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逃亡中

作者: ちょもらん

一.

 私は私自身を極々普通の人間だと思う。生まれも中流、育ちも中流、勉強もスポーツも普通である。そんな私が普通でないことをあげるとすれば兄が物凄いとしかいいようがない。


 兄の光輝は幼少の砌から天才だった。幼稚園で因数分解を解き、小学校で外国の大学に飛び級して入り卒業までする。そして十五で「人工衛星なんていわずスペースコロニーをオール日本製で作るわ」と帰ってきた。理数の頭のよさは素晴らしいが精神はそれなりなので外国での口喧嘩の末の帰国である。


 そんなあり得ないくらい頭がいい兄を持つ私は最近また物凄い友達ができた。姫華ちゃんである。うちに遊びに来て頭は学者心は子どもの兄の蘊蓄も嫌がらないし、クラスの不良も我儘生徒会長にも笑顔で接する天使、姫華ちゃん。天使すぎる優しさや可愛さで政治家や財閥まで食い込むと噂される大物だ。兄よりインパクトがない? そんなことはない。彼女が哀しめば世界中が手をさしのべるし、喜ぶのならば動物園から猛獣が一輪の花をくわえて傅きにくる。戦争は嫌だと動画を流せば姫華記念日という国連指定の休戦日もできた。そういう地球の天使が姫華ちゃんなのである。


 本来なら私が友達なんておこがましいのだけれども姫華ちゃんが普通の学校に通いたがり、普通の女友達を欲し、私を望んだ。これだけの理由で十分私は彼女の友人足りえる。

 だから友人として極々普通の私は姫華ちゃんと放課後一緒に駅に向かって行くのは当然だった。最近流行りの曲の話をしながらカラオケによろうかなんて話していたのだ。


 それが突然、


 姫華ちゃんの足下が急に光る。見れば地面に不自然な幾何学模様があり、それがレーザーのように赤い光を発していた。

 私にはわかる。これは姫華ちゃんを狙った物だ。彼女の愛が欲しくて暴走する馬鹿はたまにいる。どういう物かはわからないが彼女一人を狙うなんて十中八九暴走した姫華ファンだ。これに姫華ちゃんを触れ続けさせるなんて絶対に許されない。守らなければ。

 姫華ちゃんの腕を引っ張り、反動で私がその模様の上に立つ。だめ押しに更に彼女を押した。


「由紀ちゃん!」


「逃げて!」


 泣きそうな顔で倒れ行く姫華ちゃん。彼女が地面につく前に、私の視界は駅前の道路から白の壁に変わってしまった。

 守れたのだろうか? 安堵と混乱にへたりこむと同時に激痛が走る。


「うあああああああああ」


 姫華ちゃんを押した時にレーザーの照射範囲外にあった私の手が両方ともすっぱりなくなっていた。目でみたあとどうしようもなくなりのたうち回る。意味をなさない言葉と傷み。そのまま意識を失った。




 目覚めると石でできた天井が見えた。ここはどこかわからない。けれどすぐに思い出す。あの時、姫華ちゃんを助けた私は彼女の代わりにテレポートのような魔法みたいな現象にあったのだ。ということは私は姫華ファンに拉致されている。彼女自身なら大丈夫だろうが、私じゃ生きているのが不思議なくらい。


 何で助けたのだろう。ため息が出た。何でってそりゃ……何でだ? 急速に頭の中で今までのことが走り抜けた。私と友達と一方的に言われて、それまでの友達と切り離された私。家に連れてってとお願いされて気難しい兄がいるのにホイホイ連れていった私。生徒会長の婚約者を調べてと言われて通帳片手に素直に探偵事務所にいく私。どれもこれも疑問も嫌だという感情もなく当たり前として行ってきた。おかしい。普通の女子高生心理じゃない。おかしい。なんだったのだ。頭を抱える。


 頭を抱える? 抱えた? 頭上からそっと手を下ろして目の前に広げた。開いて閉じて開いて。あれは夢? 私の切断された腕は綺麗に存在して動いている。呆然と手を眺めていると私がいるベッドの横から声がした。


「落ち着いたか? まだなら言え。治療する」


 見るからに外国人の男がいた。男の癖に白いワンピースを着ていて目付きが凶悪。思わず自分をだく。すると男は眉間にシワを寄せて右手を差し出してきた。


「何?」


「安心しろ。精神安定の軽い魔法だ」


 魔法? ふざけんな! 誘拐犯めと睨むと男の手がぼやける。まるでそこだけ蜃気楼が起きたような情景に目が点になった。


「落ち着いたな? お前の状況を話してやる。まずは召喚についてからだ」


 ふざけた説明だが大人しく聞けた。わきにある椅子に腰を掛けた男は淡々と話し出す。


 この国はラインバックという魔法使いがいるファンタジー国家だ。ファンタジーはファンタジーらしく魔物もいれば魔王がいる。魔王が暴れるとこの世界の人間は終わるというわかりやすい状況のため、沢山の国から魔法使いを呼んで勇者をサポートする神の巫女を大神殿で召喚した。これが呼び出す前の話。


 召喚が終わり、神の光が消えると叫び声が響いた。のたうち回りやがて動かなくなった巫女を見て魔法使いたちは慌てて治療を施す。何故巫女は怪我をしていたのか? 当然、怪我の治療が終わった魔法使いたちは話し合った。一人の魔法使いが「では巫女がこちらに来る前に何が起きたのか探ってみましょう」と言う。


「本来なら神の巫女を詮索するだとか、大罪人用の過去視の道具なんか使わない。だが事が事だ。神の国で何か問題があるのならば我々の信仰心をお送りするべきだとそれらしいことを言ってお前の過去を暴く。本音は神の国を覗き見したいだけの不敬な輩だ」


 男は顔を歪めて吐き捨てた。そこからはなんとなく言われないでもわかる。本来なら来るはずの姫華は弾かれ、私が飛び込んだ。きっと神の巫女なんかじゃないと解って揉めたのだろう。


「お前は一応、神の国で巫女の第一の従者で、巫女をお守りするのは極々当たり前のことだと結論付けられた。魔王の爪痕を浄化する巫女は手に入らなかったが、神罰は怖い。結局何のメリットもない国賓になった。召喚のための魔石ももうない。辛い思いをする前に野に下るといい」


 男は話は終わりだとばかりに立ち上がり扉に向かう。


「そうそう、お前にかかっていた厄介な呪いは解いてやったぞ。餞別だ」


 それはもしかしなくても姫華に違和感をわかずに従っていたアレじゃないだろうか。


「待って」


「何だ?」


「多分魅了だとかの精神汚染系の呪いよね?」


「ああ、巫女に服従するようになっていたよ。本物を呼んだらうちの世界もああなってただろうな」


 彼は私だけじゃなく私がいたあの世界中に姫華の呪いがかかっていることを理解していた。


「巫女がただの魔女で、神の世界なんてないって知って失望した?」


「全然。俺は神を信じない。予言も運命もクソ食らえだ」


 何もかも無くしてたった一人ファンタジー世界に放り出された。けれどもこの男の親切はいいスタートである。元の世界の異常な呪いや柵から解放されたことを知った。冷静でいれる魔法も貰った。


「ねぇ、手ぶらで逃げ出すには私は何も知らないの。悪いけど手引きくらいまでは手伝ってもらえない?」


「俺にも大罪人になれと? ハハッ、かまわない。この国も終わりだ。お前がいればお前の国へ逃げる道筋があるかもしれない」


 そしてなかなかいい案内人を手に入れた。





二.


「アルベルト?」


「ああ、それが俺の名前だ」


 自己紹介をしてわかったことが増えた。ラインバック国のアルベルト。国名を聞いてぼんやり思い出していたが兄がタイムアタックをしたやたらとムービーが長いゲーム、ネバーエンディングファンタジーⅦの設定によく似ている。


「もしかしてだけど、勇者の名前はユーノスで、魔王はベラドンナとかいう女の魔王だったりしない?」


「その通りだが……何故それを?」


 笑いが止まらなくなった。私、ゲームの世界に来ている。手を切断された時点でストーリーは狂っているけれども間違いなくネバーエンディングファンタジーだ。

 簡単にアルベルトにゲームについて説明する。長編RPGで無印からそのままに今は十作品目がでている人気作。


「初代王がした魔王の封印が解かれるⅡ。封印を回避して転生しダークエルフに生まれた魔王を探すⅢ。別大陸にきた新魔王を倒すⅣ。異世界からきた邪神を倒すⅤ。そのあとは異世界から呼んだ花嫁を拐われる話に、王位継承争いで魔王に乗っ取られる話、そして今回の邪神と魔王のダブルボスですか、そうですか」


 険しい顔で頷くアルベルト。どうやらここはネバーエンディングファンタジーの六作品目までが正史であり、七作品目の始まりらしい。


「セブンのアルベルト。勇者についていく魔法使いの養父はあなたの魔法の師匠よね?」


「ああ……」


 アルベルトは後から来た弟弟子に嫉妬している。正しくゲーム通りならば、その後から来た奴が師匠の養子になり、勇者についていく栄誉も持っていったせいで、あいつさえいなければ俺がとなるのだ。


「アルベルト、私が物語を狂わせてるから確実とは言わない。けど、勇者についていったあなたの弟弟子はミラージュの森で死ぬわよ」


「はぁ?!」


 ついでに弟弟子の死を知らないアルベルトは不満を膨らませ過ぎて邪神にスカウトされて中ボスになる。

 そして朗報がある。セブンなら神の巫女との恋愛フラグを勇者が回収しないと巫女は神の国に帰るのだ。


「神の国かはわからないけどこの世界から脱出する手掛かりがあるよ。更にあなたの魔力が増えるパワーアップイベントもあるわ」


「一体なんなんだ、ユキが何者かわからない」


「少なくとも神には見放されてるわね」


 まずは新しく神の加護を受けて帰還のための魔力を手に入れないといけない。邪神に頼んで力を貰って、魔王城の地下の魔法陣を使う。それで逃亡は可能なはずだ。


「邪神召喚の儀式ってわかる?」


 呆れた顔のアルベルトはわかるわけないだろと叫んだ。




 私とアルベルトは大神殿を抜け出して各地の教会や城に忍び込み、古書をこれでもかと漁る旅をした。勇者御一行は巫女が欠けたまま予定通りジグザクに魔王城に進行していると風の噂に聞く。私たちは勇者とかち合わないよう直線になるように魔王城に進行して遂に先に到着することになった。予定通り。さくっと邪神の加護を二人一緒に貰って、ゲームのように邪神を宝玉に封印。このあと八作目で復活するのを知っているが、百年は玉の中だ。気にしても私が墓の下でのできごとである。


「ユキ、お前が真の邪神だと思う」


「買い被りすぎだよ。この玉がある限り今の魔力は保持できるけど、これ以上は無理だもの」


 結構ファンタジー世界に染まった私はサクサク邪神からいただいた魔法を使って魔王城の地下に進んだ。アルベルトは私が染まる分、ドン引きがパッシブスキルでついてしまい厨二病は発病せず意外とまともである。狂人度合いが高くて素敵な悪役だったのに残念だ。


「さっきは邪神だなんていったけど、こんなクソみたいな世界から逃がしてくれるお前は俺の中では女神様だよ」


 急にアルベルトがデレたのは魔法陣の上だった。離ればなれにならないように握った手に力をこめる。


「アルベルト、できればあなたが狂人になってからその台詞を聞きたかったわ」


 私と出会ってからデフォルトになった呆れた顔が返ってきた。

 笑顔で魔法陣に魔力を注ぐ。この世界で多分邪神の狂信者として死ぬ運命だったアルベルトと私は仲良く異世界旅行へと洒落こんだ。




 私とアルベルトの視界は赤く染まっていたが急に白く眩しいものに変わった。前回ネバーエンディングファンタジーの世界に降り立った時、私は観察していなかったがアルベルトは白く輝く魔法陣から私が出たという。恐らく出口の色なのだと思う。光が収縮して目が慣れるまで時間をかかった。


「異世界……なのか?」


 アルベルトの握った手から力が抜ける。ぐと力をこめてへたりこませないようにした。


「肉体的損傷がないかチェックするまで座っちゃダメよ」


 前回はそのまま立てなくなった。ちゃんと魔法陣からはみ出さないように入ったが確認するまでは休んではいけない。アルベルトみたいに親切なツンデレが都合よくいるとは限らないのだから。

 痛みがないかを意識しつつ慣れ始めた目で周辺を探る。


「これは金属の街か?」


 先に目が慣れたらしいアルベルトがぎゅっと手に力を入れて聞いてくる。私がみた感じでは近未来SFといえる街だ。


「不味いね。SFといえば管理社会じゃない。再転移まで魔力どのくらいでたまるかな」


 言ってる側から視界に空飛ぶラジコンヘリみたいな物が入る。あれは監視カメラだな。


「あのちっこい飛んでる奴に見つからないように逃げよう。恐らく牢獄一直線だよ」


 手を握ったまま二人で細い路地に入った。確認したが道を定期巡回しているようで家と家との間には入ってこない。ほっとしてから手近な窓を割って侵入する。


「おい、ユキ、何を」


「再転移まで隠れなきゃでしょ。こんな管理社会で昼間に家にいるまともな奴はいないわ」


 それに今までどれだけ神殿に侵入してきたよ。今更の話だと切って家の中に入った。すると後頭部に何かを押し付けられる。


「確かにまともな奴は家にいないわな」


 窓枠に跨がったままアルベルトが首をかしげる。


「それは武器の一種か?」


 アルベルトが理解できないこんな小さなもの、恐らく銃を突きつけられた私は振り返らずに聞いてみることにした。物理体勢は高いので酷い科学じゃない限り大丈夫なはず。


「この国の国名とあなたの名前をお聞きしても? 私はユキ、彼はアルベルト」


「随分と胆がすわってやがる。わしはクリス。クリス・バッカス。国はユトピア。それで何の目的で?」


 ああ、おかしい。また創作物の世界ですか。そうですか。


「クリス、この国から脱出してみない? あなたの『解放同盟』はサリアの密告で監視されている」


「ああ? サリアが裏切るわけないだろ? お前はどこの誰だ?!」


「異世界の逃亡者だ。そして魔法使い」


 アルベルトの魔法でクリスの拳銃が部屋の中央まで吹っ飛んだ。なんとなく付き合いの長いアルベルトは理解したらしい。


「素直に逃亡にのったがいい。多分最大のチャンスだ」


 驚いて腰が抜けたクリスを振り向く。映画の俳優まんまだな。


「サリアは病気の弟の治療のために市民権を欲してるの。解放同盟の会合について密告していて、建国記念日の前日に粛清がくる。あなたはそこそこ逃延びれるけど市民権を得て健康になったサリアの弟に半年くらいで殺される。今度はサリアの減刑のためにね。サリアにそんな弟がいるかどうかくらいなら調べられるでしょ?」


 神がいないこの世界では情報だけが信じられる。端末らしきものを掴んでクリスに持たせた。


「再転移まで五時間くらいよ。それまでに答えを聞かせて頂戴」


 こうして逃亡者は数を増やしていく。




三.


 アルベルト、クリス、その他二十数名。行く先々のゲーム、映画、マンガ、小説と私でも知っている有名作品の世界で拾った逃亡者の数である。一体どんな引きなのかはわからないが、主人公のヒーローヒロインではなく悪落ちしたり黒幕前の前座だったりする人物と知り合った。国も世界観も毎回違うのだけれどもとにかくこれから不幸になりそうでありながら皆いい能力を持っている。


 全スカウトしてきた。魔法も科学も超能力も一線級の軍団。転移術も攻撃力も防御力もガンガン上がる。そろそろ国も何もない落ち着いた土地を見つけたら皆で腰を落ち着けようかとなってきた。悪人面が多い気もするが皆各々心の傷を持ち支え合った強い友情が育まれた仲間である。意外と青春集団なのだ。


 そんな土地探しでついた先は現代日本。当然、未開の地などない。


「現代日本かー。この世界は土地ないから再転移で。あ、時間あるなら買い物してきていい?」


「私も私も」


 断罪ヒロイン、透子ちゃんが買い物デートに付き合ってくれるらしい。彼女は最近流行りの悪役令嬢転生物の転生ヒロイン。ざまぁ前に救出してきたので転生後の外国人面だが、中身は日本人だ。世界が違えども日本と定義された世界ならカップ麺だとかコンビニ菓子だとか、創作物にない懐かしいものが共通で探せる。


「待て。荷物持ちに俺もいく。お前ら顔がいいんだから女だけでいこうとするな」


 アルベルトはそういうがヒロインの透子ちゃんがいると私は良くも見えない。仲間の悪人面率が高いせいで身内では可愛く見えるかもしれないが私は現代日本じゃモブ顔だ。両手に花の悪人面は微妙な絵面だが買い物前の現金調達に初期メンバーの魔法使いは悪くない。


「さくっと魔法でスリでもしますか」


「強盗に外国人は目立つしそれしかないかなぁ」


「お前らマフィアのカーンも改心したのに吸いとったように悪人になっていくよな」


 異世界転移逃亡者は清く正しく生きていけないのである。ちなみにカーンは物凄い悪人が普通の悪人にランクダウンしただけで物資調達を頼めば同じことをして来る。改心レベルはマックスではない。


 透子ちゃんとアルベルトを連れて資金を手に入れてスーパーに入った。懐かしいスーパーの香りに笑みがこぼれる。


「カップ麺はあるだけ備蓄したいね。あとペットボトルも役に立つかな」


「調味料もじゃない? お、流石創作物転移しかしない由紀ちゃん。カップヌードルがコップヌードルになってるー」


 ん? 今聞き捨てならないことを聞いたような。


「由紀ちゃん! 無事だったのね!」


 背中からの軽い衝撃とバリアの自動展開。振り返ると少し大人になった姫華がいる。もしかして帰ってきた?


「おー、小鳩姫華だー」


 透子ちゃんが姫華を指差して笑っている。


「透子ちゃん?」


「由紀ちゃん、姫華を無視しないで!」


 ガツンと対魔法のバリアが展開された。バリアが出たのを見て魔法が見えるアルベルトは私を背に隠して姫華と向き合う。透子ちゃんは空気を読んだのか読まなかったのか買い物カートを押して消えた。


「ユキ、これが巫女か?」


「そうよ。みた感じあれから三年は経ってるわね」


「どうして姫華を無視するの?」


 姫華が泣いてスーパーにいる客や従業員が走ってきて私たちを殴る。しかし、バリアが仕事をしていた。


「由紀ちゃーん、カップ麺とペットボトル積めるだけ積んだよー。魔法でよろしく!」


 荷物もりもりで帰ってきた透子ちゃんが叫ぶ。彼女が巻き込まれる前にカートごと異世界転移陣の側に転移させた。


「私たちも帰りましょうか。侵入不可を強めないと」


「それよりもっと面白い方法がある」


 アルベルトが手をふって魔を祓う印を刻む。ライバル陰陽師をやっていた悪落ち前の安部君から習ったお手軽解呪術だ。

 キリッと空気が澄み渡り、スーパー内なのにまるで神域にいるような気持ちになる。清い空気に深呼吸するとバリアを殴っていた人たちの動きが止まった。


「こいつらだけじゃねぇよ。本人の化けの皮もハゲ始めた」


 アルベルトが指さしする方は姫華がいる。パニック状態の人を掻き分けるとそこには見たことのない女がいた。


「なんで止めちゃうの?姫華泣いてるのに!」


 なるほど、姫華にかかっていた魔法は人を従えるパッシブだけじゃなく、美貌もその内だったのか。


「ユキ、これトーコが受ける予定だったざまぁとかいう奴じゃねぇのか?」


「その通りなんだけど助けたくない。腕なくして死にかけたし。何より同情も改心ポイントもない」


 そりゃそうだと肩を竦めたアルベルトは私を包み込むように視界を隠して転移をしてくれた。アルベルトに隠して貰った目からは隠せない涙が溢れてくる。


「ユキ、この世界でお前の憂いは多分消えた。ここに残るか?」


 家族に会いたい。姫華に取り込まれる前の友人に会いたい。けれどみんな変わってしまっている。解呪しても三年以上行方不明だったのだから以前のようにとはいかないだろう。


「アルベルト、ここじゃ学歴も職歴もない人間はなかなか生きていけないのよ」


「ここも管理社会か。そりゃ居座れないな」


 管理社会を何回か見ているアルベルトはここがそこまで厳しくないこともわかっているだろう。生きていくくらいならできる。ただ心の支えがないだけだ。姫華が入り込んでいるだろう家にも学校にも行きたくないだけなのだ。


「お前も俺たちと変わらないな。仲間と安住の地を探そう。トーコには聞かなきゃならないことが山ほどあるしな」


 私はアルベルトの腕のなかで泣く。彼は彼らは創作物の人物じゃない。私の仲間だ。本気で泣いても優しく頭を撫でてくれる倫理なんか無視した甘い人たちなのだ。




四.


「あー、どうにも一番上位世界は私だったっぽい」


 透子ちゃんの説明は新たな発見が一杯であった。

 私が創作物の世界と判断した物と似たような話が透子ちゃんの出身世界にもあるそうだ。そして著作権だとかパロディーなんて理由で大体の創作物はまんまの転載ではなくて一捻りの改編があるものらしい。私の世界には無いものだ。どんな創作物のカップ麺もコップヌードルだったりするように。


 透子ちゃんが一番上位世界と判断したのは私を含む全員の世界を改編ありで知っていたことにある。そして創作は創作。設定が緩めに作ってある。今まで皆を知る私が最上位の世界だと思い込んでいたが、著作権法がないように法律が甘かったり身体能力の差が激しいのにあまり気にせず組織を作ったりの不思議な点だ。逃亡を繰り返していくうちに皆過去を振り返ってどうして疑問視しなかったのだろうという。透子ちゃんの出身地にはその甘さがこの中で比較的少ない。何より今まで上位だと思っていた私の世界が透子ちゃんの世界の創作物だったことも大きい。


「いや、私の転生した世界は由紀ちゃんの世界の創作物だったけどね」


 ややこしいが私たちが辿り着いていない未だ見ぬ透子ちゃんの自我が生まれた方の世界が上位世界である。

 そんなわけで今までのやり方じゃトラブル満載のパロディー設定の世界に出やすいので転移陣を大幅に改良して上位世界にアタックをすることになった。転移しちゃあ人を増やしながらよりまともな世界を目指して我々は逃亡中である。






由紀

 少女マンガ『世界は私のためにあるッ!』というギャグテイスト出身。主人公最強ギャグなのでシリアスになりきれない呪いにもかかっていた。序盤転校生主人公に「流石姫華ちゃん」と毎回いうだけの役柄。連載後半になると一人だけ世界のお約束シリアスなしから脱して当て馬ライバルになる予定だった。



アルベルト

 ゲーム『ネバーエンディングファンタジーⅦ』の中ボス。作中にあるように拗らせて中ボスになる予定だった。由紀が来たせいで最初から勇者パーティーにケチがついたので出会った時点でストレス値が低くてちょっぴり親切に。その後も逞しくなる由紀にドン引きしたり、魔法研究で忙しかったりで全然悪役方向に育たなかった。これには邪神も戸惑いつつ加護を渡す。原作、中ボスより弱かったが代わりに器用貧乏になっていた。



クリス

 映画『ディストピアの灰』で主人公が殺した後に真相を知り死ぬまで懺悔する死んでこその配役。地下組織の大物でハッキングと機械いじりがチート。原作は主人公敗北物なのでクリスが消えて主人公が病気のまま死んでも世界のドラマがひとつ消える程度である。超SF世界の人間が魔法を解析するとヤバイ。由紀が宝玉内の邪神を脅して加護持ちになったので魔法もできる。



透子

 Web小説『悪役令嬢から始まる逆ハーレム?』のヒロインという名の当て馬役。全124話という長い作品だが最初の断罪復讐パートの数話にしか出てこない。その後の逆ハーレム展開で思い出したように本人不在でdisられる。別に悪役令嬢ものにせずに普通に書いた方が逆ハー好きに受けるとコメントが荒れた。最初の数話以前に由紀軍団に脱出させてもらっている。新入りから数えた方が早いので由紀軍団ではショボいが原作ではレア属性だとか前世知識があるのでチートではあった。



姫華

 少女マンガ『世界は私のためにあるッ!』主人公。毎回ドタバタ劇を繰り広げるが最強ギャグ主人公なので皆笑顔で許してくれるし思うがままのご都合展開になる。チートの固まりがチート無くしたら何も残らんやろー。まさしく彼女の世界だったがアルベルトに解呪されてしまった。



ネバーエンディングファンタジーⅦのその後

 勇者パーティーは魔王城に行くがそこには瓦礫の山と弱体化した魔王がいた。邪神はどこに?魔王と喧嘩別れしたであろう邪神を探さなくてはならないので旅は終わらない。続編の八作目も邪神が黒幕なのでもちろん始まらない。おかげで間二百年魔王邪神のいない平和が続いた。そして勇者文化は廃れた。やってくる九作目で世界は滅ぶ。



ディストピアの灰のその後

 サリアは情報を正しく売らなかったと二重スパイ疑惑で投獄される。弟はそのまま誰に看取られることもなく死亡。何の物語も始まらなかった。クリスの組織『解放同盟』はクリスが逃亡前に忠告したので壊滅はまのがれたが寿命が少し伸びた程度。救いのない話が何もない話になった。



悪役令嬢から始まる逆ハーレム?のその後

 透子が逆ハーレム主の状態で逃亡したので逆転予定だった悪役令嬢が消したと責め立てられる。一つ一つ透子の嘘をほどいていくが最終的に「だから消したのか?」となってしまう。思い出は美しい。弁明の機会なく消えた愛しい女が本当に悪女だったのか死人に口無しだしなぁといまいち嫌えない。悪役令嬢の逆転もいまいち冴えない。誰もが腑に落ちずギスギスする。逆ハーレムで戦争勝利の団結展開もなく敗戦。悪役令嬢は一人だけうまいこと国を逃げる。転生者流石です。



世界は私のためにあるッ!のその後

 姫華自身のキラキラエフェクトと美貌、魅了系パッシブが消えた。姫華は誰が見ても姫華に見えない状態に! 突然の身分証明無効である。家にも大学にも入れない。そんな中でもキラキラ中の動画は再生数を伸ばすのでキラキラ姫華の呪い患者は世界規模で拡大中。世界自体にシリアス無効の呪いがあるので姫華ロスだが予々平和。なので悲惨なわりには姫華も元気ではある。ギャグ補正ってすごい。忘れていたが由紀の兄、光輝は妹探しの異次元妹探知機を開発。現在は異次元送迎機を作っている。兄の方から会いにくる日は近い

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― 新着の感想 ―
[一言] お兄ちゃんすげぇ 魔王様不憫 最上位世界こそ管理世界なのだから、それこそ居辛かろうに。政情不安国にでも行く? と、いうかそこまで強くなったのなら、みんなでバッドエンドをぶっ飛ばそうよ(笑) …
[一言] 上位世界の部分が複雑で面白かった。 下で説明されてる部分をちゃんと小説で読みたい。
[一言] すごく面白かったので、省略された部分を連載でじっくり読みたいです。お兄さんが追いつくまでとか。
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