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セブン  作者: 明るいあかり@ユリ
2/18

「……ってあら、フォーク一本、足りないわよ?」

その言葉を聞いて、チンクエは単純に気が滅入ってしまった。

この部屋の近くにキッチンはない。

先程通った長い廊下を、再び戻らなければならない。

単純に、しんどい。

単純なミスの所為で、走って取りに戻らなければならない。

「え……あ、す、すみませんすぐお持ちいたします!」

やってしまった、と思う若い気持ちとは裏腹に、チンクエは真摯に、そして深く頭を下げた。

彼女が急いで走っていく様は、女…シークの目には映っていなかった。

シークはチンクエが残していった料理をじっと見やると、溜め息を吐いた。

「…もう。」

「そんなに膨れるなよ、シーク。」

この場には、シーク一人しかいない。

そのハズなのに聞こえてきたその声は、彼女自身の口から発せられていた。

そしてそのまま、彼女の耳朶を打つ。

「だってお兄様、早く食べないとせっかくの料理が冷めてしまうんですもの。」

それに違和感を感じることなく、彼女は一人で会話を続けた。





――――――





チンクエが部屋に戻ってきたのは、それから数分後のことであった。

「はぁ、はぁ…お待たせいたしました、お嬢様!」

すみません、と言わんばかりに、彼女はフォークを高らかに掲げた。

それを見るシーク。

だが、その瞳は、今は彼女のモノではなかった。

それ以外の誰かのモノとなっている目線は鋭かった。

「おいメイド。次は気をつけるんだぞ。」

「え、あ、は、はい……え、っと…?」

チンクエにはわかっていた。

だが、どうしても狼狽えてしまう。

わかっていても狼狽えてしまう。

仕事には慣れても、『これ』にはまだ慣れない。

だから、憂鬱。

だから、この部屋には来たくない。

シークのことが嫌いなわけではない。

ただ、どうしても、うまく、対応できない。

「……こいつの双子の兄のエータだ。いい加減覚えろ。」

シークのこの病には。

エータのモノとなっていた瞳は、体は、すぐにシークのモノへと戻る。

「お兄様ったら、そんな怖い顔しないの。」

一瞬でこうも人格がころころ変わってしまっては、ただ、本当に、単純に、困る。

チンクエは絞りだした声で、小さく、すみませんと言った。

「それよりチンクエ、今日はセッテは来てるの?」

「ぁ、…セッテさんですか?そういえばさっきすれ違って…。」

言い終わるよりも早く、開け放たれたままの扉から彼は入ってきた。

「お呼びですか、お嬢様。」

彼…セッテは帽子を取ると、軽くお辞儀をした。

今のチンクエにとって彼は助け舟でしかなかった。

セッテはチンクエと同い年であったが、この屋敷に仕える年月は彼女とは比べものにならない程長かったからだ。

無論、彼はシークの『あれ』については知っていたし、慣れていた。

「セッテ!今日も来てくれたのね!」

シークの目の輝きは、先程料理を見た時よりもきらびやかだった。

跳びつく彼女を、セッテは受け止めた。

「わたくしはお嬢様に仕えているお世話係ですよ?来ない時の方が、珍しいですよ。」

「ねぇねぇ、聞かせて、外のお話聞かせて?毎日毎日部屋の中じゃ、貴方のお話くらいしか楽しみがないの。」

そう、シークは毎日部屋の中にいた。

それは彼女が望んでしていることではなかった。

それをよく知らないチンクエは首を傾げた。

それをよく知っているセッテは、斜め上に視線を移しながら、話題を考えた。

「……そう、ですね。んー、外の話になるかはわかりませんけど…、昨日づけで、わたくしの階級が少佐に上がりました。」

同い年で、軍人。

しかも少佐。

セッテのこともよく知らなかったチンクエは、思わず声を上げた。

「少佐!?軍人さんなんですか!?若いのに凄いですね…。」

「チンクエさん、でしたっけ?別に大したことありませんよ。」

入ったばかりの自分の名前を覚えていた。

チンクエは驚きと尊敬を覚えた。

「いざという時、わたくしたちは大切な方々を守る立場にいます。それができなければ、階級なんて……。エータ様はどう思われますか?」

エータ、という言葉が出た途端、チンクエはびくついてしまった。

シークはというと、セッテから身を離し、

「………。」

人格をエータに委ねていた。

黙ったまま、彼女、いや、彼はセッテを睨んだ。

「…寡黙なお方だ。すみませんお嬢様、下らない話でしたね。」

自分のことを呼ばれて、シークはすぐにセッテに微笑みを向けた。

その天真爛漫な笑顔は、この彼女の病が『わざと一人でごっこ遊びをしているのではない』ことを意味していた。

「うぅん、ワタシは少佐って凄いと思うわ!流石セッテね!」

「ありがとうございます。」

深々と頭を下げるセッテは、横目でチンクエを見た。

そこには彼なりの思惟があったが、チンクエはそれに気がつかなかった。

「……ではわたくし共は一旦失礼させて頂きます。また、すぐ戻りますので、では。」

セッテはそんな彼女の手を取り、

「え、え、あ…。」

部屋の外へと連れて行ったしまった。

「ちょ……。んもうセッテたら、もっと話したかったのに。」

「二人だって暇じゃないだろ。……てか、シーク料理冷めるぞ?」






「……あーーーーー!!お兄様、早く食べましょ、早く早く!」

この後、シークはその小さな体で、二人分の料理をたいらげた。


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