今日、あいつが告白されるっていう噂を聞いた。
今日、あいつが告白されるっていう噂を聞いた。
告白するのは隣のクラスの女子だそうだ。身長は低めだけれど、細身で色白、ストレートのロングヘアーが似合う可愛い娘だ。男子にはかなり人気があるらしいけれど、まだ誰とも付き合っていない。
そんな可愛くて人気のある娘がなんであいつに?
先日の球技大会で見染めたらしいって友達が言っていた。あいつはサッカーでかなり目立っていたからなぁ。ハットトリックって言うの? 三点も決めていたし……。あいつが点を決める度に女子がキャーキャー騒いでいたからなぁ。
あいつの家は私の家の隣で、生まれた病院まで同じ。それどころか、誕生日まで同じと来ているからね。親たちは「何か運命的なものを感じる」とか言っているけれど、単なる偶然に決まっているでしょう? そんなわけで、あいつとは生まれた直後からの幼馴染みなんだよね。
幼児の頃は常に一緒だった気がする。必ずと言っても良いくらい、どちらかの家で一緒に遊んでいたようだ。幼児の頃の記憶なんてそれ程ないからね。でも、その頃の写真はいつもあいつと一緒に写っている。
当然だけれど、小学校も同じ学校に通った。入学式の日の写真には、校門の前で手をつないだあいつと私がいた。それから六年間、毎日一緒に通学していた。さすがに手をつないでいたのは、一年生の時ぐらいだと思うけれど……。いつからどうして手をつながなくなったのかは記憶にない。
何故か、六年間ずっと同じクラスだった。低学年の頃のあいつはチビで泣き虫だった。誰かに意地悪されるとすぐ泣く。そして私の所にやって来る。
「○○ちゃんがいじわるするぅ」
私に何を求めているんだか?
高学年になると、あいつもいくらか男の子っぽくなってきた。無理に乱暴な言葉を使ったり、無闇に虫を捕まえたりしていた。私が嫌がると余計にやるようになった。一緒に帰る事が無くなったのはこの頃だったと思う。
もちろん中学も同じ学校だ。中学生になっても何故かクラスは同じだった。一学年四クラスもあるのに、三年間同じクラスになった。小学校からだと、九年間も同じクラスだ。ここまで来ると、運命というより何者かの作為すら感じる。
中学生にもなると、みんな少しずつ色気づいて来るものだ。誰が誰を好きだとか、誰と誰が付き合っているだとかの話で盛り上がる。あいつと私も一時は噂になった。家が隣同士だから、たまたま帰りが一緒になる事が有る。そんなところを見られたのが噂の発端だったが、すぐに小学校からの友人の証言によって噂は消えて無くなった。
そんな中学三年のある日だった。仲の良い同級生の女子から聞いた。
「あいつ、今日告白されるらしいよ」
「えっ! 誰に?」
「やっぱり気になる?」
「いや、もの好きもいるもんだなと思って」
「ふーん、放課後に裏庭に呼び出されたらしいよ」
「裏庭? 決闘みたいだね」
「えっ、あんた知らないの? この学校じゃ、告白は裏庭が定番だよ」
「そうなんだ、知らなかったよ」
「あんたはこういう話に疎いからねぇ。だから先を越されちゃうんじゃないの?」
「何それ! 私はあんな奴に興味無いんだからね!」
「わかったわかった、じゃあ帰りますか」
「うん」
私と友人はカバンを持って下駄箱へ向かった。友人が靴を履き替えるのを眺めていた私は、急にあいつが告白されるシーンを見てみたくなった。
「ゴメン、忘れ物。先に帰っていて。後で追い付くから」
私は友人の返事も待たずに二階の教室へと駆け戻った。
教室前の廊下からは裏庭が見下ろせる。私が柱の陰に隠れるようにしながら裏庭を覗くと、隣のクラスの女子が立っているのが見えた。ここから見ても可愛らしい娘だ。
あいつはまだ来ていないらしい。不安そうにきょろきょろと周りを見ていた彼女の表情が笑顔に変わった。あいつが来たらしい。
へらへら笑いながらあいつが彼女に近付いて行く。彼女はペコリと頭を下げてニッコリと微笑む。カワイイ!
私があいつの立場だったら絶対に断れないな。そう思っていると、あいつの笑顔が目に飛び込んで来た。その途端、視界が滲んだ。
「えっ、なに? なんで涙が……」
それ以上ふたりをみている事が出来なかった。私は教室に逃げ込んで、あいつの席に座った。斜め前には私の席がある。止めど無く流れ落ちる涙を、あいつの机が受け止めている。
いつしか窓の外が茜色に染まり始めていた。まだ紅葉には早すぎるのに、木の葉が茜色に染まって行く。
突然後ろから声が聞こえた。
「こんな所にいたんだ」
あいつの声だ。振向くわけにはいかない。だって、まだ涙は止まっていないから。
「おまえが忘れ物を取りに行ったきり戻って来ないって心配していたぞ」
声が近付いて来る。来ないでよ!
「どうしたんだよ。なんか言えよ」
言えるはず無いじゃない! 涙声で何を言えって言うのよ!
静寂があいつの足音を増幅させる。一歩、また一歩、しだいに近付いて来る。
足音が止まった。あいつが立ち止まったのだろうか? セミの鳴き声だけが私の耳に響いている。
あいつの声がセミの鳴き声で満たされていた私の耳に割り込んで来た。
「さっきさぁ、隣のクラスの女子に告白されたんだ。可愛い娘だったなぁ」
「…………」
何も言えないでいる私の両肩に、あいつの両手が置かれた。あいつの体温が伝わって来る。
「可愛い娘だったけれど、俺には将来を約束したヤツがいるから付き合えないって断った。急に泣き出されて困ったけれど、自分に嘘は付けないからな」
なに? 何を言っているの? 将来を約束って……。
「覚えているか? まだガキの頃だったけれど、おまえを俺の嫁さんにするって約束したよな。あの約束ってまだ有効だからな」
えっ! あんなの子供の時の事じゃない。
「俺の気持ちは今でも変わって無いからな。お前もそのつもりでいてくれよな」
そう言ってあいつはポケットティッシュを私の目の前に差し出した。
私は涙をぬぐって、出来るだけ音をたてないように鼻をかんでから振り返った。そこにはあいつの笑顔があった。その笑顔がまたしても涙で滲む。
「バカ! 私は怒っているんだからね。だいたい、中三にもなって子供の頃の約束を真に受けているなんて、ほんと馬鹿じゃないの! あんなに可愛い娘に告白されるなんて金輪際無いんだからね!」
「かまわないよ、俺にはおまえがいるからな」
即答かよ! えっと……何か言わなくっちゃ。
「私はあの子みたいに可愛くないよ」
「知ってる」
「知ってるってなによ!」
「それでもおまえがいい」
何それ、答えになっていないじゃない!
「あんたは……えっと、昔からロングヘアーが好きだって言っていたじゃない」
「ショートの似合う子も好きだよ」
な、なに? 私がショートだから?
「私はあの娘と違って大女だよ」
「大丈夫、俺だって身長伸びたんだぜ。今ではおまえと同じくらいになっているよ。もうすぐ追い越してやるからな」
「…………」
「約束破ったら許さないからな」
背中全体にあいつの体温が広がっている。あいつの息遣いが耳元に響く。
「好きだ。ガキの頃にしか言った事が無かったけれど、ずっと好きだった。これからもずっと好きだからな」
あれから十年の歳月が流れた。
私は今、結婚して第一子を身ごもっている。もちろん父親はあいつだ。
偉そうに言っていたくせに、身長は私の方が二センチ高いままだ。そこだけは約束を守れなかった様だけれど……。
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