まさかの出会い
「おい、知ってるか? 井口の事」
「ああ…… 知ってるよ。あの “一年五本の指” の佐藤と櫻井の二人をまとめてやったって話だろ? ヤバくねーか、これ?」
「でもよ……。ぶつかってみないと分かんないぜ? 俺たちの頭である蓮二が、そう簡単に負けるとも思えないし」
「まぁそうだけど……」
クラスの皆がヒソヒソと話をしているが、その話の渦中にいるのはE組の頭、井口七海の名前。内容は井口七海がいつの間にかC組の頭である佐藤と、D組の頭である櫻井を同時に叩き潰したという事だ……。
これを皆が知ったのは一週間後の今日掲載された、虎城新聞によってだ。
「あらら、やっぱりこうなったか〜」
「凄い騒ぎですね……」
「無理もないと思いますよ? 俺らも、初めに聞いた時は驚きましたしね」
「そーだな……」
俺たちはいつものように、自分たちの席に集まって皆の様子を伺っていたが……俺たちはその情報に驚いてはいなかった。
何故なら昨日――――藤木から俺と神奈さんに弘人と萩原の四人、そしてB組の代表格である柳と春川の二人には、スマホの『LIME』というアプリのグループチャットにて直に教えて貰ったからだ……。
因みに藤木の情報源は友達が新聞部にいるらしいので、それ経由だから情報に間違いは無いとの事だ……。
「まぁそりゃそうだよな? あの櫻井と佐藤がまとめてやられたって話だし。それでも! 俺はまだ信じられねぇよ。俺たち一年の中じゃ、あいつらの強さは間違いなく抜き出てるってのに……」
櫻井と佐藤と同じ “一年五本の指” である弘人はこの情報に対して未だに異を唱えているが、確かな情報が出ているのでもうどうしようもない。そんなことを考えていたその時、ガラッ! と音を立てて扉が開かれた。
「やっほ〜、蓮二君」
「! おう、柳……そっちはどうだ?」
「こっちも皆噂してるよ〜? 井口七海の事をね」
「やっぱりか……」
俺は右頬をポリポリと掻きながら、返事を返した。どうやらB組でも井口七海の話で持ちきりみたいだな…… あの “一年五本の指” の二人をまとめて倒したというのはそれだけ、俺たち一年の間ではビッグニュースって事なんだと改めて思い知らされる。
「正直大嵐闘の時もそこまでやる奴だとボクも思ってなかったから、予想外だよ」
「あ! そういえば柳も井口七海の事を見てるんだよな? 外見とか分かるか?」
弘人にも聞こうと思ってたんだが、この際だから同じ女の子である柳から聞いた方が丁度いいと思い、俺は口にした。
すると柳が――――
「分かりやすく言うならピンクのロングヘアーと、デカいおっぱいが目立つよ。こんなボインなんだよ?」
「お、おう」
柳が井口七海のおっぱいが如何に大きいかを、下からおっぱいを寄せ上げるジェスチャーしながら教えてくれた。俺はそれに吃ってしまったものの、なんとか返事を返した。
そうか、井口七海はおっぱいデカくて髪の色はピンクなのか。それだけでも分かれば有難い。一年の中で、それに当てはまる女の子を探せばいいだけになるからな。それに加えて多分だけど、井口七海は清楚で綺麗な神奈さんとは真逆で、可愛い系の華やかさのある感じの女の子なのだろう……と、思わされる。
藤木の『神奈さんと学年トップを争う程に』という言葉が本当ならだが。何せ俺は井口七海を見たことないからな。
「後は……ボクも思うけど、可愛い位かな」
「皆それ言うよな? そんなに井口七海は可愛いのかよ……」
「何れ会うことになるから分かると思うよ? 井口七海って女の事はさ」
正直そこまで言うなら楽しみだな……! 井口七海ってのがどんな女なのか、この目で見たくなった。そう思ってふと気付けば、俺の口角が上がっているのを感じた……。
「それよりも蓮二君! 今後はどうするの? まだ様子見のままで行くつもり?」
柳の発言によって、クラス皆の視線が俺に集中する。昔の俺なら間違いなく緊張しててどうしようも無かったけど、今ではこんなのには余裕で慣れてんだよなぁ……。だから俺は深呼吸をして立ち上がり、堂々と答えた。
「今の所ウチのクラスも、そっちも含めてやられたって話もないからまだ様子見でいく。だけど……」
「だけど?」
「相手が手を出してきたら、容赦無くやっていい。仲間やられて黙ってる必要はねぇからな」
俺は何時ものように、堂々とした橘組 “若頭” としてのやり方で柳に指示を出した。俺にはこれしか出来ないからな……。
「うん! 分かったよ蓮二君! さっきの指示、ウチのクラスにも話してくる!」
そう言い残して柳は俺たちのクラスを後にしたが、あの時の柳は笑顔だったのは何でだ? そんな事を考えていたら、神奈さんが俺の右隣にまで歩み寄っていた。
「お疲れ様でした蓮二さん。威風堂々とした姿、カッコよかったですよ?」
「そ、そうですか?」
ヤバい、もの凄く嬉しい。神奈さんからカッコイイなんて言われたから、顔が熱くなっていくのが分かる。
「それに皆さんも柳さんとのやり取りで、落ち着いたみたいですよ?」
「え?」
俺が疑問に思ったがそれはすぐに解消された。何故なら――――
「今の見たら、蓮二くんが負けるなんて考えられないよね?」
「確かに……何か凄み感じたよ」
「流石、俺たちの頭だよな!」
えーと……何か皆の弱気な感じが強気に変わったな。やり方自体は間違って無かったみたいで安心したぜ。今後も何時ものやり方でいいんなら遠慮なくやらせてもらおう。この時俺はそう思った。
こうして、俺は上手く収める? ことが出来たのであった……
「はぁ、疲れた……慣れないことはするもんじゃねーな」
今日、俺は一人で下校していた。いつもなら神奈さんと一緒に下校するのだが……今日は萩原と柳の二人と買い物がしたいとの事で、俺はそれを聞いて色々と察してしまった。なので付いていくことはしなかったんだ。
勿論心配だけど……柳がいるから大丈夫だという安心感もある。アイツが早々負ける事も無いだろうし。
「にしても街を一人で歩くなんて久しぶりだなぁ⋯⋯」
何せ、ココ最近の俺は常に誰かと一緒だった。主に今の学校では神奈さんと⋯⋯ そして、若頭として常に五人から七人の若衆に護衛されながら、夜の街を見回りしたりとかで一人の時間なんて中々無いからだ。
「さーて、何するか……ん?」
俺は目を疑った。これは夢ではないかと思い目を擦るが、見ている光景は変わらない。試しに頰っぺもつまんだが痛いので夢ではなかった。
おいおい、こんな人通りの多い街中で喧嘩か? 喧嘩のせいで注目を集めてるし、周囲をリングのように囲って、喧嘩の撮影までやってる人もいるから見えにくい。まぁそれはおいといて、だ。それよりも、女一人相手に男が十人がかりってどうよ……? その上バット持ちはヤバいだろと流石に加勢するかと考えたが、その必要はなかった。
だって――――
「ぶっ!?」
「がはっ!!」
「うおわっ!!」
その女の手によって、現在全員ぶっ飛ばされているのだから……!
「弱い男に興味無いって言ったでしょ? ナンパなら他の女にしなさいな」
「てめぇ!!」
「遅すぎ……アンタに私は掴めないわよ!!」
そう言いながら殴りかかろうとした男に対して、頭を刈り取るんじゃないかってぐらいに良いハイキックを繰り出し、男を気絶させた。その時、ゴッ!! と鈍い音が鳴ったんだが、アレはやばい。
だって、ハイキックを喰らった男が泡吹いて痙攣起こしてるもの……。それにしてもマジかよ。ドクロのスカジャン着てる女、滅茶苦茶強いじゃねーか……!
ん? よく見ると髪の色がピンクで、ロングヘアー。それにおっぱいもでかい……柳が言ってた、井口七海の特徴と一致してないか? いやいや、まさか。そんな都合のいい事あるまいて――――っ!?
「へへっ、これで終いだ……」
男がポケットから取り出したものはフォールディングナイフだ。持ち運びもできるし、簡単に出すことが出来る携帯ナイフじゃねぇか!?
不味い! 背後から男の一人があのナイフで刺そうとしているのに、あの娘は気付いてない!!
「⋯⋯クソッ! すまない、通してくれ!!」
気がつけば俺は鞄を放り投げ、人を強引に押しのけながらあの中へと入ろうとした。俺たちの縄張りで、何より俺の目の前で死人なんぞ出させるかよっ!!
「死ねやクソガキ!!」
「っ!? くっ、離せこのっ!!」
彼女は逃げようとするが、倒れ込んだ二人の男によって両足が拘束されているので身動きが取れずにいる。このままだとマジでやばい! 間に合え!!
「貰った!!」
「死なせてたまるかボケがぁぁぁぁっ!!」
『っ!?』
俺は雄叫びを上げた事でナイフを持っている男を含め全員の動きが止まり、俺に注目が集まった。そのおかげで周りの人間が道を開けてくれたので俺は全力で駆け抜けた。
「っらぁ!!」
「ぼほぁ!?」
そして、そのままの勢いでナイフを持った男の腹にドロップキックをぶちかまし、そいつをぶっ飛ばした。あっぶねぇ……! 気付くのが遅かったらやばかった。ホッと一息ついてから俺は、この喧嘩を止めるべく一括する。
「おいテメェら! たった一人の女相手に十人がかりで、しかも道具なんか持って喧嘩か!! 恥を知れ!!!」
「っ!?」
「あ、あんたは……! 橘組、若頭の紅蓮二さん!?」
ん? コイツ俺の事を知ってたのか? しかも組の名前を出したってことはコイツら、もしかして……? と、考えていたら残りの男たちが全員ガタガタと身体を震えさせていた。え? ちょっと大丈夫かお前ら? なんか変な汗かいてない? ダラダラと滝のように流れてるぞ!? つーか、男の発言のせいで周りも周りでザワザワし始めてるし!!
『す、すいませんでしたー!!!』
「っ! やめろ、馬鹿! こんな街中で!!」
俺が声を荒らげて言うのも無理はないだろう。何せ、街中で不良たちを土下座させている男なんぞ、どう見ても普通ではないからだ。まぁ極道としてのハクはつくが、一般人からしたらあまり気持ちのいいものではないからだ。
ほら、今も大勢の人が俺の事を見ている……頼むから止めてくれ。組の名前に泥塗っちまうから!!
「とりあえず、土下座は止めろ! あと、その場を動くんじゃねーぞ。動いたらどうなるか……分かってんだろうな?」
『は、はい!』
「よし! あー、その……大丈夫か? アンタ」
女はコクコクと、首を縦に振って答えてくれた。さっきまでの強気な態度が嘘みたいだ。何か可愛いな、おい。俺が彼女を見て真っ先に出た感想がそれだ。
にしても、こんな可愛い女がさっきまで喧嘩してたんだよな……と考えていたら、女がいきなり俺の胸に飛び込んで来たので俺は優しく抱きとめる。どうしたんだ?
「蓮二だ……! 蓮二だぁ〜……!!」
「え?」
何かすりすりと胸に顔を擦りつけてるんだけど。え、何この小動物? 可愛くないですか、コレ……?
「久しぶりだね……蓮二」
「えっ!? えーと……失礼を承知で聞くけど、君に会ったことないよね?」
こんな可愛い女と出会ってたなら俺は絶対に覚えてるはずだが、この女とは初対面のはず。なのに何故?
「あ……そっか。あの時は太ってたから、思い出せないのも無理ないよね」
「え?」
「あの時は何も出来なかったから、その時のお礼も兼ねて話がしたい。私もついて行っていいかな?」
「別にいいけど、その……アンタ、名前は?」
正直なところ、気になっていた。もし俺の推測が正しいならこの女の正体は――――
「私? そういえば自己紹介まだだったね。私は七海……井口七海!」
「!!」
これが俺、紅蓮二と……井口七海の、まさかの出会いであった――――