十日目・前編
牢の扉が開いた。
ヴェリアはゆっくり目を上げる。
男が入ってくる。
椅子を置き、座る。
十日目。
机の上に手を置く。
今日は沈黙ではないらしい。
男が先に口を開いた。
「戦場の話をしよう。」
ヴェリアは少し眉を動かす。
「ずいぶん急だな。」
「そうか?」
男は落ち着いた声で言う。
ヴェリアは男を見る。
探るような視線。
(昨日とは違う)
男は続けた。
「初めて戦場に出たのは何歳だ。」
ヴェリアはすぐには答えない。
鎖が小さく鳴る。
足の位置を変える。
「十六。」
短い返事だった。
男は頷く。
「早いな。」
「戦争だからな。」
ヴェリアは肩を壁に預ける。
男は少し間を置いた。
「最初の戦闘は覚えているか。」
ヴェリアは男を見た。
それから視線を外す。
天井を見る。
石の天井。
「覚えている。」
声は変わらない。
男は黙って待つ。
ヴェリアは少しだけ息を吐いた。
「最悪だった」
男の眉がわずかに動く。
ヴェリアは続ける。
「夜襲だった」
「雨」
「泥」
言葉が短く落ちていく。
「敵の姿もよく見えない」
彼女は少し笑った。
「味方の方が怖かった。」
男は黙っている。
ヴェリアは視線を戻した。
「新兵ばかりだった」
「叫ぶ」
「撃つ」
「走る」
肩を小さくすくめる。
「ぐちゃぐちゃだ。」
男が静かに言った。
「そういうものだ。」
ヴェリアの目が少し細くなる。
「経験があるな?」
男は少しだけ視線を落とした。
「最初の戦場は似たようなものだった。」
ヴェリアは男を観察する。
表情は変わらない。
だが声が少し低くなった気がした。
男は続ける。
「霧だった」
「視界が悪い」
「命令が届かない。」
ヴェリアは小さく頷く。
「混乱する。」
「そうだ。」
短いやり取りだった。
だが、昨日までとは違う。
尋問ではない。
思い出を確認している。
男が言う。
「戦場は理屈通りに動かない。」
ヴェリアは鼻で笑った。
「むしろ理屈の通りに動くことの方が少ない。」
男の口元がわずかに動く。
「確かに。」
短い沈黙。
ヴェリアは男を見ていた。
(分かっている)
本で読んだ話ではない。
実際に見ている。




