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四日目・前編
扉が開いた瞬間、空気がわずかに動く。
石と水の匂いは変わらない。
だが、流れがある。
今日は机が壁際に寄せられていた。
「模様替えか?」
「邪魔だった。」
彼は座らない。机を挟まず、数歩の距離で立つ。
近い。だが触れられない距離。
水滴が落ちる。
水の一滴ぐ、少し遅い。
ヴェリアは先に言う
「今日のペン先は鈍足だな。報告書の書き方でも勉強したか?」
「上が読む時間を惜しむそうだ。」
「惜しまれているのは時間か、それとも貴様か?」
半拍。
視線が逸れ…戻る。
「自意識が過ぎるぞ」
彼の手が机の端に触れる。
保たれていた均衡が崩れ、机からの音が響く。
ヴェリアは続ける。
「お前は報告の内容を逐語報告から核心のみに変えた。
核心がないまま二週間も経てば、どうなる?」
彼は答えない。
呼吸が、ほんの少し深くなる
「帝国は急いでいる。」
「そうだな。」
「だが処刑は急がん」
彼の目がわずかに細くなる。
「確信でもあるのか?」
「ある。貴様の報告書だ。」
沈黙。水滴。
彼が口を開く。
「時間は味方ではない。」
「誰のだ。」
「誰のでもない。」
その声は低い。抑えている。
ヴェリアは理解する。
これは帝国の焦りではない。
この男自身の持つ温度だ。




