Ⅶ
チンクエはテーブルに拳を振り下ろした。
揺れた大皿が奏でる音が、片づけをしようとするセッテの動きを止めた。
「自分の娘のことをあんな風に言うなんて…。」
憤りを覚えた女のその態度は、メイドとしては失格だった。
「しかもあの言い方、まるで自分達がお嬢様を閉じ込めたかのような…。」
「…はい、そうですよ。旦那様方が、お嬢様をあの部屋に閉じ込めました。」
女に比べて、セッテのそれはあまりにも淡泊だった。
世話係に相応しいであろうその冷静さは、余計にチンクエ怒りの炎に油を注ぐこととなる。
「それを知っていて、貴方は何も思わないんですか!?罵られてまで、仕える意味があるんですか!?」
しかし、男は男で、
「…罵られるのは構いません。」
我慢していた。
「わたくしが我慢すればいいだけですから。」
彼は、震えていた。
「ですが…。」
男は、我慢していた。
「好きな人があんな仕打ちをされて、何も思わないわけないでしょうが…!」
自分の気持ちを。
「え…好き?お嬢様のことが?」
この時のセッテは、自分の気持ちを曝け出すことを、恥ずかしいとは思わなかった。
彼の心は、それ程熱くなっていた。
「そうですよ、閉じ込められる前からもずっと!ずっと、ずっと好きで……。」
だから男は聞いた。
自分の気持ちが正しいかどうかを、女であるチンクエに聞いた。
「…いけないですか?」
「…いえ。」
チンクエはセッテの気持ちを否定しなかった。
だが、彼の行為は否定した。
「ですがそれだったら尚更、お嬢様をあそこから出してあげたいとは思わないんですか?何もしないままでいいんですか?」
「思いますよ。けど、旦那様方に歯向かったら、わたくしは仕事が無くなってしまいます。家族を養えなくなってしまう。お嬢様にも、会えなくなってしまう。」
セッテがシークのことを好きな気持ちは、十分過ぎるくらいにチンクエに伝わった。
男のその、自己中心的とも取れるその発言が、シーク自身のことを考えていないその発言が、彼の一方的な気持ちを表していた。
「……結局自分が可愛いだけじゃないですか。」
チンクエは感情を放出し、セッテを睨みつけた。
その目つきに、かつての尊敬の念も憧れの思いも、含まれていなかった。
「サイテーですね。」
「貴方に何がわかる!?弟や妹たちを支えなければいけないわたくしの気持ちが!」
女にはわがままに聞こえても、男には男の考えがある。
自分から質問をしたセッテは、チンクエの反応の悪さに語気を荒げた。
彼のその言動は、チンクエの眉間に、深くしわを寄せていく。
「貴方にわかるか?この叶わない気持ちが!」
「それがサイテーなんですよ。」
女は男を一蹴した。
チンクエには詳しい事情はわからない。
他人から聞いただけで、実際はどういうことがあって今に至るのかはわからない。
だが、やはり。
女として、今のセッテは、
むかつく。
「……失礼します。」
チンクエは片づけをすることなく、食堂から捌けた。
「……わたくしは、」
一人、残された男は、感情を処理できず、
「無力だ。」
自分を卑下することによって自身を肯定した。
壁を殴るその姿はみじめだった。