ご話
ごー
最初は、ただ利用する気しかなかった。
『これはお風呂というものだ』
『?.....?.....お、ふろ?』
『っ、っっ??!!?』
『ああ、まだ熱かったか。すまない、もう少し冷まさないとな』
『おふろ、あつ?いやっ』
気づけば、情が湧いていた。
『オルト。お前の名前はオルトだ』
『おる、と?おると.....おると』
妻のユフィは子供が作れない。だから、他の妻などもらう気もない私は当時、才能のある養子を探していた。そんな中で、オルトの存在は非情に都合の良いものだった。
だが、私はオルトに情を与える気はなかった。ただ家の益のためだけに、彼とその妹を拾ったつもりだった。
なのに、オルトは気づけば本当の我が子のように思える存在となっていた。
『オルト、プレゼントだ』
『これ、なに?』
『剣。君の妹を守れる物だよ』
『いもうと、まもれる?』
『ああ、そうだ。こうやって振るうんだ』
『......っ』
『.....けん、ふるう.....いもうと、まもる』
『ああ、そうだ。オルト、これから君に剣技を教えよう』
『ん。いもうと、まもる、けん、がんばるっ』
オルトと一緒にいた彼の妹もまた、私の大事な娘となった。妻のユフィも、彼ら二人を可愛がっている。
なのに、
「セラス=アウレリウスに命じる。第一に、オルト=アウレリウスについて真実を話すことの一切を禁ずる」
「ぐっ、オルト....」
私の目の前に、冷たい顔をしたオルトがいた。以前の無表情ながらもしっかりと人間味を感じた顔ではなく、ただ冷徹なだけのオルトが。
オルトは私に契約魔法をかけた。本来契約魔法とは互いの合意がなければ成立などしないのだが、オルトの持つ圧倒的魔力により、私は一方的な契約を結ばされていた。
どうしてだ、オルト。私はお前を親としてしっかり愛したはずだった....なのに、何で.....
「第二に、アウレリウス家の家督をオルト=アウレリウスに譲ることとする」
ふと、オルトとの思い出がよみがえる。
『オルト、泣いているのか.....?』
『......』
『どうして、泣いているんだ?』
『.....けん』
『はじめてもらった。......だけど、こわした。たいせつだったのに、こわしちゃった』
『オルト.....』
『.......はじめて、ものをもらった。たいせつだった。なのに、なのに.....』
『何度でも、あげるさ』
『っ』
『大丈夫だ、新しい剣を買ってあげよう。だから、泣くなよオルト。男の子は強くなきゃダメなんだぞ。強くなきゃ、妹は守れないぞ』
『っ、うん。なかない。おると、つよくなる、いもうと、まもるっ』
『よし、良い子だ。ほら、早く家にお入り。こんな寒い中外にいたら、風邪をひいてしまう』
『うん、.....おとうさん』
『どうした?』
『ありがとう』
「オルト....どうして」
あの時、初めて見せてくれた笑顔。私は今の状況が信じられなかった。オルトは非常にできた子だった。私なんかにはもったいないほど。なのに、一体どうして.....。
「そして、第三に過度な飲酒を禁止する」
「えっ」
「第四に、喫煙も禁ずる」
「第五に、過度な食事も禁ずる」
「第六に、浮気も禁ずる」
「第七に、オルト=アウレリウスを除く家族に、特にメディア=アウレリウスに優しく接することとする」
第八に、第九に、第十に.....。この後オルトは些細なことを条件として、私に契約を結ばせた。
正直、理解が追いつかない。一体オルトはどうしてこのような契約を交わしたのか。
だが、ただ一つ言えることがあるのなら、オルトの優しい気質は変わってなどいないということで、きっと現在やっていることも何かしらのわけがあってのことなのだろう。
そして不安に思ったのは、オルトが無理矢理私から家督を奪わざるを得ない、何か大きな出来事を行おうとしていることだ。あの子のことだ、いつものように完璧に何もかもやり遂げるのだろうけど、なぜだろう。
この日以降、嫌な予感は止まらなかった。
セラス=アウレリウス
冷静で理知的な雰囲気を持つ貴族の男。オルトの義理の父であり、時代を先取るイクメンでもある。普通に良い人。オルトに謎の契約を結ばされた(当時オルト七歳)。ついでに喫煙を禁止されて死にかけるほどのヘビースモーカー。
ユーフィア=アウレリウス
オルトの義理の母であり、優しく美しい良き母。普通に良い人。オルトに謎な契約を結ばされた(当時オルト七歳)。
時代を揺るがす大きな発見は、学者が必死に頭を悩ませ、机に噛り付き、数々の試行錯誤の末に生み出されるというイメージがある。そしてその先の発見の喜びは、研究者が私は見つけたと叫び、街を走り回るという逸話を残すほどだ。それほど人々は新たな発見に精力を注ぎ込み、必死に、真面目に取り組む。
そしてそのイメージはだいたい合っており、異世界においてもそういったことにあまり変化はない。
そう、普通はないはずなのだが。
≪空間魔法について≫
ベッドの上で、紙を広げてカリカリと自作したペンを動かすオルト。体勢は匍匐前進のような形であり、ペンを動かし、ぼーっとし、少し居眠りをし、のびをする。そしてたまに虚空に向けて指を振る。そういったローテーションの元に行われる今までにない空間属性についての魔法の研究は、魔法研究者がみたら噴死ものの不真面目な態度で行われていた。
オルトは人前ではこういった面は見せないが、それ以外のところでは謎な一面が多々ある。世が世ならネタキャラ扱いは免れないだろう。
「できた」
無表情でそう呟き、オルトは紙数百枚に及ぶ研究の成果をベッドの横の机の上に置いた。
「眠い」
その一言の後、オルトは指を振って魔法で電灯を消し、およそ一秒にも満たない速度で眠りについた。オルトは用事がなければ夜九時には眠りに入る健康児だ。あまり夜更かしはしないのである。
この後、オルトの妹、メディア・アウレリウスは謎の声に呼び出されフラフラと道を行くと、ふと知らない洞窟に迷い込む。その中には謎の魔法書が一冊置いてあり、そこで初めてメディアは空間魔法を知る。そして数ヶ月後、メディアは世界初の空間魔法使いとして名を馳せるのであった。
空間魔法
X軸Y軸Z軸など、難しい数学知識や物理知識で計算したりして扱う魔法。普通はメディアには扱えないが、魔法書のサポートにより使用可能になる。
みんな大好き空間魔法。やっぱり瞬間移動は男の浪漫(?)