Ⅳ
『紫は、王さま』
シークとセッテは、忌み嫌われているこの部屋で、窓から空を眺めていた。
「今日は良い天気ね…。こんな日はお外でうーんと遊びたいわ。」
それは叶わぬ願い。
夢を語る女の顔を、セッテは視界に入らないようにした。
絆されてしまう、そう思って彼は、首を彼女の方に向けなかった。
「ねぇ、お父様とお母様は?」
「本日、旦那様はキツネ狩りに、奥様は乗馬にお出かけになられました。」
まるで感情を持たない機械のように、セッテは答えてみせた。
「そう…。」
シークの表情を見ずとも、今、彼女がどんな顔をしているかセッテにはわかっていた。
だから、見ない。
だから、見たくない。
そんなセッテの思いとは裏腹に、シークは彼の視界を遮った。
窓と男の間に入る女の瞳は、湿っていた。
「ねぇセッテ。ワタシをお外に連れてって!」
男は目をそらす。
シークの悲しそうな顔は、見たくないから。
「何を仰るんです…?」
「お願いお願いお願いお願い、おねが~~い!!」
まるで幼い駄々っ子のように、シークは地団駄を踏んだ。
とても二十歳の女がする行動には見えないが、セッテにはそれが愛おしかった。
それこそ、幼い時から、何年も、お互いの時間をわかち合ってきたからこそ、愛おしかった。
昔から変わらぬ彼女が、昔も今も、愛おしい。
だから、見たくない。
悲しい顔は見たくない。
「そうしてあげたいのは山々ですが…もしバレてしまったら、わたくしはお嬢様の世話役を解雇されてしまう。……そうなっては、もう会うことができなくなってしまいます。」
会うことができなくなって辛いのはシークか、自分か。
シークが自分に会えなくなるのが辛いのか。
自分がシークに会えなくなるのが辛いのか。
男は、自分のことを考えながら、話していた。
好きな人に会えなくなるのは、辛いから。
悲しいことだから。
「……それは困るわ。」
シークの気持ちがどこまで深いモノなのかまでは、セッテにはわからなかった。
すぐに彼女は顔を外に向け直した。
「…もう十年近く、外に出ていないですもんね。」
とらえようによっては、彼の言葉は無神経にしか聞こえないモノであった。
だが、何を話していいかわからなくなった彼には、現在の会話の流れを汲んだ言葉を発するしかことしかできなかった。
「覚えていますか、お嬢様。」
セッテは窓…いや、窓の外にある、あるモノを指差した。
「ほら、あそこ。あの薔薇園で遊んだ日のことを。」
彼が指し示したもの。
それは様々な色の薔薇がいくつも並んだ、美しい園。
「薔薇で冠つくって、わたくしが王様、お嬢様が王女様役で…。棘が頭に刺さって、取れなくなる事もありましたよね。……身分は違うけど、いつか本当に結婚できたらいいのにって。お嬢様。わたくしはあの頃から、その気持ちは変わってませんよ。」
「なぁに言ってんだよ。」