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いち話

はじまり

いち


とある異世界。


ドゴッ


鈍い音が響いた。


「......っ」


まだ三歳ほどの子供が地面を転がる。


そこにさらに蹴りや踏みつけが加えられた。


「......ァァっっ」


声にならない悲鳴と共に子供の口から胃液が吐き出される。それは禄に食事が与えられていない証だった。


「っち、汚ねぇな。後でしっかり舐めとれよ」


子供の目に光彩はない。生まれた時からまともな育てられ方などしていないのだ。感情など、一欠片もない。


「.........」


ただ子供は死んだ目で床を見続けた。












ある日、子供に転機が生まれた。


どすんっ。子供の前に乱暴に置かれる揺りかご。その中には生後間もない赤ん坊がいた。


「それはてめーの妹だ。てめーが面倒を見ろ」


「.....? ....い、も....うと?」


疑問そうに呟いた後、子供はそっと赤ん坊に手を伸ばした。頬に、手が当たる。


「.........っ、っ」


胸の内に生まれる暖かい気持ち。子供はそれの表現がよく分からず、ただ短く小さな、掠れた呻き声をあげた。


「あっ......」


キュッと、子供の指を赤ん坊は握った。それ自体に特別な意味はなく、ただの赤ん坊特有の無意識な反射的行動。しかし、子供には違った。


ポロポロと、涙がこぼれ落ちる。初めて与えられた痛みなどの不快以外の感覚。人の暖かい体温を、子供は知った。


「いも、うと......いも、うと.....」


子供の胸に生まれた感情の欠片。その日から、子供の中にやっと感情というものが芽生え、子供の世界観を一気に変遷させた。無感情で築き上げられた白黒の世界は消え、心というものが起動した子供は、やっと人間的な感性を身につけ始めたのだ。


いもうと、いもうと。子供はただその言葉を繰り返した。
















再び子供に訪れた転機。


山奥で、取り残された子供と赤ん坊。


「........」


子供の傍には真っ赤に弾けた元父親だったものが転がっていた。


「いもうと.....まもる」


父の指示に従い、着いてきた末に着いた森。そこで子供の父親は子供に襲いかかってきた。この時代、そこそこ育った子供ならまだしも、ガリガリの今にも死にそうな小汚い子供は奴隷にすらなれない。よって、不運にも森の中で子供と赤ん坊は殺されるはずだったのだが、


石で顔面を叩き潰れた死体


逆に子供は父親を撲殺した。子供は普通ではあり得ない、下克上を果たしたのだ。


「まもる......まもる.....」


妹を守るため、常識すらまともに足りていない子供は必死に今後どうするのか考える。


まず、ご飯が必要。子供はそう考え、さらにそこからご飯を得るために何が必要か考えた。


「........」


子供には分からなかった。だから、別の考え方で生存の道を思索した。子供が今迄生きてこれたのは、父親が少量ながらもご飯をくれたから。しかし、父親は妹を殺そうとしたから、自衛のために殺さなきゃならなかった。つまり、子供は妹を殺そうとしない父親が必要だということに気づいた。


「.......おとうさん、いもうと、まもる」


子供は赤ん坊を抱えたまま凄まじい速度で駆け出した。その速度は尋常ではなく、一般人よりずっと速い。


子供の体内には莫大な魔力が渦巻いていた。これが子供が大人である父親に打ち勝つことのできた理由。天賦の魔力が、子供に怪物の如き膂力を与えていた。


さらに、どういったことなのだろうか。子供は細かい理屈を抜きに、妹に負担を掛けないような走り方を無意識に行っていた。上下激しく揺れず、放出された魔力が風を遮る。天性の直感で、子供は妹を守っていた。


数分走り続け、子供はふと何かに気づいたのか足を止める。


「おとうさん......」


進路を変更し、再疾走。直感が囁くままに森の木々の間を走り抜け、がさりと藪を突き破り街道に出る。


ずしゃああぁぁぁあっっっ!!!


勢いを殺す凄まじいブレーキの音ともに、子供は街道の中央に止まった。


ちょうど、子供の前方から高級な馬車が迫り来る。


「とまれ......」


威圧感。子供の体から一瞬凄まじい量の魔力が立ち上る。馬車を引いていた馬は本能故か足を止めて急停止した。


「何者だっ!!」


馬車から何人もの護衛らしき人物が降りてきて、子供の前で剣を構える。が、赤ん坊を抱いた子供の幼さに驚き目を見開く。


そして、子供は口を開いた。


「いもうと、おとうさん、なって」


は? 護衛たちは戸惑いの表情を浮かべる。


「おとうさん、なって」


伝わってないと考えたのかもう一度言う子供。しかし、護衛たちには意味が分からなかった。


よく分からないが、馬車を急に止めるような無礼をしたのだ、こんな汚い身なりの子供は斬ったって構わないだろう。そう護衛たちは考え、子供に向かって襲いかかろうと足に力を込める。


「......っ」


殺気を敏感に感じ取った子供は戦闘体制に入る。体から魔力が溢れ、轟々と子供を中心に魔力が渦を巻いた。なっ......。護衛たちは驚愕の声を漏らす。


「ころす、てき、ころす.....」


渦巻く魔力は天賦の才たる証。常人では一生鍛えようが至れぬ高みに、子供はこの年にして到達していたのだ。


妹が入ったゆりかごをそっと地面に置き、子供が護衛たちに飛びかかろうとする。その寸前、




「分かった、お父さんになろう」




そう答えたのは、鋭い目つきをした静かな雰囲気を持つ、身なりのよい男だった。


「おとうさん、なる?」


子供は馬車から出てきた男を見る。


「ああ、なろう」


「いもうと、ころさない?」


「大丈夫だ。殺さない」


そう男は言うと、子供から放たれていた魔力の放出は止まった。直感的に、子供は目の前の男を信じても良いと感じ取ったのだ。


「ついておいで、妹を幸せにしてあげよう」


男は子供が抱えている妹を大事にしていることを見抜いたのか、言葉を巧みに操り子供を無警戒に自身の屋敷へ導いた。当然、護衛は危険だと進言したが、男の言い分に沈黙せざるを得なかった。


「あれほど莫大な魔力を持っているのだ、いいように使えば我が家の利益となる」


こうして、子供は通りすがった貴族の家の養子となったのだった。



































それから、十数年の時が経った。


「リナリア、報告を聞こう」


「了解しました。オルト様」


夜、暗い室内でメイドの格好をした諜報員の報告を聞くオルト。彼は成長したあの時の子供だ。現在領主と王都の学園の学生を掛け持ち、やるべきことの多い多忙な毎日をおくっている。


「現在、領地へ流入してくる魔物の数が増大しております。また、各地の魔物の活動も活発になっており、王国も全体的に治安が悪化。領地へ逃亡してくる避難民の数も増加しています。やはり魔王生誕の報による魔物の活動の激化の予測は正しかったようです」


「そうか、では我が家の私兵を投入し、領内及びその周辺の安寧をはかれ。財源はこの前、竜を討伐した時の褒美金から出して構わん」


「......オルト様一人で討伐した際の褒美金ですが、よろしいのでしょうか?」


「構わん。次の報告をしろ」


「分かりました」


諜報員は報告を続ける。


「異世界より召喚されたマコト=クスノキが本格的に勇者として覚醒したようで、ミノタウロスの討伐に成功したようです」


遅い。報告を聞いたオルトはそう思った。


「どれほどの余力を残してだ」


「辛勝、だそうです」


オルトは顔を顰めた。ミノタウロスは確かに魔物の中ではそこそこ強い、上位の生物となるだろうが、ミノタウロスより強い存在なんてたくさんいる。今後激化が予想される魔物、及び魔王率いる魔人達との戦いに本当に勇者が戦力となり得るのか。オルトは不安を抱いていた。


彼にとってミノタウロスは四歳の時にくびり殺した経験があるので、いくら訓練を始めて一ヶ月だろうとその成長は遅く感じたのだ。


(今度、何かしら手をうたないとな)


以前オルトが勇者を見た時、オルトからすれば勇者というのは可能性の塊と思えた。揺るぎない決意を持って鍛錬を積めば、最終的には自分を超えることすらできる可能性だってあり得ると思えたのだ。それが未だミノタウロス程度の相手に辛勝とは、精神的な要因で成長を阻害する何かがあるのだろうとオルトは考えた。


そこまででオルトは思案を続け、次の報告を促す。


「マルテル家が、この間の暗殺事件はオルト様が引き起こされたのではと疑っており、どうやら子女がオルト様の身辺を秘密裏に捜査しているようです」


「そうか」


「対策はうたないのですか?」


「必要ない。どうせ証拠などでない、するだけ無駄だ」


「.......了解しました。これで報告を終わります」


リナリアは何か言いたげな顔をするが、そのことで口を開くことはなかった。彼女の首には奴隷の首輪という物が巻かれており、諜報員たる彼女は機密保護のため、主の許可なく必要以外のことを喋ることはできないのだ。他にも、奴隷の首輪は彼女の行動を多数制限している。彼女に基本的な人権などないに等しい。


「分かった。引き続き前と同じ対象の調査を頼む。あとは下がれ......おやすみ」


「......もったいなきお言葉、ありがとうございます」


そうして、リナリアは部屋から消えた。一人、部屋の椅子に座るオルトは目を閉じて今後のことについて思考を巡らした。


アウレリウス家当主、オルト=アウレリウス。彼は男爵だったアウレリウス家を公爵の地位にまで押し上げた英傑であり、



また、黒い噂の絶えない悪徳貴族でもあった。

























部屋から出たリナリアは悲しげに目を細め、ため息をついた。その姿は悪い主人に仕えさせられ、望まぬことを強いられる不幸な奴隷であるように常人には見えるだろう。しかし、彼女についてる尻尾や頭頂部に二つある猫の耳が、大衆の意見を大幅に変える。


この国、いやこの世界の人間にとって獣人は差別の対象である。獣人、獣の人と書いてじゅうじんと読むが、こう呼ばれている時点で差別意識は明らかだ。


そんな彼女のことをこの世界の人物は誰も可哀想とは思わない。そもそも、獣人の奴隷を大金持ちである公爵家が仕わせるのは本人の嗜好を疑われるほどの異常であり、事実、公爵家の当主は獣人好きの変態と周りに噂されているほどだ。


しかし、オルトは特にそういった性癖は持ってはいない。つまり言い換えれば、ある意味これは彼の人柄の証明でもあるのだ。


オルトに重用されている奴隷リナリアは、周りの偏見に惑わされない真の主の姿を知っていた。


彼女はまだ幼い頃、主人であるオルトに買われた。奴隷商に捕らえられ、死ぬまで重労働させられる運命に絶望していた時、オルトは彼女に温かいスープやパンを与え、こういったのだ。



『いっしょに、いもうとをまもってほしい』



その時は食べ物に釣られてこくこくと首を振ったが、オルトが悪い人ではないということをこの時リナリアは知った。


リナリアは主人への言動を縛る奴隷の首輪を恨めがましく睨む。彼女は自由を望んでいるのだ。オルトは自身と関係が深い者ほど、自身の機密を漏らさないように様々な拘束をかける。秘書と言っていっても過言ではないほど重要な地位にいる彼女は、他の奴隷と違って言論の自由すら存在しないのだ。


リナリアは現状の不自由を激しく憎み、熱烈に自由を願っていた。


なぜなら首輪が存在する限り、彼女は自身の想いを孤独な主人に伝えることすらできないのだから。











リナリア

黒髪黒目の美しい猫の獣人であり、諜報役、及び秘書のような存在としてオルトに仕える奴隷である。戦闘、諜報、事務処理その他頭脳労働全般、とても秀でた能力を持つ優秀な女性。言論、行動の自由を熱烈に望んでいる。



世界史メモ


獣人差別の理由

※差別には様々な理由がありますので、その理由を解説します。

まず獣人の特徴として、身体が普通の人より丈夫で、身体能力が高いということがあります。


これにより、人間より簡単に狩猟により食糧を得られるので、必要性の低下により技術、学問、魔法の発達が人間より遅れます。


これらの理由により、人間は獣人より進んだ技術で共鳴魔法という技術を確立したり、身体能力の高い獣人対策として、物理耐性が高い防具や魔具を開発し、人間側が一気に集団戦闘における優位を得ます。


*共鳴魔法。同時に詠唱し、魔法を共鳴させ、魔法を合体させて放つ魔法。普通に放つより何倍も効果が大きくなり、戦略魔法としての効果は絶大。だいたい戦争に用いられる。


こういったことにより、獣人の国は戦争で惨敗し、奴隷となり、差別される立場になりました。また、戦争を行うということは戦費を調達するため、当然増税が行われます。これにより当時できていた人々の不満を誤魔化すため、人々よりさらに地位が下の獣人を差別対象として定着させ、不満をぶつけさせるということです。


さらに、獣人奴隷というのは丈夫で身体能力が高いということから、様々な労働に重宝され、獣人が差別される奴隷として存在していた方が都合が良い商人(資本家)などが現れ、獣人差別の反対は政治的圧力もかけられるようになったのでした。


地球の例的には、黒人などの有色人種と産業革命を起こした白人たちの関係が近いです。この世界ではまだ日露戦争や第一次世界大戦、第二次世界大戦のような有色人種(獣人)が白人(人間)に大きな被害を与える戦争が起きていないので、民衆レベルで差別は根付いています。

春から無事大学生になります。需要があるかは知りませんが、頑張って更新していきます

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