタへの宣誓よ。アンタには絶対負けないからね!」
井口さんは私に指を突きつけ、堂々と宣戦布告を言い渡されてしまう。どうやら井口さんも私と考えてる事はほぼ同じで、私とやり合うつもりですね……? 面白い……!
「ふふっ……望むところですよ」
私は井口さんに笑みを浮かべながら答えを返しました。すると彼女もニッと笑みを浮かべる。今の彼女とは、少しだけ分かり合えてるような気がします。あくまでも、気がするだけですけどね……。
「あ? 何事だよ、これ……」
俺が教室に入ろうとしたら何か、すげードレッド頭した男と水色のポニーテールの女が立ち塞がって通れないんだが。
背伸びして様子を伺っているのだが、誰かが神奈さんと絡んでるのか? そんな光景しか見えん!
「ん? なっ、お前は!?」
「紅蓮二……!」
俺に気付いて戦闘態勢に入ったのか、距離を取りメンチを切ってくる。うぉ〜、俺がメンチを切られるなんて久しぶりだな〜……。
さぁて? やるなら俺は大歓迎なんだが――
「二人共、手を出すな!」
「「!!」」
ん? この声は……七海か? すげぇ迫力だな。あ、こっちに近付いてくる……ってええー!?
「ちょ、おまっ!? どうしたんだよその髪!?」
「これは昨日切ったの。そろそろ邪魔だって思って」
邪魔だから切ったって……! 嘘だろおい。ロングの時は綺麗さもあったが、セミロングになると可愛さが倍増してやがる!
「クソッ、可愛いとか死んでも言えねぇ……」
『言ってるじゃねーか!!!』
あれ? この場にいる皆からツッコミが返ってきたけど……え、うそん? 俺また声に出してた!? うぉぉー、またやっちまったぁぁ!!
「ありがと蓮二……! これはそのお礼!!」
「え?」
七海がそう言いながら、俺の肩をガッと掴み、そのまま自分の方へと引き寄せた。俺は抵抗できず引き寄せられてしまう。
そして、七海の唇が、俺の唇と重なった――――
『うおおおおおおっ!?』
「んっ……なな、みっ!? おま――」
「れんじぃ……」
がはっ!? こ、こんな蕩けた顔をした女を突き飛ばせる男がいるか!? 少なくとも俺には無理! 不味い、こんなのが続いたら――――
ゴッ!!
「痛っ!?」
「そこまでですよ、七海さん?」
七海の頭を殴った神奈さんは、拳を作ってニコニコ笑顔ではあるが目が笑っていなかった。しかも、頬をピクピクさせている。あ、神奈さんのマジギレモードだこれ……。って、あれ?
神奈さん今、七海の事を――――
「なぁに? アンタ怒ってるの?」
「ええ、怒ってますよ? 目の前で好きな人の唇を奪われた女の気分を、味わわされたんですからね? 七海さん……!」
「それは良かったわねぇ、神奈さん?」
これ何てデジャヴ? また二人から虎とライオンが出てるように見えるんだけど!? しかも足が動かねぇし!!
「ええ。貴重な体験をありがとうございました……! 貴女には負けませんから」
「それはこっちのセリフよ。じゃあね?」
「「愛人一号さん……!」」
そう言って七海たちは帰ってゆき、俺は神奈さんに腕を取られ何故か擦り寄られるのであった――――