Ⅷ
『白は、束の間の印象』
シークの部屋の前に立つ、セッテの背筋は伸びきっていた。
「入ります。」
ノックをすると同時に、彼は声をかけた。
間髪入れずに戸は開かれ、満面の笑みをした女が彼を迎える。
女の姿をした男が、シークの姿をしたエータが、セッテを迎える。
「セッテ!今日も来てくれて嬉しいわ!」
「はい、世話係ですから。」
セッテは淡泊に答える。
彼の態度を不審に思うことなく、エータは会話を続けた。
「今日はどんなお話を聞かせてくれるの?」
当たり障りのない話を振るエータを、セッテは薄めた瞳で見つめた。
「……お嬢様、本当にわたくしが来て、嬉しいと思っていますか?」
ドクン、と。
女の心臓が、男の意思によって跳ね上がる。
セッテが何を言わんとしているか。
セッテが何を疑っているか。
それがわかっても、エータは白々しく取り繕う。
「も、もちろんよ、どうしてそんなこと、」
「お嬢様は…。」
刹那で遮る男の声は静かだった。
「お嬢様は、昔から嬉しい時には瞬きを三回なされます。今貴方はそれをしなかった。いや、何日も前からしていませんでした、かね?」
そこまで言われたら、隠す必要は、ない。
エータは自分の仕草で、セッテを睨んだ。
「セッテ、お前…!」
セッテは不敵に、不気味に笑った。
「ふ、嘘ですよ。鎌をかけただけです。」
「な、…?」
セッテは確かに疑っていた。
最初から疑っていた。
それが今、確信へと変わる。
「……その様子だと、やはりわたくしの勘は間違ってなかったようですね。」
男は、女の体をした男の瞳を据える。
「お嬢様をどうされたのですか、エータ様…!」
想い人を隠された男は、再び熱くなる。
チンクエに自分の気持ちを伝えた時と同様に、熱くなる。
自分の気持ちに素直に、感情の赴くままに、熱くなる。
「…いつから気付いていた?」
「先にわたくしの質問に答えて下さい。」
エータはエータで、セッテを相手には最後まで騙せるとは思っていない。
だから笑った。
素直なセッテを見て、自分も素直に吐こうと、笑った。
「…別にどうもしねーよ。オレの中で眠っている。それだけだ。」
「何のために?」
喰らいつくような視線を放つセッテを、エータは笑う。
馬鹿にしているわけではない。
ただ、何となく、笑いたくなったのだ。
「は、オレの質問にも答えてくんねぇかな?いつからだ、気付いてたのは?」
「最初からに決まっているでしょう。」
「……そうか。」
セッテの想いを知っているからこそ、シークの『兄』として、笑った。
「何のため、ねぇ。シークを外の世界に連れて行くためさ。オレがいなくなったと思えば、あのクソ親共は油断し、この体を外に出すだろう。何せ、自分達が閉じ込めた後に、娘が二重人格になったんだ。オレが消えたと思えば…。」
閉じ込められたシークを。
ある事情で閉じ込められたシークを。
守るために、エータは生まれた。
「そうだ、所詮貴方は、いない存在だ。なら、本当に消えることもできるはず…。どうしてこんなまどろっこしいことを…。」
閉じ込められたシークを。
ある事情で閉じ込められたシークを。
守りたくて、セッテは屋敷へ通った。
だが、自分の気持ちに素直すぎた。
「オレが消えたら、誰がシークを守るんだ?」
「それはもちろんわたくしが、」
もちろん?
その言葉に違和感を感じ、エータは感情を露わにした。
「十年前、ただシークが閉じ込められるのを、指をくわえて眺めていたお前が、か?」
いくら守りたいと思っても、行動が伴わない。
セッテのむき出しになって熱くなった心を、エータの言葉が抉った。
セッテは項垂れた。
「……すみません。」
謝る男を見て、また、感情のまま声を荒げてしまった自分に対して、エータは今度は、自嘲気味に笑った。
「…まぁ謝んなよ。悪いのはあのクソ親共だ。」