多摩女の夢
私こと、土方卯ノ葉は毎日同じ夢を見る。それは知らない侍の夢。私の事をうのと呼び、三味線を弾きながら愛しそうに私の髪を撫でる。その人の事なんて知らないはずなのに、その声も穏やかな表情も何もかもが愛しくて幸せに満ち溢れた日々。こんな夢ならば覚めないで。そう思える温かい夢だ。しかし、夢は終わりを迎える。朝が来れば自然と覚めてしまうのが常だ。
「あの人は何ていう名前なのかな?」
私は夢の中の男性に恋焦がれていた。実際に逢える訳も無いのに。
「卯ノ葉ちゃん! 卯ノ葉ちゃんってば!」
突然声を掛けられ、はっと我に返った。私は仕事中に何をしていたのだろう・・・・・・
「大丈夫? 何だか疲れているみたいね。少し休んで来たら?」
「いいえ、大丈夫です」
私がそう答えると先輩の緑さんは「それなら良いのだけれど」と穏やかに言った。
私が働いて居るのは地元でも有名なカフェ。可愛らしい内装に、可愛らしい制服。お洒落な飲み物やスイーツを出す、女性に人気のお店。地元の高校を卒業後は絶対にここで働きたいと思い、その為にも可愛くなる努力を人一倍してきた。ここで働き始めて早二年。私は楽しい毎日を過ごしている。
「あの人に逢いたいな」
仕事帰りの街角で私は不意に呟いた。
「あの人はきっと私の運命の人。だから毎晩あの人の夢を見るのよ。きっと前世で私たちは結ばれていて・・・・・・いつかあの人の生まれ変わりと出逢うの。やっと見つけたって言って・・・・・・あの人は私を見つけてくれるはず」
はたから見れば危ない妄想女に見えるかもしれない。だけど私には不思議な確信があった。
帰宅すると私はいつもの様に入浴する。私は幸せな家庭に生まれた。優しい両親と優しい祖父母、優しい兄弟からの愛情を一身に受け、穏やかな雰囲気のこの家庭で何の不自由もなく生きてきた。可愛い物やお洒落な物が大好きな私は、本当は代官山や青山あたりに住みたかったのだが、この家から離れるのは寂しい気がして独り暮らしなどできなかったのだ。それに、この日野の町も大好きだ。だからここで一生を終えても構わない。
「お母さん、私のルームウェア知らない? ピンクのやつ」
「あら? 部屋になかった? それなら今日干した中にあったのね。ついでに他のお洗濯物も一緒に持って来てもらえるかしら」
「わかった。行ってくるね」
私は違うルームウェアに着替えると、洗濯物を干してある場所へと向かった。他のルームウェアがあるなら良いではないかと思われるかもしれないが、今日はあれが着たいのだ。部屋着とはいえ、女の子ならば手抜きは厳禁。いつでもどこでも可愛くあるべきだ。私にはそんなこだわりがあった。
「あった、あった」
私は洗濯物に手を掛ける。その時、ある異変に気付いた。庭にある蔵の扉が開いているのだ。ここは厳重に鍵が掛かっていたはず。何故なら此処にはたくさんの歴史的の価値のあるものが眠っているからだ。私は入ったことは無いが、一昨年亡くなった曾祖母が言っていた。だから年に数回の掃除のとき以外は、この蔵のカギは開けてはならないと・・・・・・
不審に思った私は蔵に近付く。
「お父さん? お爺ちゃん? お兄ちゃん?」
蔵に入りそうな人を思い浮かべながら声を掛けた。しかし・・・・・・誰からの返事も無い。気になった私は蔵の奥へとどんどん進んで行く。どうして鍵が開いていたのだろう? 開いていると言う事は家族の誰かが中に居ると言う事だ。それ以外には有り得ない。蔵の中央は真っ暗闇で何も見えはしない。
その時
私は奥の方で灯りを見つけた。
「お父さん?」
声を掛けながら近づく。
「あれ・・・・・・これは刀?」
不思議な事に、そこには誰の姿も無く、青白く光る日本刀のようなものがあるのみだった。私は刀にてをかける。その瞬間、私の中に見知らぬ誰かの映像が流れ込んできた。それは夢に見るあの人ではない。別の誰かだ。誰かは分からないが、何故か懐かしい気がする。
侍? 長閑な田舎で剣を振るう姿にはじまり、賑やかな街で多くの仲間たちと楽しそうに過ごし、華やかな街で華やかな女性とお酒を飲む姿。急に着物から洋服になった彼は、何だか寒そうな様子だ。今まで見てきた仲間は見当たらない。代わりに傍に居るのは髭を生やした偉そうな男性だ。
「あなたは・・・・・・誰?」私は呟いた。
「思い出せ・・・・・・さあ・・・・・・早く」
その声を聴くか聴かないかの内に、私の意識は遠のいて行った。