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《不思議秘話》赤い糸

作者: そらかける

   赤い糸




 好きになる女は、いつもいつも、この腕の中からすり抜けて去ってゆく。


李愈りゆは女運がないな、かわいそうになぁ……」

 親友や親類たちはあきれたり、同情したりしてくれるが、俺の寂しい気持ちをくんでくれる者はいない。


 ——時は大唐——


 男女関係も緩やかで、厳しい規則など表向きなモノでしかないこの世。


 だが俺は虚しさを感じていた。

 好きになる女はいつも、俺を捨てていってしまう。

 俺が不甲斐ない男だからだろうか……自分ではよくわからない。

 俺は酒をぐっ、ぐっ……とあおいで大きなため息をたつき、呟く。


 運命の相手、早くみつからないかなぁ…。


 そのとき、ぐいっと袖を引っ張る手があってとろんとした瞳でみやると、そこには、浅黄色の巾を頭に飾り、すこし時代遅れな龍紋襟の黒い袍を羽織った、目が大きく可愛らしい少年がにっこりと笑った。


「僕は李凌華、っていうんだけど、お兄さん将来のお嫁さんみたい?」


 ——あ?


 その問いの意味に俺は頭がついていけなかった。


 否。


 呆然としてしまった。

 初めてあった少年に俺の心の中を読まれたから。

 けれど酒の勢いもあって、おおきく頷いてみせた。


 ——ああ、是非ともあってみたい! 会えるものなら!

 あはは……は?


 少年はさらに微笑みを深くし、腰に佩いた剣を、すら…と、抜いた。


「じゃあ、見せてあげるよ」


 いうや、少年は俺をばっさりと斬ってくれた。



 悲鳴をあげただろうか?


 否、たぶんあげなかったに違いない。

 痛みを感じなかったし現に傷一つ無い。

 ホッと息をつきながら辺りを見回して俺は後ろに手をついて竦む。

 辺りは霧や霞につつまれ、昊は蜜を流したように黄色く、甘い香りが漂っている——いわゆる天国——というところだった。


 ——や、やっぱり俺はあの少年に殺されてしまったのだろうか?


 いやな汗がだらだらとこめかみと背筋に流れたとき、とんとん……と肩を叩かれて俺は情けない悲鳴をあげてしまった。


「あ、ごめんなさい、驚かせてしまった?」


 少年は顎に拳をやりクスクスと微笑する。


 お、お前は俺を殺した少年!


「やだなぁ……、僕はあなたを殺してはないよ、あなたについていた妖魔を斬っただけ」


 へ? よ、妖魔?


「ん、ああ。気にしないで。……んで、僕の気まぐれなのだけど——あなたに将来のお嫁さんを見せてあげようとおもってね」


 少年——たしか李凌華といったか——は懐から不思議な素材でできた袋を取りだした。

 そこから赤い紐とも縄とつかない太さのものを俺の足に巻いた。

 なんだ、これは?

 少年はきゅっと結ぶと説明する。


「これは運命の赤い糸だよ。この赤い糸の先には運命の人へとつながっているの。んでね、僕はもうあなたの運命の相手を決めておいたんだ」


 き、決めたってあんた、この天国の役人か何かか!


「……うーん、ま…そんなところだよ。ねえ、見てごらんよ」

 李凌華は雲の底を指さしと、みるみる穴があいていく。——そこから、素朴な村がみえはじめ、さらに近づいて、一人の娘を大きく映し出したが——とんでもなく醜い女だった。


 一度も身体を洗ったこともないと思われる肌の汚さに、がちがちに固まった髪——。


 それが運命の相手なのか!


「うん、すごく美人さんだよね!」

 李凌華はとろけそうな笑みでいうが、冗談ではない。

 あれが将来の俺の嫁?

 運命の人?



 冗談じゃない!



「——ふふ、あなたはいつも外見で人を判断するんだね。だから」


 ………失敗するんだよ。


  もしかしたらいつも大切な人をなくしたり、取られたりするのは『妖魔』だけの仕業、じゃなかったのかもね。


 いままで賑やかだった少年の声が、冷ややかさを帯びて耳を通り抜けた。



      ★ ☆ ★


 ——俺は目覚めてすぐに、運命の相手を人をやって殺させた。


 あんな、醜い女が運命の相手ならば、いないほうがましだと。


 ——数年後。




   3


「ここで寝ていると風邪を引きますよ?」


 繊手が俺の頬を労りをもってやさしく撫でた。

 ——宝珠……?

「はい」

 妻は穏やかに微笑んだ。


 俺はめでたく結婚ができた。


 あの不思議な少年が結びつけてくれた『赤い糸』の少女ではない——若く美しくて心優しく気だての良い……理想の女を。


 だから、ただ一人の女性という意味で、妻を『宝珠』と呼ぶことにしたのだが、ひとつ、おもうところがあった。


 ……彼女はいつも額に包帯を巻き、さらに前髪を下ろして花で飾っていた。

 

 夫である俺にもその額を見せまいと努力していた。

 だが、好きな女性だ。

 すべてを知りたくて、意を決して訊ねた。

 彼女はすこし表情を暗くし、包帯をほどくと酷い青あざ額に広がり触ってみると凹んでいた。


 ……だ、誰がこんな酷いことを!


 こんな仕打ちをしたヤツを殺してやりたい!


 俺は切なくなって、妻を抱き寄せた。

 妻は俺の腕の中でさめざめと泣いていう。


「子供の頃、殺されかけたのです」


 その言葉を聞いて、俺は思わず——ぎくりと身体がこわばった。

 彼女は続ける。

「そんな私を助けてくれたのは、同い年ぐらいの少年で——たしか名を李凌華さんというかたでしたわ。そのおかげで私は良家に養子としてもらわれ、あなたとこうして結ばれることができたのです」


 そ、そうか——。


 俺は密かに自嘲するしかなく、ふと足首をみた。


 ——赤い糸が互いの足首を強く結びつけてみえた。


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