ゴミの一分
どこかで使おうと箇条書きにしていたものを、ひとつの形にしてみました。
お前なんか要らない。
そう言われた。
自分が主人公だと思っていた世界で、お前なんか要らないと言われた。
世界は別に、ボクのモノじゃない。
そんなことは知っている。
だけど、自分は世界に要らないモノだなんて、思いたくない。
たしかにボクは世界に迷惑をかけている。
世界というのが自分以外という意味だとするならば、ボクは大迷惑な存在かもしれない。
ボクの考えが、周りにそぐわないことだなんてことは知っている。
意見の衝突や呆れられるなんて、いつものこと。
バカじゃないのか、と怒られたこともある。
ロクに言葉も交わさず、信じられないと人格を否定されたこともあった。
落ちていた空き缶を捨てたら、缶蹴りをしていた人たちから顰蹙を買った。人助けだと思ってしたら、余計なことはするなと怒鳴られた。
解り合えるなんて、めったにない幸せなこと。
ボクは、外見で否定される。
ボクは、言葉遣いで否定される。
ボクは、ちょっとの行動で否定される。
ボクは、要らない存在だと否定された。
お前なんか要らない。
そう言われた。
だけど、どんなに大勢の人からそう言われても、僕は構わない。
ボクは、ボクらしく生きてやる。
捨てられたマンガ本も、拾った誰かを笑わせるかもしれない。
捨てられた空き缶も、缶蹴りに使ってもらって人を楽しませるかもしれない。
ゴミみたいな意見も、妙案を導く一石を投じるかもしれない。
ゴミみたいな存在でも、誰かが必要としてくれるかもしれない。
お前なんか要らない。
そう言われたって構わない。
世界中でたった一人でもボクを必要としてくれるなら、誰かの泣き顔を笑顔に変えることが出来るなら、ボクは生きていたい。
世界に迷惑かけたって気にしない。
その他大勢からゴミのように扱われても、唾を吐きかけてやる。
死亡率百パーセントの人生を、何時死んでもいいように、ボクは生きていたい。
みっともなく地べたを転がっても、他人から笑われてもいい。
ボクは、ボクらしく生きてやる。
世界に唾吐き掛けながら、ゴミのように扱われたって、生きてやる。
お前なんか要らない。
そう言われた。
ゴミのように、捨てられた。
世界から、捨てられた。
でも、例えゴミ捨て場に行ったって、ボクはボクらしく生きてやる。
生きて、生きぬいてやる。
本当に世界から必要とされなくなったら、その時は、諦めるかもしれない。
だけど、限りなくゼロに近い数字でも、ボクを必要としてくれる人が本当のゼロになるまでは、生き続けてやる。
ゴミ捨て場で、キラキラと輝き続ける。
鈍い光でも、どんなに迷惑をかける明りでも、ここに居るよって叫び続ける。
輝きを失わず、叫び続ける。
ゴミにはゴミの、ちっぽけでもプライドがある。
例えゴミでも、誰かの大切になれるかもしれない。
その可能性がある限り、生きてやる。
ゴミの一分をもって。
自分のことを思って怒ってくれる人はありがたいです。
でも、まったく関係のない人が全否定するのは、好きじゃないです。なんであんたにそんなこと言われないといけないんだよ、的な気持ちになります。
ここでのゴミ扱いは、そういうものだと思ってください。
ところで、一分の読み方は「いちぶん」です。
プライド的な意味合いで使っています。




