第7話〜シャル・ウィ・ダンス〜
魔術師というのは、千差万別ではあるが、たった一つ全員に共通しているものがある。
それが魔力である。
魔術師になれるものは全員体内に魔力を秘めており、それを放出できる。
でも、私は一般的な魔術師に比べて魔力量が少ない。
魔力測定を行うとビリから数えた方が早かったし、飛行魔術のような絶えず魔力を放出し続ける魔法は実用レベルでは使えない。
そんな私がどうして『宵花の魔術師』の称号を得ているか、それはごく単純なことだった。
アレキサンドライト王国にはこんな伝説がある。
初代国王を王に導いた者、いわゆるキングメーカーだった男の伝説だ。
その男は初代国王を幼い頃から指導をしていた男で、ともに戦場にも立ち、数々の武勲を挙げた。
その男の得意魔術が『花』に関連する魔術だった。
花に関連する魔術ならほとんど魔力を使わずーー呼吸をするように魔法を行使できたのだ。
それ以来、王国では同じ技能を持つもの、魔力をほとんど使用せず花に関する魔術を行使できるものに『花』を含んだ称号を与える慣わしがある。
そして、偶然、何の因果か、私、アルメリア=アーネットはその恩恵を預かったのである。
だから、決して、実力で龍騎士の称号を手に入れた先輩と並び立てるような人間ではないのだ。
それなのに、それなのに!
私は先輩とダンスを踊っていた。
一般的なワルツの音楽に身を任せ、私達は先輩の別邸のホールで練習をしている。
先輩の家は侯爵家だからか、夜会用の大きな部屋があった。
その部屋でリズムに合わせてかちこちの動きを見せる私は、先輩の目にどう映っているのか不安になるほどひどいものだった。
次の足はこうで、手はこうで、と頭の中でぐるぐると回る。
「リア、落ち着きなさい」
「は、はい!」
魔術学校でもダンスの授業はあったが、優先度は低く、落第でもレポートを書けば何とかなった。レポートまで書いたことはないけれど、私のダンスは褒められたものではない。
音楽が終わると、先輩は私の手を離して深々と溜息をついた。そのため息に、私はぴくりと肩を揺らしてしまう。
「ご、ごめんなさい、先輩。私、ちゃんとできなくて……」
「できていない、という言葉に訂正を。できていないわけではないのですよ。貴方は頭であれこれと考えすぎです。第一にダンスに集中できていません。他の余計なことを考えていますね?」
「う……」
「第二に楽しく踊れていません。ダンスは楽しんで踊るものですよ」
「……むずか、しいです」
先輩と手を握って、腰に触れられて、そのことで頭がいっぱいだ。幸せなんだけれど、その幸せを享受していいのか、わからなくて苦しい。
「あの、わ、私、本番は誰と踊ることになるんでしょう」
「私以外の誰がいるのですか? ああ、アーサーあたりは貴方と踊りたがるかもしれませんが」
「第二王子殿下が!? 私と!?」
驚いた私に先輩は呆れた様子でまた溜息を吐いた。
「貴方は自分がどのように見られているのか、もう少し自覚的になるべきです」
「う……そういうの、興味が、なくて」
「でしょうね。貴方の美点でもあり、同時に腹立たしいところでもあります」
先輩は小さく笑うと私の頭を撫でる。優しい暖かさを感じる。
「大丈夫です、貴方なら出来ますよ」
「どうして、そう思うんですか」
「貴方が出来なかったことなど、一度もありません。僕が知っていますから、安心して練習に励みなさい」
心が暖かくなる。
こういうところだ。先輩のこういうところがたまらなく好きなのだ。
「私、先輩のために、頑張ります……!」
そういうと先輩は僅かに眉を寄せた。
「貴方自身のために頑張りなさい」
「……自分のために、頑張るのは、難しいです」
すぐめげてしまうし、立ち直るのに時間もかかる。
「何故ですか。貴方は薬草に関しては、誰よりも努力しているではありませんか」
「薬学はその……好き、なので」
「ダンスは嫌いだと?」
「に、苦手なだけです!」
その点、魔術は好きな部類だった。
理論を構築して試すのは楽しい。例え失敗しても、失敗の理由を追及するのは、ひたすらに楽しかった。
私は薬学を専門にする魔術師だけれど、それは私自身の魔法の特性に由来するものだけれど、好きなことを仕事にしているからこそ、成果が出ていると思っている。
反対に、体を動かすことは魔術でも苦手だ。ダンスも走ることも、苦手だ。まともにできることなんて少ないと思う。
だから、マラカイトの時だって、まともに戦えた記憶なんてない。
「貴方に言葉は意味がありませんね。さぁ、もう一度。最初から」
先輩は私に手を差し出した。私も手を出して先輩の手に重ねる。
先輩の手は武人らしい硬く大きな手だ。
音楽が始まる。
先輩のステップに合わせて、私も踊る。
「背筋を伸ばして、猫背にならない」
「は、はい!」
「余計なことは考えないように……は、貴方に逆効果ですね。そういえば、マラカイトの御子息から、貴方宛に求婚の申し入れがありましたよ」
「きゅうこん……? 球根ですか? 植えるものの」
「何故そうなるのですか。まぁ、いいでしょう。貴方は昔可愛がりすぎて、根腐れさせたことがありましたね」
先輩がくすりと笑う。
私はすかさず抗議の声をあげた。
「あれは、先輩も世話を焼いてたからじゃないですか! 私だけの責任じゃありません!」
「食事の時ですら研究室から出ない貴方が、わざわざ球根の世話のためだけに外に出るとは思えなかったのですよ」
「私だって、お世話くらいします!」
「ええ、それで大喧嘩になりましたね。貴方はあの時、球根が可哀想だと僕に悪態をつきました。後にも先にも、貴方が僕に悪態をついたのはあの時だけでしたか」
「だ、だって……花が咲くのを、誰よりも楽しみにしていたから……」
私は俯きそうになって、ダンス中だと思い出して視線を上げた。
先輩はまるで慈しむような表情をしている。
「もっと、怒ってくれても構いませんよ。貴方は我慢しすぎなんです。自分が我慢して解決することなんてあまり多くないのですから。貴方は僕には我儘を好きなだけ言う権利があるのですよ」
「我儘……言っている、つもりです」
「それは僥倖ですね」
先輩がそう言うと同時に、音楽が終わり、ダンスも終わった。
「よく出来ました。余計なことを考えなければ、貴方は踊れるでしょう?」
誇らしげに先輩は言った。
嬉しい。
でもーーやっぱり先輩の隣には、実力の足りない私では立てないのだ。




