おっぱいは、素晴らしいものである。
「井口さん……貴女、何をするつもりだったんですか?」
「何をって……そんなの見れば分かるでしょ? この状況でヤることは一つしかないわよ」
「っ!?」
七海は神奈さんに対してぶっきらぼうに答えながら、当たり前のように俺に密着する。
止めろ、止めて下さい、お願いします。おっぱいは気持ちいいんだけど、それ以上に冷や汗が止まらないから!! 神奈さんの笑顔がもの凄く怖いんですけど!?
「蓮二さん」
「っ!? は、はい……な、何でしょうか?」
「蓮二さんは井口さんと……その、そういう事をシようとしていたんですか?」
真っ直ぐ、俺の瞳をじーっと凝視しながら神奈さんは俺に答えにくい質問を投げかけた。
いやだって、途中まで完全に受け入れモード? みたいになってしまったのにそんな気は無い! なんて答えれるわけないし、答えた所で嘘だと間違いなく思われる! どうすりゃいいんだよ!?
「正直に答えて下さい。私は嘘を吐かれる事が一番嫌いです。蓮二さんも、それは知っていますよね?」
「……はい」
神奈さんの事は、この一年の付き合いで全てとは言えないが、ある程度の事は俺は知っている。その中でも嘘をつくことを神奈さんは特に嫌う。
俺が前に一回だけ言ってしまった事があり、本気で怒られたこともあったが……もう二度とあの時の神奈さん見たくない。だから、俺はゆっくりと頷いたのだ。
「分かりました。正直にお答えします……。おい七海、とりあえず離れてくれ。あと服も着ろ……! 頼む」
「ホントは嫌だけど……うん、分かった」
渋々だけど、七海は絡めていた俺の左腕から離れ、シャツを正してスカジャンを羽織る。根はいい子なんだな、七海って……。っと、今はそれどころじゃねーな。
こほんと一つ咳き込み、俺は話を始めた――――
「俺は最初からそんなことをする気は全くありませんでした。今回二人きりになった理由は、俺と初めて出会った時の話を聞くためでした」
「え? 蓮二さんと井口さんは前に会った事が?」
「そうよ、橘神奈。アンタと出会う前! にね」
七海は『出会う前』という言葉を強調する。この話し方、まるで神奈さんに対して何か警告しているようにも感じた。だけど神奈さんはそれに構うことはなかった。
「そうだったんですか……」
「ええ。俺もそれを知ったのが、つい先程ここにいる七海が話をしてくれたからです。そして、ここからが本題です……。俺が話の途中である言葉を言ってしまったせいで、七海がヒートアップしてしまったんです」
「? 蓮二さんは、井口さんに何を言ったんですか?」
あー、言わないと不味いよな? 不味いよなぁ〜! 心中では叫びまくっているものの、ここまで来たらやるしかない! 男は度胸だ!!
「そ、その、えっとですね? び、美少女……です」
「え?」
神奈さんが俺の言葉に対して聞き返してきた。というのも、俺が小さい声でボソッと喋ってしまったことが原因だ……。あ~、俺らしくもない! 腹括るしかないだろ!!
俺は一度深呼吸をして、これでもかと言わんばかりに大口を開けた。
「ですから! 俺は七海に美少女だって言ってしまったんですよ!」
「っ!?」
あー、言ってしまった! 言ってしまったぞぉ、俺は!! これは嘘なんかじゃないからな! さっき言ってしまったことだし! などと、脳内で無理矢理言い聞かせながら神奈さんの返答を待つ俺。
待つのだが……あれ?
「か、神奈さん?」
「……」
「な、何か急に黙りこんだわね。ちょっと、アンタ大丈夫なの?」
さっきまで敵視してた七海まで思わず神奈さんの心配し始めたよ。いやだって、俺が答えた瞬間に全く動かなくなったんだもの。俺もとりあえず……。
「あの、神奈さん? 大丈夫で――」
「そうですか……。蓮二さん」
「は、はいっ!?」
「私は正直な事を聞けて満足しました。ありがとうございます」
あ、あれ? お礼されたよ? しかも丁寧に斜め四十五度のお辞儀だ。普通は怒る所じゃないのか? 俺が女なら間違いなく怒るんだけど……。
俺もそうだが、七海も神奈さんの態度に呆気に取られてしまった。何か逆に怖いと思った俺は、恐る恐る神奈さんに話しかけた。
「か、神奈さん? お、怒ってないんすか?」
「怒ってませんよ? 私は母から教わった通り、蓮二さんの事を全て受け止めれる女になりたいんです。例えそれが、こんな風に愛人を作る事だとしてもです」
「あ、愛人!?」
神奈さん、貴女の口からそんな言葉が飛び出るとは思わなかった……って、よく見ると神奈さんの顔がヒクヒクしてる。
あれ? もしかしてなくても、これ怒ってるんじゃね?
「ちょっと待ちなさい、橘神奈!!」
「何ですか? 愛人一号さん?」
「誰が愛人一号よ!?」
あ、これマジで怒ってるわ。怒ってないなんて思った俺の馬鹿野郎! うわぁ……神奈さんが久しぶりに本気で怒ってる。不味い、不味いぞこれは!!
「私は蓮二さんの許嫁ですから、貴女は愛人一号がお似合いかと思いまして」
ちょー!? 神奈さん、それバラしていいんすかー!? 俺は何とか弘人には隠してたのに! ここでバラされたら間違いなく広まるじゃないすか!!
「はぁぁぁ!? 許嫁ですって!? 蓮二、嘘だよね!?」
七海が涙目になりながら俺に縋ってくる。これ、正直に答えたら間違いなく落ち込むだろ! でも、ここで嘘をつく方が最低だし……正直に答えるしかないか。
「いや、その……。スマン、事実だ……」
「っ!? そ、そんな……」
俺の言葉によって、七海は力を失ったのか目が虚ろになってその場にペタンと座り込んでしまった。女の子が悲しんでるのは極力見たくないんだが、これは仕方ない。だって……神奈さんの笑顔が怖いんだもの……! 嘘なんて吐いたら殺られるよマジで。
「蓮二さん、そろそろ帰りましょうか? 私たちの家に」
「……はい」
「それでは失礼しますね? 井口七海さん」
放心状態の七海を置いて、俺たちは部屋を後にした。そして、店から家に帰るまでの間、俺たちに会話は無かった。というか、話せる空気ですら無かった。沈黙の車内だよ、ホント……。
そして俺は風呂に入って、寝巻きである黒のジャージに着替えてから部屋へと足を運んだ。「はぁ」と、溜息を吐きながら襖を開けると、そこには神奈さんが白色のネグリジェを身にまとった姿で俺の布団の上に座っているのであった……!!
「蓮二さん、お待ちしておりました」
「か、神奈さん……! 何でここに? ここ俺の部屋っすよ?」
「何でって……今日は一緒に寝るからに決まってるからですよ?」
はい? ちょっと待って。今、笑顔を浮かべている神奈さんは何と言った? 『一緒に寝るから』って言ったよな? 『一緒に寝るから』って!
「一緒に寝るからぁぁ!?」
「声が大きいです蓮二さん! お静かに!!」
耳を両手で覆って塞ぎながら、神奈さんは俺に注意を呼びかけた。おおぅ、俺としたことが⋯⋯ ってそれよりもだ! 神奈さんからまさかのお誘い! 嬉しすぎるけど――――
「すみません、神奈さん。それで、どうしてこんなことを?」
「私も、井口さんに負けられないと思いまして……」
「へ?」
「母が言ってたんです。男はちゃんと捕まえておかないと、許嫁という立場があっても逃げられるって」
神奈さんのお母様か……。数ヶ月前にお会いしたことあるけど、あの人は俺たちの親父である橘隼人という極道の妻だ。だからか、そんじょそこらの女よりも肝が据わっていると俺は思う。実際、俺も初めて見た時は凄さしか感じなかったからな……! って、それよりもだ。
お母様、貴女は何て事を娘さんに教えてるんだ!? 何で貴女の経験談語ってんですか! 俺と親父を一緒にしないで下さいよ……? ってあぁ! ごめんなさい親父も! 決して貴方の事を馬鹿にしてるわけじゃないんです!!
「ですから、井口さんにヤられそうになってたのを私で上書きしておこうかと思いまして……駄目でした?」
「いや、そりゃ大歓迎ですけど……! って!あ、いや、その」
「ふふっ……相変わらず、そういう所は誤魔化せないんですね? 蓮二さん」
神奈さんが微笑みながら、俺を見つめる。その時の笑顔は料亭で見た『目が笑っていない状態』ではなかった。本当に面白可笑しく笑ってる、そんな笑顔だった。
「すんません、神奈さ――」
「謝らないで下さい。寧ろ私の方からとんでもないお願いをしているんですから。すみません、蓮二さん」
俺が謝罪と共に頭を下げようとした。だけどそれを止めた神奈さんが、逆に俺に対して頭を下げていた。いや、俺にとってはマジで御褒美だから謝らなくていいんすけど、変な所で律儀なんだよな……神奈さんは。
「神奈さん、一人の男として言わせていただきますけど……神奈さんみたいな美人から誘われるのって、これ以上になく嬉しい事です。だから、堂々とお願いして下さい。少なくとも俺は断りませんから」
「! 蓮二さん……はい!それでは遠慮なく甘えさせていただきますっ!!」
神奈さんの声が弾んでいる……。この時は本当にご機嫌が良い時だ。それはそれでいいのだが……俺は今日、絶対寝れないと思う。俺にはそんな確信があった。
何故なら――――
「あ、あの……神奈さん?」
「蓮二さん、顔が真っ赤ですよ?」
いや、そりゃそうなりますって! だって、だって今俺は……ネグリジェ姿の神奈さんが俺の右腕に抱きつきながら、一緒に寝ているのだから!!!
普段でも魅力的な人が、グイグイ来られるとこっちとしては色気に惑わされる。下手すりゃ神奈さんに堕とされかねない! 頑張れ俺の理性!!
「ところで神奈さん! な、何でそんな笑顔で抱きついてくるんすか?」
「先程も言いましたよね? 井口さんの分の上書き……ですよ?」
再度、ニコリと笑みを浮かべる神奈さんに、俺は「うっ」と声を上げ押し黙る。駄目だ、今の神奈さんに逆らう事なんてできない。逆らおうものなら……間違いなく俺がヤバい。何となくだがそう思った……。
それと同時に、神奈さんのおっぱいの感触にも負けていた。うん、これは男なら勝てないし勝とうと思わない。身を委ねてしまいそうな魔性の武器だよ、おっぱいは。
「蓮二さん」
「は、はい!?何でしょうか!」
「胸……お好きなんですか?」
「っ!?」
ちょ、神奈さん!? 貴女いきなりなんて事を言うんですか!? 思わず唾が吹き出しそうになったじゃないすか! 何とか留めれたけども!!
「蓮二さんの視線が私の胸に集中してたので……てっきりそうなのかと」
「ご、ごめんなさい!」
「そんなムキになって謝るほどの事じゃありませんから、別に構いませんよ? それだけ、私の胸に夢中になってくれてるという事ですから……」
そう言いながら神奈さんはしがみつく力を強めて、俺を見つめる。神奈さんの仰る通り、俺は神奈さんのおっぱいに夢中である。俺がまさか、ここまでのおっぱい星人だとは思わなかったよ……。女の子の身体で胸か尻か、どちらがいいかで聞かれたら胸で答える派ではあったけどさ。
「蓮二さんの心臓……鼓動が早いです。ドキドキしてくれてるんですね」
神奈さんが俺の心臓に左の掌をそっとおいて、さらに密着する。うおおっ、おっぱいがやばい!! 俺の胸板に当たるから、その感触が俺の体に伝わる……!! やばい気持ちいい……って考えてる場合じゃねえー!!
「そ、そりゃそうっすよ!可愛い女の子がこんな風に迫ってきたら、男なら誰でもこうなりますって!!」
「!」
俺は焦りながらも何とか、神奈さんに質問の答えを返せた。さて、どんな答えが返ってくるのかと考えていたが……神奈さんの笑顔が崩れており、何か不機嫌そうになっている。あれ? どうしたんだ……?
「そうですか……それなら、今日はこのままで寝させていただきます。お休みなさい、蓮二さん」
そう言って神奈さんは俺の右腕を抱きしめながら目を閉じた。てっきり、もう少し続くのかと思ったよ。
しばらく経ってから、「すぅ……すぅ……」と規則正しい寝息が聞こえてきたので、神奈さんはどうやら眠りについたようだ。一方で俺はというと――――
「ね、寝れない。こんな素晴らしいものを押し付けられて寝られるかっての……」
俺は神奈さんのおっぱいの感触のせいで、結局眠りにつくことが出来なかったのであった――――