鬼火のアスラ
本拙作は、流行のVRMMOでのオリジナリティを目指した挑戦作です。
また、未完のまま終わりますので、そういったモノに納得できない方はご遠慮くださいませ。
※大変お手数ですが、詳しくはシリーズの説明をご覧ください。
「鉋原明日斗くん、あなたを逮捕します」
「……はい?」
ガチャリという音と共に放たれた少女の言葉に、明日斗は思わず上擦った声を上げてしまった。
意味が分からない。何がどうして、今に至っているのか。
一体何故、自分の右手首には手錠が掛けられているのか。
その理由が、明日斗には全く分からない。
しかし、事の発端は明らかだった。
今朝、登校してきた時に下駄箱に入っていた手紙――それが全ての始まりだ。
『大事な話があります。今日の昼休み、体育館裏まで来てください』
手紙には、そう書かれていた。
もちろん最初、明日斗は誰かのイタズラだと思った。指定された場所があまりにも典型的だし、第一、今の時代に紙媒体というのが不自然だ。普通、こういうことは校内メールを使うのが一般的である。
だが一方で、イタズラをされる心当たりもない。学校では良くも悪くも目立たないようにしている明日斗には、そういった危険を全て回避している自信があった。
(……実際に行って、確かめるしかないか)
下手に無視すれば騒ぎになる可能性があり、それだけは避けたい。だからこの場合の最良の選択肢は、指定通りに行動すること。
そしてその結果、これがイタズラだとしても、たとえそうじゃないとしても、適当にあしらえば良い。ついでに可能ならば、どうして自分を選んだのかを訊き出し、目立たないための参考にしたいとも明日斗は思った。
――いや、思っていた。
「あれ、よく聞こえなかった?」
明日斗の正面に立ち、可愛らしく首を傾げる少女。その顔には、自分がおかしなことを言っているという雰囲気は感じられない。
そして次の言葉を見つからない明日斗に、彼女は「じゃあ、もう一度言うわね」と続けた。
「鉋原明日斗くん、あなたを逮捕します」
繰り返される言葉と、変わらず向けられている微笑み。そして、右腕に違和感をもたらす漆黒の金属。
いくら考えても、明日斗にはその関係性が分からない。だから、素直にそのことを口にしようとした瞬間だった。
「それとも――」
少女の口元が、妖しく歪んだのは。
「“鬼火のアスラ”って呼んだ方が分かりやすいかしら?」
「――っ!」
その言葉に明日斗の背筋は凍り、一瞬にして冷えた頭は少女の言動の意味を理解した。
――鬼火のアスラ。
それは、とあるVRMMO-RPGで呼ばれていた彼の通り名。
そして――違法なチートプログラムを使った、誰も知らないはずの明日斗の裏の顔だった。
「結構苦労したのよ、リアルを割るの。ゲーム内でコンタクト取ろうにも、三ヶ月前から一切ログインしてないみたいだし」
といっても実際に突き止めたのは私じゃないけどね、と少女は笑う。
「……あんた、一体何者なんだ?」
睨みつけるように、明日斗の瞳が改めて少女の姿を映した。
――宝条美鶴。
いくら人の名前を覚えるのが苦手な明日斗でも、昨日自分のクラスにやってきた転校生の名前くらいは覚えている。
だが――
(ただの転校生、ってわけじゃない)
たとえ運営側であってもプレイヤーの素性までは知らないし、明日斗がそれを誰かに喋ったことは一度もない。
つまり、普通の方法でここに辿り着くのは不可能。そして今、彼の手首にぶら下がっているモノは、明らかにおもちゃの類いではなかった。
「ふぅん……とりあえずバカじゃなさそうで一安心ね」
明日斗の姿を値踏みするように眺めていた美鶴が、満足そうに一人呟く。
状況を素早く理解し、自分の正体を訊いてきた。それは彼女にとって十分に合格点に値するものだった。
だから美鶴は「じゃあ改めて自己紹介するわね」と、これからパートナーとなる相手に対して凛と居住まいを正した。
「宝条流陰陽師、宝条美鶴。あなたには、あのゲームの中で起きている事件の捜査協力をお願いしたいと思っています」
胸を張り、よく通る声で発せられた言葉。
そして、その意味を明日斗がちゃんと理解する前に、もちろん、と美鶴は意地悪く笑った。
「嫌とは言わないわよね?」
そう言って、美鶴が胸ポケットから取り出した手錠の鍵。
それがデジタルとオカルトが交錯する、明日斗の非日常の扉を開いたのだった。
『設定資料』
★世界観
舞台は近未来の日本。洋風ファンタジーが主流の中、純和風VRMMO-RPG『幻妖大戦・乱』というゲームが一部プレイヤーに人気があった。しかし、古来より闇に巣食う者・アヤカシがそのゲームに侵入したことにより、ハイレベルプレイヤーの同時多発自殺未遂事件が発生してしまう。
★鉋原明日斗
過去のトラウマから、周囲に期待されることを極度に嫌う高校生。また、同時多発自殺未遂事件を逃れた、数少ないハイレベルプレイヤーでもある。
頭の回転が速く勉強もできるが、その能力を全て目立たないために使っている。リアルでの期待がないからという理由で、乱を始めた。
▼アスラ
元は普通のアバターだったが、謎のプレイヤーに手渡されたプログラムにより、無詠唱という仕様外の妖術・鬼火を習得。その後、ソロプレイヤーとして名を馳せるも、三ヶ月前、一人の正規プレイヤーに敗北したことをきっかけにログインしていなかった。
基本的に何でも使えるが、メイン武器は刀。装備はスピード重視。
ちなみに明日斗のコンプレックスで、本人より少し背が高く設定されている。
★宝条美鶴
表向きは警察関係者として代々国家に仕え、秘密裏にアヤカシに関する事案を扱ってきた陰陽師(見習い)の少女。同時多発自殺未遂事件がアヤカシの仕業だと見抜き、ほぼ独断で捜査を開始した。
VRMMO-RPG初心者であり、チートを見逃す条件として、ハイレベルプレイヤーである明日斗に囮兼指導者を依頼。
リアルでの仲間に、幼少期からの世話役である狛犬の化身と、元ハッカーの女性がいる。
▼舞姫
今回の捜査のために美鶴が作ったアバター。しかし非公開かつ非公式の捜査のため、運営側には何も伝えず、一般プレイヤーとして潜入している。
絶対的な自信があるため、容姿はほとんど美鶴自身。ただし本人曰く「成長予定」の分だけ、胸が増量されている。
優雅だからという理由で、メイン武器は鉄扇。装備はバランス型の華やかなものを好む。