二日目・後編
男は手元の書類をめくる。紙の擦れる音だけが地下牢に響く。
「お前は退却の判断が早い」
唐突な言葉。
「だから負けたと?」
「だから部下が生き残った。」
一瞬、胸の奥が僅かに動く。
それを態度には出さぬよう、あえて嗤った。
「捕虜に同情か?帝国軍人も丸くなったものだ。」
「同情などではない」
「では何だ。戦術指南でもするつもりか?」
男は目も上げず、否定もしない。
その無反応が、神経を逆撫でする。
「机の上で戦争ごっこをしている者に、語る資格はない。」
挑発。
相手の反応を引き出すための刃。
だが男は動じない。
肯定も、反論もない。
ただ、沈黙だけが重く残る。
知らないはずの重さ。
ヴェリアは舌打ちを飲み込む。
何を考えている。
何を待っている。
「お前は何が目的だ。」
思考がつい、口に出ていた。
「職務だ。」
即答。
あまりの即答で、逆に空虚に響く。
「帝国は職務のために捕虜を丁重に扱うのか?」
「必要な情報を得るためなら、手段は問わない」
「ならなぜ問わない。」
わずかな間。
男は手元の書類を閉じてまとめる。
「まだ必要がない。」
線を引くような声色。
これ以上は踏み込ませないという境界。
苛立ちが胸に積もる。
まるで置物のようなのに、心を透かされているようで気味が悪い。
やがて男は立ち上がる。
椅子の脚が石床を擦る。
ほんの一瞬、重心が遅れたように見えた。
錯覚か。
男は何事もなかったかのように階段へと向かう。
「明日もまた来る。」
「勝手にしろ。次はもう少し頭を使うんだな。」
彼は来た時と同じ速度で階段を上がっていく。
地下牢には再び水音だけが残った。
処刑が決まっていない?
そんなはずはない。
あの帝国が私に猶予を与える理由がない。
否定しなかった。
戦場の言葉も。
何を隠している?
考えるだけ無駄だ。
奴は帝国軍人だ。
私の、私たちの敵だ。
「馬鹿が。」
侮辱か。苛立ちか。
それとも、自分への戒めか。
地下牢は答えない。




