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魔女探偵ルビー誕生

作者: 宮古奈都

 昔々、百年も昔のお話です。時代は、江戸幕府が幕を閉じ、「明治」に移り幾数十年、文明開化も進んだ日本に西洋の文化が取り入られてきました。

そして、また人も舞い込んできたのでした。

この土地に辿り着いた瞬間、ルビーはここだと確信しました。世代ごとに薄れていく魔女の血が騒ぐのです。指先から体全身を巡る血液が沸騰するように、心臓が熱くとくんとくんと胸を打つのです。

ここは、東京のある港町です。名前は「霞ヶ浦」と言います。

潮風に吹かれてルビーは港に来ていました。舟が並び浮かび、漁師達が忙しそうに魚を箱に入れています。

ルビーは興味深そうに見て、近くにいた漁師のおじさんに声をかけました。

「ニイハオ」

「……」

おじさんは固まっています。それもそのはずです。ルビーは日本人から見たら外人です。ルビーの容姿は茶髪に肩にかかるくらいの髪の長さで白い絹のリボンで二つに結んでいます。瞳は青く、顔立ちは愛嬌のある顔です。鼻はあまり高くなく、目は垂れ目で唇はぽってりとほんのり赤く、鼻から頬にそばかすがてんてんとついているのでした。そして、服装です。服装は黒の肩の袖が膨らんだワンピースに黒のマントを着ています。荷物は古びた黒いショルダーバックを肩にかけています。ルビーに話しかけられたおじさんは、目をぱちくりさせて言いました。

「……にいはお。中国の子かい?」

「いいえ。チャイニーズ、違います」

ルビーは国の挨拶を間違えてしまったと気付きました。

「どこから着たんだい?」

「アメリカです」

「お嬢ちゃん一人できたのかい?」

「はい」

「お、すげーな!」

おじさんは一人でルビーがアメリカから日本に来たことに驚いています。

 ぐうとルビーのお腹が盛大になりました。

「お嬢ちゃん、腹減っているのかい?」

「……はい」

すると、おじさんは「ちょっと待ってね」と言いながら、大きな魚を一匹、袋に入れて持たせてくれました。

「これはマグロと言う魚だよ。刺身にして食べるとうまいんだ。持っていきな」

「ありがとうございます。」

 ルビーはおじさんに感謝して魚をもらいました。

 幸運なことに魚を手に入れたルビーは心を躍らせて港を後にしました。

 例え貰った物が重くてぬるぬるとしてちょっと生臭くっても、初めて訪れた土地の人から貰った物は嬉しくて大切な物なのでした。

 港から歩いて三〇分位したでしょうか。ぽつんぽつんとあった家がだんだん増えて、町の中に入ったようでした。

 瓦を重ねた屋根に木を柱にした木造の建物に白い障子が、あるいはガラスがはめられた窓。

 どれもルビーには珍しくて素晴らしい光景なのでした。

 商店街に入ったのでしょうか。色々なお店が並んでいます。野菜が並んだ八百屋。布団を売っている布団屋さん。着物を売っている呉服屋さん。花を売っている花屋さんなど沢山のお店がありました。

 お店には看板があり、文字が書いてありましたが、ルビーは読めません。魔女の血の能力で色んな世界の言葉が分かるのですが、文字までは分からないのでした。

 しかし、看板の横には絵が描いてあり、ルビーにも何屋さんか何となく分かるのでした。

 いくつか、看板の絵を見ていると、魚の絵が描かれた物を見つけました。ルビーには読めませんが、剛田寿司と書かれています。お寿司屋さんです。

 魚の絵に興味を持ってルビーはこのお店の中に入ることにしました。

 中に入ると鈴の音がちりんちりんとなり、玄関がありました。ルビーはどうしたらいいのか悩みました。

(くつのまま、上がってしまっていいのかしら)

 悩んでいると、奥から白い服を着たおじさんが現れました。

「いらっしゃい。お嬢ちゃん、外国人かい?」

ルビーは驚きました。港で会ったおじさんだったからです。

「はい、そうです」

「お金は持っているのかい」

「いえ、でも、魚は持ってます」

そう言って、ルビーは袋の中の魚をおじさんに見せました。

「小ぶりだが、マグロじゃないか、どこから手に入れたんだ」

「港でおじさんにそっくりな漁師のおじさんです」

「俺にそっくりだと……」

おじさんは少し考え込むようにして言いました。

「これも何かの縁だ。その魚、俺がさばいてやろう」

おじさんは言いました。

 ルビーはおじさんにマグロを渡しました。

「よし!特別にマグロの解体を直に見せてやるから、奥の座敷に座って待っとれ」

「すみません、おじさん」

「なんだ」

「あの、くつは脱いだ方がいいんでしょうか」

「ああ、くつは脱いでそこの下駄箱に置いておくんだ」

こうして、ルビーはお寿司屋さんに入ってマグロの解体を真近で見られることになったのです。

 まず、マグロの頭と尾を落とします。こうした状態をドレスと言います。おじさんは出刃で内臓を取り出し、尾の方から頭の方へ包丁を入れ、ぱかっとマグロがきれいに開きました。骨に沿って包丁を入れ、マグロをさばいていきました。

 おじさんはそのさばいたマグロの切れ身で色々な料理を作ってルビーに御馳走してくれました。

 まずは刺身。マグロを食べやすく一口に切ったもので、魚の赤みに油がのったマグロに醤油を付けて食べると、頬っぺたが落ちるほどおいしかったです。わさびを進められてほんの少し付けて食べるとつんと鼻に刺激がきて刺身はますますうま味を増しました。

 次に握りずし。マグロをお米の上にのっけたもので、これも刺身と似ていますが、お米に味が付いているのが違います。お米に酢が加わっているのです。味は濃厚なマグロに酸っぱ味のあるお米は相性が抜群です。

 最後にマグロ丼。お米の上に油ののったマグロがのっかっており、その上に、白いとろろがかかっています。醤油をかけて混ぜて食べると、ふわふわとする触感に喉越しの良さ。お米の進みがよく進みます。

 ルビーの食べっぷりの良さを見ていたおじさんはルビーを気に入ったようです。

「お嬢さん。名前は何て言うんだい。俺は剛田テンて言うんだ」

「私はルビーです」

「ルビーちゃんかい。俺ん所の姪っ子同じ位じゃないかい。泊まる所はあるのかい」

「実は……ありません」

「それじゃ、俺の兄貴の所に泊まるといい」

「いいんですか?」

「ああ、「霞荘」という下宿をやっているんだ。手紙と地図を書くから行ってみな」

今夜、泊まる所を探していたルビーに取ってはありがたい話です。ルビーはテンと言うおじさんの好意を受け取ることにしました。

 これは、魔女の直感でした。

 そして、黒い影がルビーに近づいているのも気が付いているのでした。

 書かれた地図の通りに、道を進むと霞荘と書かれた表札に大きな建物が建っていました。

 建物は瓦を重ねた屋根に、太い木の柱を使った木造の建物です。壁は土で固めていて色は綺麗な白い色です。庭が広く、古い桜の木が一本と藤の木に藤棚があり、隣には柿の木がたっていて、紫陽花や銀杏の木がすぐ側に生えていました。

 色々な植物が植えているなあとルビーは思いました。

 霞荘の武家屋敷風な玄関の扉を前にして、ルビーは大きな声で言いました。

「たのもー」

中からはーいと言う返事がして、中から出てきた人にルビーは驚きました。

 それは、なんと漁師のおじさんとお寿司屋さんのテンおじさんにそっくりなのでした。

「こんにちは、お嬢ちゃん。用件は何だい」

「はい、お寿司屋さんのテンさんからの紹介で、こちらにやって来たんですが……」

 そう言って、ルビーはテンおじさんから預かった手紙を大家さんらしいおじさんに渡しました。

 おじさんはルビーから貰った手紙を読むとふむふむと頷いて、読み終わりました。

「事情は、分かりました。しばらく、家に泊まるのを許しましょう」

「本当ですか、ありがとうございます」

「しかし、私を見て驚いただろう」

「はい」

「私達は兄弟で最初にあった漁師は一番末の弟のケンで寿司屋は二男のテンで私は長男のシンです」

「そうなんですか」

「それじゃ、ルビーちゃんの部屋に案内しますので、上がって下さい」

 大家さんのシンおじさんは優しい笑顔でルビーを中へと招き入れました。

 中はピカピカの床に木の良い香りがします。玄関は石畳になっていて、下駄箱おいてあります。下駄箱の上には花瓶が飾られており、梅の枝が挿してありました。

 大家さんに案内されて、二階へと階段を上り、二階には四部屋あり、北、南、西、東向きの部屋があって、すでに南の部屋は先に住んでいる人がいるので、ルビーは西の部屋に通されました。西の部屋は、六畳一間の和室です。

「どうだい、気に入ったでしょうか」

「はい、とても素晴らしいお部屋です」

ルビーはここが自分の部屋になると思うと嬉しくて顔がどうしてもほころんでしまうのでした。

「それじゃ、食事の時間の説明をするよ。朝ご飯は朝の7時で夕飯も7時だから、お風呂と便所は共同で使います。詳しいことは、そうだな娘の花が家に帰って来たら色々聞くといい、君と同じ位の年だから、きっと話が弾むと思います。それまで自由に過ごすといいでしょう」

「はい、わかりました」

 こうして、ルビーは霞荘の二階の西の部屋を借りることができたのでした。

 西の部屋は畳があります。そして、押入れがあり、窓がありました。ルビーはさっそく靴下を脱いで畳の感触を楽しみました。滑らかでいて弾力があって、ほんのり暖かみを感じる不思議は素材です。それから、障子を開けると空は日が傾き始めて、西日が挿しこんできます。とても綺麗な夕焼けです。ルビーはその空を日が沈むまで眺めていました。

「今晩は、開けてもいいですか」

襖の方から女の子の声がしました。

「はい、どうぞ」

そう言って、襖が開くとルビーと同じ年の十五、六歳位の女の子が立っていました。

長い髪を三つ編みで結って、くりっとした二重の黒目の女の子です。顔立ちは可愛いらしく服装は桃色の着物に藤色の袴を履いています。

「今晩は、私は剛田花と言います。初めまして、よろしくね」

「わたしは、ルビーです。よろしくお願いします」

「もう少しで夕飯だから、下に降りてご飯を一緒に食べましょう」

もうそんなに時間が経っていたのかとルビーは思いました。

「はい、分かりました。花さん」

「それじゃあ、行こう。ルビーさん。もう、暗いから足元に気を付けてね」

 ルビーと花は一階に降りて、茶の間へと移動しました。

 茶の間は真ん中に囲炉裏があり、鍋が置いてあって中には美味しそうな味噌汁が湯気を立てていました。囲炉裏の周りには四つのご膳が置いてあり、すでにおかずが用意されていました。

「おいしそうですね。誰が作ったんですか」「お父さんよ」

「すごいですね。テンおじさんの料理もすごくおいしかったです」

「そっか。ルビーさん、叔父さん達に会ったんだよね。誰か誰だかそっくりで驚いたでしょう」

「そうですね」

「その内、分かるようになるわ」

花はルビーに座るように進めると、おひつから茶碗にご飯をよそって、味噌汁をお椀にいれました。

 時計の針の短針が十二時を指して、ごーんという鐘の音が七回、静かに響きました。

 すると、大家さんがやってきて、もう一人、若い男の人が現れました。

 ちょっとぼさぼさの髪に目元にクマが出来て疲れ切った顔をしています。

「それじゃ、皆で夕飯にしようか」

大家さんいいました。

「いただきます」

と、手を合わせて、夕飯をいただきました。

 ルビーは器用に箸を使いながら、食事を楽しみました。

 自己紹介をして、会話をしました。若い男の人の名前は山田敬治。南の部屋を借りていて、職業は刑事。最近、若い女性が襲われると言う事件がこの霞ヶ浦で起こっていて、その捜査に夜も張り込みをするそうです。

「花さんもルビーさんも夕方から夜は一人で絶対に出歩かないで下さい」

山田さんに念を押されて言われました。

 食事も終わり、お膳を下げて片付けも終わりました。

「ルビーさん、そろそろお風呂に入らない?」

花さんがルビーに言いました。

「うん、入るよ」

「それじゃ、お風呂に案内するね」

「家のお風呂、五右衛門風呂なんだけど、入り方知ってる?」

「ううん、知らない」

「見れば分かると思うんだけど、かまどの上に釜をのせて、その中に板を浮かべて入るんだけど、その板を踏み沈めて入るのよ」

花はルビーに風呂の説明をしながら移動し、風呂場につきました。

花は外に出て、かまどの火を見に行きました。ルビーは脱衣所で服を脱いで裸になり、用意された手拭いを持って風呂場へ行きました。

 大きな釜にお湯が入っており、湯気が出ています。手を入れてみるとちょっと熱いですが、入れそうです。ルビーは体を石鹸で洗って、桶で汲んだお湯で体をきれいに洗い流しました。

 いよいよ、五右衛門風呂に入ります。板をゆっくり踏んでお湯に浸かります。

まるで、心からの緊張が解れます。

「ルビーさん、湯加減はどうですか?」

 すり硝子の窓から花の声が聞こえてきました。

「うん。ちょうどいいよ」

「そっか、良かった」

「お風呂の当番は花さんがやっているの?」

「うん、私とお父さんとでやっているわ」

「そうなんだ」

 それから、花とルビーは他愛もない会話をして、ルビーは風呂をあがりました。

 花と一緒に部屋に戻ると、押入れから布団を出して敷くのを手伝ってもらいました。

「それじゃ、ルビーさん。お休みなさい」

「花さんも今日はありがとう。お休みなさい」

 こうして、ルビーはお日様の匂いがする布団に入ってランプの灯を消して眠りについたのでした。



 ルビーが霞荘に住んでから、一週間が過ぎました。日本での生活にも慣れた、夕方の黄昏時でした。

「あっ、お豆腐買うの忘れた」

 花は夕飯の買い物を終えて、父と一緒に台所にいました。ルビーも日本の料理を覚えたいため一緒に台所にいました。

「今から外に出ると危ないぞ」

「大丈夫、すぐ戻って来るから」

大家さんの言葉を待たずの花はすぐに外に飛び出して行ってしまいました。

「やれやれ、仕方がない……」

大家さんはそう言いながら、花がすぐに帰ってくるとその時は思っていたのでした。

 料理の準備も進んで時間が経っていました。そろそろ、花が戻って来てもいいのになかなか帰ってきません。

 心配になった大家さんとルビーは花を探しに外へと出ました。

 空は暗く、月は雲に隠れて星々は心細げに光っています。大家さんとルビーは豆腐屋へ行く道を辿っていきます。

 ルビーは闇の気配を感じ取っていました。

花が危険だ!

ルビーは急いで闇の気配を辿って人通りが少ない道に着きました。

すると、暗くなった道端に花は横になっていました。花の近くには銀色の美しい毛並の狼に良く似た大型犬が側にいて、当たりを警戒しているようでした。

「花!大丈夫か」

大家さんが急いで花に駆け寄って声をかけました。

「うん、だい、じょうぶ。この子が守ってくれたの」

そう言って、花は近くにいた犬に手を伸ばしてそっと頭をなでました。

「どうした何があったんだ」

「お豆腐を買いに行って歩いていたんだけど、後ろから男の人に腕を突然、掴まれて襲われそうになった所をこのワンちゃんが助けてもらったの」

「そうか、怖かっただろう……」

「うん」

花は気丈に微笑みながらも父に心配させまいとして精一杯、見栄を張っているのでした。

 そんな花をルビーは優しく抱きしめて、震える体を包み込むのでした。

 そして、ルビーは花を襲った犯人を突き止めて絶対懲らしめてやると心に誓ったのでした。

 その晩の夕食は静かなものでした。敬治さんが真剣な顔で花の話を聞きながら、最近、この界隈で女性を襲っている犯人ではないかと考えています。

 ルビーは敬治さんの時々話す、犯人の特徴と犯行現場を聞いて情報を得ました。

 犯人の特徴は若い男の人で、襲われた女性達は若くて美人ということ。そして、襲われた記憶があやふやで気を失って道に倒れている所を発見されるというパターンが出来ていることでした。

 それから、霞荘には一匹の住人が増えました。花の側にいた銀色の毛並の大きな犬です。

「名前は何にしようか。ポチはどうかな」

花は犬に向かって言いました。犬は困ったような鳴き声でくぅんとうなりました。

「サーロスはどうかな」

 わん!と、大きな声で吠えました。

「ルビーちゃんのが気に入ったみたいね」

 花はおいでサーロスと名前を呼んでサーロスを大きく撫でました。

 サーロスの部屋は一階の縁側の廊下に決まりました。特に首輪もしていなく、人懐っこくて花を守ったこともあり、何よりルビーが大家さんに頼んで霞荘にサーロスを置いてもらえるように頼んだのでした。

 サーロスとルビーが二人だけになりました。

「ルビー、久しぶり」

「うん、久しぶりだね、サーロス」

何と犬がしゃべったのでした。実はサーロスは犬ではなくで狼人間なのです。ルビーとは幼馴染でルビーより2歳年下の少年なのでした。

「ハナを襲った奴は俺達と同じ闇の住人だ」

「やっぱり、犯人の目星は付いてるの」

「ああ、奴はヴァンパイアだ」

 やはり、そうかとルビーは思いました。花にまとわりついていた気配をルビーはヴァンパイアではないかと感じ取っていたのです。

「なあ、ルビー。奴を捕まえるのか」

「それは、分からないけど、とりあえず懲らしめるわ」

 そう言って、ルビーは微笑みました。それを見ていたサーロスはひやりと固まりました。

 魔女の微笑。呪いの微笑みとも言われ、見たものは災いが起こる言われています。

きっと奴は恐ろしい目に遭うと、サーロスは思ったのでした。

その晩、ルビーは徹夜である物を作ったのでした。

次の日の深夜、霞荘の皆が眠りについた夜更けにルビーはサーロスを連れて、霞ヶ浦の町を歩きました。

そして、とうとうルビーが待った瞬間がきたのでした。

「お嬢さん、今晩は」

 突然、ルビーの前に現れたのは金髪に青い目の顔の整った青年でした。

「っ!」

 ルビーは金縛りにあったようで体が動かず声が出ません。サーロスも身動きが取れなません。

「怖がらないで、落ち着いて。僕と一緒に良い夢をみよう」

青年はルビーに近づいて唇を重ねようとしたした瞬間、ルビーは大きく息を吐き出しました。

「う、くっさー」

青年は顔をしかめてルビーから離れました。

「おい、女!にんにくを食べたな!」

「そうよ」

ルビーは唇につけていた赤色の口紅を手の甲で拭って、ポケットから十字架を取り出しました。

「ああ、やめてくれ」

青年は身を縮めて弱々しく言いました。

十字架は青年にとって弱点のようです。でも、それで許すルビーではありません。

「サーロス、殺っちゃって」

 わおん!と、サーロスは青年の尻に噛り付きました。

 青年は尻を突き出して走り回りました。すると、青年のズボンがズルズル落ちてきて、尻が丸見えになりました。尻にサーロスの歯の跡が残っていました。

「サーロス、もういいよ」

 サーロスは青年の尻から離れました。

「さて、あなたはヴァンパイアね。名前は何て言うのかしら」

ルビーは言いました。

「僕はヴァン。故郷はイギリス」

ヴァンは語りました。ヴァンの一族のこと。故郷のイギリスに住めなくなって、日本に移住してきたこと。そして、生きるために人の生命力をほんの少し分けて貰っていることをルビーとサーロスに話しました。

「それで、女性達を襲っていたのね」

「そうです。でも僕は女性を傷つけていないほんの少し生気を貰っているだけなんだ」

「でも、襲われた女性の気持ちを考えたことがある」

「女性の気持ち?」

「突然、暗闇から知らない男の人に口づけされて、覚えていなくても怖い思いをしたはずだわ」

「……僕、自分のことしか考えていなかった。でも、僕が生きるためにはこの方法しかない」

「そうね、じゃあ、私とサーロスが生気を提供してあげてもいいけど」

「本当かい?」

ルビーはサーロスを見て確認しました。

「ルビーがそう言うんなら、いいよ」

「ありがとう。ルビー、サーロス」

 こうして、ヴァンパイアのヴァンはルビーの仲間になり、霞荘へと帰って行ったのでした。

「ところで、ルビー、君と最初に会った時と顔が全然違うんだけど……」

ヴァンがルビーに言いました。

「それはね、この口紅のおかげなの」

そう言って、ルビーはポケットから口紅をだしました。

「これは、私の血を一滴垂らして、作った魔法の口紅なの。この口紅をつけると誰でも美人に見える魔法なの」

「そうか、君は魔女なんだね」

「ええ、そうなの」

ルビーは答えて、魔女の血の力と歴史を思い出していました。

 魔女の血は人の心を動かす力があり、代々王家や政治家のお金持ちから魔女の血を必要とされて狙われてきたのです。ルビーの先祖もかつてはヨーロッパに住んでいましたが、今はアメリカを拠点に置いて身を隠して暮らしているのでした。

 そして、その朝、ルビーはサーロスを散歩と称してヴァンを連れて帰りました。

霞荘では、大家さんと花はヴァンを歓迎してくれました。敬治さんだけは怪しそうに見ていました。

 和気あいあいとはいきませんが、朝食の時間になり、大家さんと花、敬治さんのサーロスにヴァンとルビーは揃って美味しいご飯を頂きました。

 空に太陽が昇り、また新しい一日が始まろうとしていました。


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