第11話
私は今目の前に座っている彼女の笑顔が不気味に思えて仕方がなかった。
「それでー本題っていうのはー今回の、夏樹とコラボする企画、降りてほしいなーってことでー。」
私はその言葉を聞いて、愕然とした。何を考えているのだと。
「いや、いきなりでびっくりしちゃったんだけど、どういう意味?」
私は先輩としての威厳も忘れずに、そしてまた、社会人としての自覚も忘れないように言葉を選んだ。
「えっとですねー小川さんって以前夏樹と付き合っていたんですよね?」
私は早く会社に帰りたいから短く、ええ。と、介錯をした。
「なんかー夏樹が小川さんと付き合っていた思い出を今も大切にしているんですよねー。それで、今の彼女としては、妬けるんですよねー。昔の女とのことでも。」
そう言った彼女はアイスコーヒーを啜った。
「まあ、要するに一言でいうと、私にとって邪魔だからこの仕事降りてくださいっていうことですね。」
そう言い放った彼女はいつもの可愛い笑顔をしていた彼女ではなく、敵意丸出しの冷たい女の顔だった。
そして彼女はお金を置いて席を立った。
私は何も言い返すことができなかった。すごく腹立たしい気持ちなのに、頭がその感情を言葉に置き換えてくれなかった。
昼食を終えて会社に帰る頃までに雨が降っていた。
私はコンビニで傘を買うこともせずに会社にずぶぬれで帰ってきた。
「小川、どうした。雨に降られたのか?風邪ひくなよ。」
山岡さんが私にかける優しい言葉で涙がこぼれそうになった。
あの出来事が起こってからでも私は着実に自分の仕事を終わらせていた。
それでも夜勤は免れないけど。
みんなは通常勤務で帰宅し、いつものように私たちの部署は山岡さんと私しかいなかった。
「お・・・美咲。今日何かあったのか?」
「いえ・・・。」山岡さんの言葉に縋ってしまいたかったけど、頼ってばっかりじゃいられない。
「顔に書いてあるぞ。なにかありましたーって。言ってみろ?」
「嫌です。」「嫌か。なら言わせてみせるよ。」
その言葉と同時に席を立った、山岡さんは私のほうにきて私を押し倒し、唇をふさいだ。
いつものような軽く触れるようなキスじゃない。
山岡さんの舌が私の唇にあてられ、耐えられず口を開くと山岡さんの舌が私の舌と絡まる。
しかし、激しく絡まるのでなく、優しく口の中から壊れ物を扱うかのように舌どおしが絡まるのだ。
そしてやっと唇が離れたかと思うと、山岡さんはふんわりと私を抱きしめた。
「どうしても話してくれないか?・・・」と、寂しそうな声で私の耳元で囁いた。
私は1度にいろんなことをされたので頭はパンク状態になり、ついには観念した。
山岡さんの背中に腕を回して、呟いた。
「・・・ずるいですと。」
そうして少しの間山岡さんの体温を感じていた、夜のオフィスだった。