人げんの役わり
錆びたパーツを交換する。不良品は廃棄する。歪んだ部品の再利用を模索する。
それは決して、機械整備に限った話ではないと思います。
※読んだ後に不快感を覚えるかもしれません。ご了承下さい。
ぼくは今、なつやすみのしゅくだいをやっています。
ぼくの小学校のなつやすみのしゅくだいは、とっても多いです。
だからぼくは、ひろし君と、りょうた君と、たくろう君と、しろう君で、しゅくだいを、わけてすることにしました。
おとうさんにはバレてるけど、いいよっていってくれたので、やります。
ぼくがやらなきゃいけないのは、しゃかいかです。
しゃかいかは覚えるだけだから、かんたんだって、たくろう君が言っていました。
ぼくはあんまりあたまがよくないので、しゃかいかをすることにしました。
たくろう君はとってもあたまがいいです。だから、むずかしいさんすうをやります。
ぼくもたくろう君みたいに、あたまがよくなりたいです。
*
テレビを見ながらしゅくだいをすると、おかあさんにおこられます。
でも、おかあさんは今日はいないので、ぼくはテレビを見ながらしゅくだいをしています。
おひるのニュースだから、あんまりおもしろくないです。
でも、おとうさんは、ジッとテレビを見ています。
「……なるほどなぁ」
うんうん、となんどもうなずいています。
どうしたんだろう、なにがおもしろんだろう、とおとうさんにききました。
おとうさんは、こたえてくれました。
「老人ホームがなくなるんだ。
住んでいた老人はみんな、国に処分されるんだそうだ。
うちの親父もボケで近くのホームに行ったけど、多分今頃は……。
世知辛い世の中だけど、まぁ……仕方ないな」
おとうさんのはなしは、いっつもむずかしいです。
首をかしげていると、おとうさんは、少しわらいながら、ぼくの頭をなでました。
「人間には、それぞれ役割ってのがあるんだ。
役割がなくなった人間は、生きていても仕方ない。
お前も、ちゃんと役割をもった人間になれよ」
おとうさんは、やさしい声でそう言いました。
ぼくは、やっぱりよく分からなかったけど、だいじなはなしなんだろうなぁと思ったので、おぼえることにしました。
人げんには、役わりがある。なるほどなぁ。
*
今日は、とってもかなしいことがありました。
たくろう君が死んでしまいました。
どうしてたくろう君が死んだのか、ぼくはわかりません。
たくろう君は、「首から上がない状態で発見された」らしいです。けいさつの人がそう言っていました。
どういうことなのかと、ぼくはおとうさんにききました。
おとうさんは、とっても頭がいいので、なんでもこたえてくれます。
「拓郎君はな……宿題が嫌になったんだ」
しゅくだいがいやなのは、ぼくもいっしょです。
ぼくも死んでしまうんだ、と思うと、こわくなりました。
なみだがいっぱいでたけど、おとうさんがぼくの頭をなでてくれたので、とまりました。
「拓郎君は、五人分の算数の宿題をやるっていう役割を放棄したんだ。
途中で投げ出しちゃったんだな。役割がなくなれば、人間に意味はない。
だから、拓郎君は死んだんだ」
たくろう君は、しゅくだいをやるのをやめたから、死んでしまったんだそうです。
こわいなぁ、と思いました。でも、なるほどなぁ、とも思いました。
人げんには、役わりがある。役わりがない人は、生きててもしかたない。
でも、どうして、たくろう君は、首から上がなくなったんだろう。
それも、おとうさんがこたえてくれました。おとうさんは、なんでもしっています。
「拓郎君は、頭が良かったからね。
多分、彼の脳にはまだ使い道があるんだろう。
だから、役割がある頭だけ、連れて行かれちゃったんだな」
そうなんだ。たしかに、たくろう君は、とっても頭が良かったです。なるほどなぁ。
*
また、とってもかなしいことがありました。
ぼくのおさななじみの、さきちゃんがびょういんに入いんしてしまいました。
さきちゃんは、むかしから体がよわくて、びょう気がちだったので、心ぱいでした。
ぼくとおとうさんは、さきちゃんが入いんしているびょういんに、お見まいに行きました。
さきちゃんは、びょういんのベッドの上で、とってもかなしそうなかおをしていました。
どうしたの、ってきくと、さきちゃんは泣き出してしまいました。
さきちゃんのおかあさんが、なみだをながしながら、こたえてくれました。
「紗季はね……明日、処分されちゃうのよ」
しょぶんってなに、とおとうさんにきくと「たくろう君みたいになるんだ」と言われました。
さきちゃんは、明日になると死んでしまうらしいです。
さきちゃんは、どんな役わりをやめてしまったんだろう。
ぼくがそうきくと、さきちゃんのおかあさんが、こたえてくれました。
「……子宮に小児性のがんが見つかったの。
まだ転移はなかったけど、結構進行してて……子宮を摘出してしまったの。
だから紗季は……成長しても子供が産めない体になってしまった……」
さきちゃんのおかあさんは、それっきり大きな声で泣き出してしまいました。
ぼくはよく分からなかったので、おとうさんにききました。
おとうさんは、ぼくにもわかるように、せつめいしてくれました。
「紗季ちゃんは、女の役割を捨ててしまったんだ。
だから、生きていく意味がなくなる。……処分されるんだ」
そうなんだ。さきちゃんはわるい子だなぁ、と思いました。
人げんには役わりがあって、役わりがないと、生きているいみがないのに。
ぼくがそういうと、さきちゃんはこうこたえました。
「わたし……ほんとうはびょうきになんてなりたくなかったもん。
せっかく、死ななかったのに……あした死ぬなんて……やだよぉ」
さきちゃんはまた、泣き出しました。ぼくは、こまってしまいました。
たぶん、ぼくが泣かせてしまったんだと思います。
だから、ぼくが泣きやませなきゃいけません。それが、今のぼくの役わりです。
でも、どうすればいいのかわからないので、ぼくはなにもできませんでした。
ぼくも泣きそうになっていると、おとうさんが、さきちゃんのおかあさんのほうに行って、はなしはじめました。
「田辺さん……一応、助けられる道はあります」
「ほ、本当ですか? いったい、どうすれば」
「……なぁ、お前は、紗季ちゃんを助けたいか? 死んでほしくないか?」
おとうさんが、ぼくにききました。
ぼくは、さきちゃんと仲良しです。だから、死んでほしくないです。ぼくは、おとうさんにうなづきました。
すると、おとうさんは、ぼくの頭をなでてくれました。
「紗季ちゃんは、コイツのこと、好きかい?」
おとうさんにきかれたさきちゃんは、かおを赤くして、うなづきました。ぼくは、すこしてれました。
そして、おとうさんが言いました。
「紗季ちゃんが、将来コイツのお嫁さんになって、コイツの側で一生支えるって役割を持てばいいんだ。
見ての通り馬鹿で、出来の悪い息子だ。他に結婚相手が見つかる保証もない。
……だから、紗季ちゃん。よろしく頼めないかい?」
そう言って、おとうさんは頭を下げました。
さきちゃんとさきちゃんのおかあさんも、すぐに頭を下げて「よろしくお願いします」と言いました。
みんなおじぎをしていたので、ぼくもおじぎして、よろしくお願いしますと言いました。
よくわからないけど、これでさきちゃんは、死なないですむんだそうです。とってもうれしいです。
さきちゃんがぼくのお嫁さんになってくれるのもうれしいです。
さきちゃんもさきちゃんのおかあさんも、とってもうれしそうにわらっています。
おとうさんのおかげです。おとうさんは、やっぱりすごいです。
*
なつやすみがもうすぐ終わります。
ぼくの役わりの五人分のしゃかいかのしゅくだいも、もうすぐ終わります。
でも、しゅくだいが終わると、ぼくは役わりがなくなってしまいます。たくろう君のように死んでしまいます。
ぼくは頭が良くないので、たぶん頭はつれていかれません。
でも、クラスで一ばん足がはやいので、足がつれていかれるかもしれません。それは、いやです。ぼくの足は、ぼくのだからです。
だから、たくろう君みたいにならないように、べつの役わりを見つけなければいけません。
でも役わりは、道ろに落ちていたりするものではないので、見つけるのは大へんです。
もうすぐ終わってしまうしゅくだいをちょっとだけ残して、どうやって役わりを見つければいいんだろう、と、おとうさんにききました。
おとうさんは、すぐにこたえてくれました。
「安心しろ。お前はもう、立派な役割をもってるじゃねぇか」
でも、その役わりはもう終わってしまいます。
そう言うと、おとうさんはわらいながら、ぼくの頭をなでてくれました。
「違う違う、宿題じゃない。
お前の役割は、一生をかけてお嫁さんを幸せにする事、だろ」
おとうさんは、そういったきり、わらいながらビールをのみはじめてしまいました。
おとうさんはビールをのむと、はなしが長くなるので、ぼくはもうねることにしました。
ベッドの中で、ぼくはとってもしあわせなきぶんでした。
さきちゃんは、ぼくのおよめさんになる役わりがあって、ぼくはさきちゃんをしあわせにする役わりがあります。
それは、とってもすてきなことなんだなぁ、と思いました。
なぜなら。
もういっしょう、役わりをもてなくなって、死んでしまうことがないからです。