第8話〜アレキサンドライトの第二の星〜
馬車に揺られて数日。
先輩とぽつぽつと会話をしながら、王都へ向かっていた。
何度か宿を経由して、ようやく王都に入った頃には、日が翳り始めていた。
「ここが、王都の、先輩の、家」
大きい。胸がドキドキと音を立てている。
煌びやかさは他の邸宅に比べれば控えめだが、立派さは引けを取らない。
落ち着いた品のある建物にはガヴァーディル家の家紋が刺繍された旗が数本建てられており、荘厳な印象を受ける。
セオドアさんが荷物を下ろしながら、邸宅の人々に指示を出している。
その隣を通って、妙齢の執事が現れた。
「旦那様、おかえりなさいませ」
「ええ、今戻りました。セオドアを借りていましたが、屋敷に何か問題は?」
「細々としたことは残っておりますが、大きな問題はございません」
「結構。長期で働いたものには、明日から休暇を与えてください」
「承知いたしました。皆、喜ぶでしょう」
執事は私を見るとにっこりと微笑んだ。
「いらっしゃいませ、アルメリア様。一同、アルメリア様のご到着をお待ちしておりました」
「えっ、あっ、その、しばらく、お世話になります」
私は慌てて頭を下げる。ばさり、と私の髪の毛が空を舞う。
「そのように礼をされる必要はございません。何せ、アルメリア様はーー」
「そこまで。リアは疲れています。話は後々にしなさい」
先輩が執事の言葉を遮って言った。恥ずかしそうに咳払いまでして。
「先輩、私なら、大丈夫です」
「そう言って、大丈夫だったことなどないでしょう」
それは、そうかもしれない。
私は言い返せずに口を閉じた。
「よろしい。リアを部屋に案内してください。それから、部屋に軽食を運んでください」
「承知いたしました。アルメリア様、どうぞこちらへ」
「は、はい」
先輩は先に入っているようにと目で合図する。私はこくりと頷いた後、執事の後をついて行った。
扉を開けるとそこには、金髪の好青年が立っていた。
「え……?」
「やぁ、やっと来たね! アルメリアちゃん!」
屋敷に入った途端、周りの困惑を振り切って金髪の青年が現れた。
青年の服は仕立てがいいが、所々着崩しており上品さだけではない雰囲氣があった。先輩とは違う隙のなさを感じる。
間違いなく武人だろう。
「初めまして! リアちゃん! 俺はアーサー! シルビオの友達だよ!」
ーーアーサー!?
アーサーの名前は、王国ではたった一人のみ。
私は、ひゅっと息を呑んでいた。
「で、ででん、殿下、では……!」
「うん、そうだよ! 第二王子! アーサー=アーク=アレキサンドライトだよ」
ひぃ、っと喉から音が出た。
私は思いっきり振り返った。無礼だったかもしれない。それだけ驚きだったのだ。
先輩は頭を抱えていた。
「せん、ぱい、王族とお友達、なんですか……」
「そうですよ、残念ながら」
先輩は深々とため息を吐いた。そんな先輩を見てアーサー殿下はケラケラと笑って、私に向かって手を伸ばしてくる。
「おい、いい加減にしろ。リアに触れるな」
先輩は、私を自分の背に隠すとアーサー殿下を睨みつけた。
「えぇ……いいじゃん、君が可愛がっている後輩ちゃんを見てみたかったんだよ。ね? 後輩ちゃん。お名前を聞いても?」
私は慌てて、それでもなんとか落ち着いて、スカートの裾を掴んで礼をした。
「お、初にお目にかかります。王国の第二の星にご挨拶させていただき光栄です、殿下。私はアルメリア=アーネットと申します。魔術協会より宵花の魔術師の称号をいただいております」
「うんうん、素直な子は可愛いね。アルメリア=アーネットの話は色々聞いていたけど、こんな可愛い小動物だとは思わなかったよ」
今度こそ私の赤毛に触れて、その感触を楽しそうにし始めた。
「触るな、と言ったはずだぞ、アーク」
「何だよ、シルビオ。そんなに束縛していると嫌われるぞ」
「リアが? 僕を?」
はっ、と先輩は鼻を笑い飛ばした。
「そんなこと起こり得るわけがない」
私はその言葉に全力で頷く。
「わ、私が先輩を嫌うなんて、一生ありえません!」
「わぁ、噂に違わぬ関係性だね」
殿下は何故か嬉しそうだった。
「それよりも、アーク、何のつもりで、ここに来たんだ。これから、リアの用意で忙しくなる。お前の相手をしている時間はないぞ」
「そりゃあ、勿論、アルメリアちゃんを見るためだけど? お前ってば、全然見せてくれないんだからさぁ」
殿下は私の周りをクルクルと回って私を観察する。気がつけば、私の喉からひぃっ、と悲鳴が出ていた。
「こんなに可愛い子を隠していたのかい!? ずるい! ずるすぎる! 俺も可愛い後輩が欲しいよ! 先輩先輩って言って後をついてまわってくれるんでしょう!」
「リアを何だと思っているんだ。そんなんだから、お前には後輩おろか友人もまともに出来ないんだ」
「えぇ、シルビオがいるから俺はこれ以上はいいよ」
仲、がいい。
誰に対しても敬語な先輩が、珍しく敬語じゃない。気安くて仲の良さそうな二人に、私は何だか胸が苦しくなる気がした。
「あの、先輩、殿下、発言をしてもよろしいでしょうか」
「ああ、いいよ、勿論。それから、僕らはプライベートな関係だ。もっと気安くて構わないし、何なら、アー君とか呼んで構わないよ?」
呼べるわけがないでしょう! 殿下!
私はぎゅっと目を瞑ってからゆっくりと開けた。
殿下の目の奥が笑っていない気がして、怖い。
「お、お言葉に甘えて、殿下、その、御用向きは、本当に、私に、その……」
「会いに来たか、って? そうだよ。俺の友達の可愛い後輩を一目見るために、こうして使用人たちに口止めして待ってたんだ! いいでしょ! お忍び!」
全然良くありません! 殿下!
私は苦々しい気持ちを噛み締めながら、涙を堪えていた。
王族が友人に会いに来るのにも、たくさんの手続きやら用意やらが必要なんだ。
目を白黒させていた私と殿下の間に先輩は立つと、私に「先に部屋に行っていなさい」と言った。
「アーク、リアは中座させます。疲れているでしょうから。構いませんね」
「そうだね。俺はお前と話せればそれでいいよ。ごめんね、アルメリアちゃん」
「い、いえ、そのようなことは滅相もありません」
私はぺこりと頭を下げると執事さんの後を必死について行った。




