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三日目・後編
彼女は視線を落とす。
「それは私の戦歴か?」
「確認だ。」
ページがめくられる。
その瞬間、ヴェリアの思考が切り替わる。
言葉では崩れない。
なら、動きを拾う。
紙が一枚、わずかに指先で滑る。
押さえる力が均一過ぎる?
紙の端を探る、あの微細な動きがない。
掴み直しもない。
ただ、一定の圧で押し流す。
「丁寧だな。」
彼は視線を上げない。
「癖だ。」
便利な言葉だ。
ヴェリアは書類の端に目をやる。
軍歴。
戦果。
階級。
そして、直近の数年。
所属:中央管理部。
違和感。
具体性がない。
空白ではないが、薄い。
「長いな。」
「何がだ。」
「軍にいた期間だ。」
「見ればわかるだろう。」
否定はしない。
だが肯定もしない。
代わりにページを閉じる。
終わらせる音。
立ち上がる。
その時、手袋の指先が机をなぞる。
支えた訳ではない。
だが触れた。
ほんの僅かに遅れたようにも見える。
戦場を知る手だ。
だが、粗くない。
それでいて机の官僚の柔らかさもない。
何だ、あれは。
彼は背を向ける。
階段を登る足音は相変わらずゆっくりだ。
一定で乱れない。
ヴェリアは目を閉じる。
退いた男か。
外された男か。
それとも…。
「あの手…。」
怪我か。
後遺か。
違う。
確証はない。
だが、何かを隠している。
「……何者だ。」
地下は答えない。
三日目は、まだ動かない。
だが均衡の正面に、確かな亀裂が走っていた。




