契約終了を告げる笑い声
ちょっとグロいかもです。
青山昴は学校のクラスでは大人しい部類の少年だった。
昴は自ら目立つこと等を一切せず、控えめで友人との会話でも頼りなげな微笑みを浮かべながら曖昧に頷くのが常であった。
そんな物静かな昴であったが、ある日突然授業中に不可解な言葉をブツブツと呟き始めた。
「視られてる……絶対に視られてるよ……。何故バレた?どうして?何で?ここまで来て……もう直ぐ終わりだと言うのにっ!」
その呟きは段々と大きくなり、昴の両隣の席の生徒が怪訝そうな表情で昴に声を掛けた。
「青山くん?どうしたの?」
「おい、青山っ!?今は授業中だぞ?寝惚けてんのか?」
両隣の席の生徒、前田と佐伯は普段とはうって変わって険しい表情で、何もない空に向かってブツブツと呟く昴が心配になったのだ。
声を掛けたのだから、直ぐに昴は黙ると思った前田と佐伯であったが、昴の呟きは更に大きくなっていた。
「ああっ!だ、駄目だ!こちらの位置が……奴に……奴に完全にバレているっ!!」
大きな声でそう叫ぶと、ガタガタと震えながら昴は机に突っ伏した。
流石に昴のこの異常な態度に、教科書を朗読していた現国教師の鴨志田も気付いた。
鴨志田はゆっくりと昴に近付くと、机に突っ伏したままの昴の頭に丸めた教科書で一撃を与えた。
スパコーーーーーーーーーーーンッ!!!
妙に間の抜けた音が教室内に響いた。
その音と鴨志田の行動で、教室の中に居る生徒の大半が昴に視線を向けた。
「ちょっと……一体何なの?」
「珍しいなぁ、あの真面目で大人しい青山くんが授業中に先生に叩かれるなんて……」
「ぷぷっ……それにしても間抜けな音だったな」
「スパコーーーンって漫画みたいな音がしたよ」
「ウケる」
と、好き放題言っていた生徒達であったが、頭を叩かれた昴が全く微動だにしない事に気付く。
「嘘!?そんなに痛かったのかな?」
「おいおいまさか!あんな間抜けな音だぜ?机に突っ伏すほどの痛みじゃねぇだろ?」
「えっ?で、でも……じゃあ何で青山くん動かないの?」
遠くの席でザワザワと騒ぎだす生徒達を尻目に、昴の隣の席の前田と佐伯と教師の鴨志田は、昴から発せられる威圧感に圧倒されて、額に大粒の汗を浮かべて硬直していた。
「せ、先生……。何で……何で……私達、動けない……んですか?」
「わ、分からん。分からんが………本能的に動いてはいけない様な………」
「あ、青山もこのせいで動けない……ってだけっすよね?」
「………そうだとは思うが………」
この会話中も依然としてピクリとも動かない昴に、3人は不安と違和感を拭いきれない。
そんな中、突然かん高い小さな女の子の笑い声が教室中に響き渡った。
『キャハハハッ♪キャハハハハッ!』
その高校の教室には不釣り合いな不気味な笑い声に、教室内は騒然となる。
「きゃあっ!な、何?今の笑い声?」
「女の子の声?でも……どこから?」
「おいっ!誰だよ?ふざけてんなら止めろよな!あんま面白くねぇぞ?」
「だよなー!そろそろ授業を再開して欲しいんですけどー?」
口々に好き勝手な事を言い合う声が教室内を埋め尽くす。
そしてそんな教室内に、再度女の子の声が響き渡る。
『見ぃーつけたぁ♪キャハハハッ!キャハハハハッ……………………』
女の子の不気味な笑い声がピタリと止んだその瞬間、机に突っ伏したままだった昴の頭部が、勢いよく弾け飛んだ。
グブシャッ!!!
石榴の様に弾け飛んだ昴の頭部は、大量の血飛沫が辺り1面に飛散し、残った首から下の身体が椅子から床に転げ落ち、噴出した血の勢いで、身体がビクビクと痙攣していた。
血飛沫が教室内を紅一色へと染め上げる。
昴の1番近くに居た前田と佐伯と教師の鴨志田は、一瞬にして全身に昴の血痕がビシャビシャと降りかかり、前田は昏倒し佐伯は昏倒した前田を抱えつつも、その場に座り込み教師の鴨志田は口元を押さえながら、激しくその場で嘔吐した。
そんな異常な事態が起こった教室内を、他の生徒達は悲鳴を上げながら逃げ出そうと、扉に手を掛けたが扉は溶接された様に固く閉ざされたままであった。
「ちょっ!ちょっとお!マジで開けてよ!」
「何やってんの?いい加減にして!」
「もう嫌!もう嫌なの!」
「チッ!遊んでんなよっ!」
「クソッ!遊んでなんかいねぇよっ!マジで開かねぇんだよっ!」
ガチャガチャ……ガチャガチャガチャ…。
「開かないってマジかよっ!?」
「んだよっ!あり得ねぇっ!あり得ねぇんだよっ!」
「開けてよー!開けてよー!開けてよー!」
「助けてっ!お願い助けてっ!」
悲鳴を上げながら泣き出す者、焦って髪をかきむしる者、扉へ固執する者、教室内は更に混乱をきたしていく。
そんな中、上がるひとつの提案。
「おいおい、こんな木で出来た扉なんか壊しちまえばいいんじゃね?」
「おお、頭いいな!その案があったか!」
「よし!俺は椅子をぶん投げるから、お前らはその後に続いて投げてくれ!」
「分かった!」
比較的に体格の良い数人が、手に椅子を持ちながら扉へ向かって行った。
ガンッ……ゴシャッ……メキャッ……バキャキャッ………。
砕ける音が教室に響いたが、残念な事に砕けたのは扉ではなく椅子の方であった。
扉は依然として固く閉ざされたまたげまで、傷すら付いては居なかった。
「ちくしょおっ!」
「んだよ!」
「どうなってやがんだ!」
「良い案だと思ったのに………」
体格の良い数人は扉の近くで悔しがって居たのだが、その扉から突然無数の黒い手が伸びて来て、扉へ攻撃した者達をズルズルと扉の中へと引き摺り込み始めた。
「う、うわあっ!」
「助けてくれっ!」
「止めっ……止めろ!」
「放せっ!放せぇっ!」
助けを求める声が上がるが、他の生徒は恐怖で固まったまま、ただ黙って成り行きを見守るしか出来なかった。
そして数人が扉の中へと消えると、扉と床の隙間からダラダラと大量の血が教室へと流れ込んで来た。
「「「「きゃーーーーーーーー」」」」」
女子生徒の恐怖の悲鳴が教室に響いた。
***
一体何時間経過したのか?いや、まだ数分しか経過していないのだろうか?
余りにもあり得ない異常な状況に時間の感覚が朧気になって来ていた。
そんな中、誰かの一声が上がる。
『ねぇーここって2階だよね?窓から外に出られないかな?』
その声にハッ!と気付いた数人の生徒達が窓に向かって走り出し、躊躇しつつもユックリと窓を開けると……………。
ガラリッ………。
窓は教室の扉が全く開かなかったのとは反対に簡単に開いた。
「おい、やったぞ!窓は普通に開くぞ!」
「そうか!良かった!こんな教室、早く出ようぜ!」
「そうだな!2階だけど下は確か芝生だったよな?もしも着地が失敗しても、骨折ぐらいで助かるだろ?」
「えっ?これ結構高いんですけど?」
「うん………じょ、女には無理だよぉ」
「ここからは飛べないよ………」
降りる気満々な数人の男子生徒に比べて、流石にこの高さは怖いと泣き言を言う女子生徒に、男子生徒はこう宣言した。
「んじゃあ、俺たちが飛び降りたら助けを呼んで来てやるぜ!」
「ああ、そうだな!女子は少し待っててくれれば良いさ!」
そう、口々に言うと数人の男子生徒達は窓枠に足をかけて飛び降りて行った。
しかし次の瞬間、窓の外から「わぁー」「ぎゃぁぁぁー」という、悲鳴が聴こえて来た。
教室に残った女子生徒達と飛び降りなかった男子生徒達が、窓の外を覗き込むとそこには誰も居らず、ただ真っ赤に染まった芝生がヌラヌラと鈍い光を残すのみであった。
その光景に腰を抜かした生徒達に、あの女の子のかん高い笑い声が教室内に響いた。
『キャハッ……キャハハッ♪ばぁーか。簡単に騙された!キャハハハ……キャハハハハ』
そう、先ほどの窓から出られないかと提案した声こそが、この女の子の声であったのだが、冷静な判断力が低下していた生徒達には、この女の子の声であったとは判断できなかったのであった。
「あっ……あっ………ああっ………」
「ひっ……ひいっく……ひっく……」
「………っ………っ………っ………」
ガタガタと震えながら泣く生徒達に、放心した様にボンヤリする生徒達様々だったが、そんな中1人の人物が立ち上がった。
それはようやく嘔吐が一段落した、教師の鴨志田であった。
鴨志田は胃液でやられたガサガサな声で、女の子に対して質問を投げ掛けた。
「……俺は現国教師の鴨志田と言う。お前は一体何者だ?」
そんな質問に女の子が答える筈が無いと思っていた生徒達であったが、返答は直ぐにあった。
『キャハッ♪さあ、何者でしょー?』
「………くっ……じゃあお前は何が目的なんだ?」
『……………………………………死が』
その台詞にこの場に居た全員が、背筋に冷たい物を入れられた様に、一様に背筋をブルリと震わした。
小さい子どもの無邪気な声で、事も無げに紡がれた台詞に鴨志田の恐怖は倍増した。しかしその恐怖を無理矢理飲み込み、更に質問をする。
「…………何故ここに現れた?どうしてこの教室の生徒達の命を奪う?」
『キャハハ。だってそれが契約だったから』
契約。
「そ、それはど……どういう事だ?」
『キャハッ♪どうって?そりゃあ私と青山昴の…………よ』
「なっ……何!?」
どうやら最初に死亡した昴と、この女の子は何かを契約していたらしい。
「その契約内容は…………」
『あら、流石にそれは言えないー』
「……何故だ?」
『何故って?そりゃあ契約内容は言えない決まりだからよ……キャハハ♪』
「ぐぅっ………。だ、だが契約者の青山は死亡している。それでも言えないのか?」
諦めずになおも食い下がろうとする鴨志田を、嘲笑うかの様に女の子は哄笑を含んだ声音で答える。
『そうねぇ。ウフフ……でも、青山昴が死亡しても私との契約は履行される。もちろん死亡しなくても………ね』
「はあっ!?サッパリ意味が分からん。死亡してもしなくても履行される?一体何がだ?」
『キャハハ♪これ以上は教えないー。でも今回はバカが多くて少し楽しめたよ。じゃーねー』
「ま、待てっ!!」
女の子の声はそう言い終わると、この後鴨志田がいくら呼び掛けても返事は一切返っては来なかったのであった。
***
それからどれだけの時間が経過したのであろうか?
暗闇の帳が降りてもなお、教室の扉は一向に開かず、生き残った教室内の全員の心が絶望に埋没しようとしたその時、頑なに閉ざされていた教室の扉が呆気なく開いた。
開いた扉の向こう側は、暖かい光を宿していた。
しかしその光景は扉が開いた喜びよりも、また新たな恐怖の始まりの合図の様であり、教室内の誰1人として動こうとする者は居なかった。
「ん?あれっ?な、何だ、この臭は………って、はあっ!?ど、どうなってんだこりゃあっ!」
驚愕の声と共に扉から現れたのは隣のクラスの山口であった。
山口は次の授業で使う英語の辞書を借して欲しいと、佐伯に頼みに隣のクラスの教室に来たのだ。
そして実はこの教室の前まで来た時に、山口は妙な違和感を感じていた。
まだ休み時間だというのに、教室の前と後ろの扉は閉めきられていて、扉に付けられているスモーク硝子からは、中の様子が窺いしれない。
山口は不審に思いながらも扉の取っ手に手を掛け、普段通りに横にスライドさせて扉を開けた。
その瞬間、教室内部の異臭に声を上げてしまったのであった。
教室の内部はまだ昼前だというのに何故か薄暗く、山口は教室の扉の近くにある電灯のスイッチを入れる。
パチンッ……という音と共に山口の視界に現れた光景は、あたかも地獄絵図の様相を呈していた。
教室中に拡がる赤黒く変色した大量の血痕に、疲れ果てた虚ろな表情で山口に視線を向ける女生徒、床に倒れて動かない男子生徒……。
この異常な状況に山口はポケットに入れていたスマホを取り出すと、警察へと連絡を入れた。
その後は慌ただしかった。救急車と警察のパトカーが何台も学校に停められ、全国区のテレビ局が取材に訪れた。
警察が威信に掛けても犯人を捕まえると、豪語したが、結局この惨劇の事件は迷宮入りとなってしまった。
見えない犯人像、凶器も不明、生存者である生徒達の証言が覚束無かったからである。
ただし教師の鴨志田は、正確な情報を警察へと証言したのだが、声だけ聴こえる女の子の存在など、ただの戯言だと判断されてしまったのであった。
この事件の最も不可解な部分は、その大量の血痕であった。
教室内から見付かった遺体は、青山昴という少年の頭部の無い遺体しか発見されなかったのだが、教室の天井や壁や床の血痕は人間1人分の血量では到底足りず、少なくても6~10人ほどの血量であった。
そして現在も行方不明の少年達の人数は8名となっていた。
生徒から証言があった窓や扉を警察が調べると、複数の人間の血液が付着しているのが判明したのだが、それ以上の事は解らず仕舞いであった。
その後、現国教師の鴨志田は定年退職をするまで教師を勤めあげたのだが、この時の様な出来事には1度も遭遇する事はついぞ無かったのであった。
『キャハッ♪キャハハハ…………次は誰にしよーかなぁ?』
そして事件は迷宮入りしたのであった。
謎は解決しません。
そりゃあそうでしょうね?
だから謎なんですから。