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第6話〜読書は夜更けに〜



 日がすっかり暮れて、私はランプを机の上に置いて本を読んでいた。


 それは、先輩が私のために取り寄せてくれた薬草学の本だった。


 王都で出たばかりの本は、田舎にはすぐに手に入らず読むことができなかったから、私は胸を躍らせていた。


 そして、夜用のカフェインが少なめの紅茶を用意してもらっている。虫歯にならないように蜂蜜は控えめで。


「何から何まで、本当にありがとうございます、先輩」


 ぎゅっと本を胸に抱いて、私はこの場にいない先輩にお礼を言う。優しさが暖かい。


 私は、本を開いて再び読書を再開する。


 私が考えた薬が本でどのように扱われているか知りたかった。


「これは……大々的だ……」


 私は目を丸くした。


 大したことではないはずだが、最初のページで取り上げられている。作者の注釈で子供に使う際は分量の調整を慎重に行うこと、と書かれている。


「しっかりした作者でよかった……」


 薬学は素人が扱うと悪影響が出かねないものだ。本を編纂すると聞いた際には、少しばかり不安だったが、ちゃんとした人に当たってよかった。


「……あれ、この紋章は」


 後付けの協力者の名前にガヴァーディル家の紋章だけがあった。ガヴァーディル家の誰かが編纂に協力したのだろうが、名乗りを上げなかったらしい。


 貴族が本を編纂に協力するのはノブレスオブリージュ、高貴なるものの義務の一つでもある。


 ガヴァーディル家が本の編纂に関わっているとは聞いたことはなかった。


「家名をあげようとした……? でも、ガヴァーディル家は既に十分な名声を得ているはずだし……もしかして……先輩が私に隠れて、私の研究を守ってくれた……?」


 間違った編纂をされないように、私の娘のような薬達を守ろうとしてくれたのだろうか。


 妄想か、想像か。


 私は胸に広がる甘い感情を噛み締めたくて、ぎゅっと両目を閉じた。


 昔から、そう、だ。


 先輩は私に言わずに私を守ろうとしてくれる。


 昔、私の書いた論文を悪意を持って引用した人がいた。何も出来ることがないと落ち込んでいた私のために、先輩は私に何も言わずに一人で立ち上がってくれた。


 私のために私の書いた論文を守ってくれたのだ。


 ただの、後輩のために、力を尽くしてくれたことが本当に嬉しかった。


「今回、も……守って、くれたの……?」


 先輩の優しさに、私は甘えてばかりだ。


 だけど、私には何を返せるだろうか。


 王都に召集されるのさえ、私は先輩の力を借りなければ満足にできない。


 ドレスもない。装飾品もない。


 陛下の前に出れるほどのマナーもない。


「どうしたら、いいんだろう……」


 私ができるのは研究くらいだろうか。研究だけなら、私にも出来ることは多いのだから。


「それなら、誰にも、負け、られない」


 きっと先輩が求めているのは、私が魔術師としてもっともっと力をつけて大成すること。私が誰にも負けない薬師になって、大勢の人を救うことだ。


 きっと、そう。


 だから、好意とかそう言うわけではない。


 無いのだ。


 私はそっと息を吐いて本の続きを読む。


 私はとある薬草の項目で目を止める。


「この、薬草……錯乱……」


 読み進める手が止まった。

 禁忌の項目にある薬草は、毒物に関するものが多い。その中でも、私は人の精神を操る薬草が気になった。


 嫌な予感がする。


「明日、先輩に確認しておかなきゃ……それから研究道具の用意も……」


 そこでハッとした。


 ついさっき、私は研究のことを横に置いて叙勲式のことを第一に考えなければならないと思ったばかりだ。それなのに、また研究のことを考えてしまった。


「どうしよう……先輩、私、研究のことしか……」


 失敗したらどうしよう、と不安に思う。


 その時、扉をノックする音が聞こえた。


「アルメリア様、よろしいでしょうか」

「は、はい。ちょっと、待って、ください」


 私は本を閉じると紅茶を飲み干してから部屋の扉を開けた。


 外には私を世話してくれているメイドが立っていた。


「あの……何でしょうか……」

「旦那様より言伝を預かってきております」

「先輩が、あの……何か……」


 私はビクビクとして次の言葉を待った。


「では、失礼を致します。『そろそろ眠ったらどうですか? 本は後々でも読めるでしょう』、と」


 メイドは先輩の真似をして言った。


 時計を見ると確かにかなり夜は更けている。いつもなら、まだまだこれからだと思って、研究をしている時間だ。でも、国王陛下に謁見する時にクマのある顔で行くのはまずい。


「先輩に、伝言を、お願いできますか?」

「はい、何なりとお申し付けくださいませ」


 私は息を吸って口を開いた。


「今から、寝ます、と伝えてください」

「承知いたしました」


 メイドは「おやすみなさいませ」と言って一礼して踵を返した。


 私はランプの光を消すと、大人しく布団の中に入ることにした。


 先輩が用意してくれたネグリジェは通気性があって、涼しい素材だった。着心地がかなりいい。


 裾には色とりどりの花の刺繍がされている。この花は王国で吉兆されているものだ。


 そして、このネグリジェは私の給料では、なかなか手が出せない。


 研究者の中でも高給なはずの私ですら、購入を躊躇するネグリジェを客人なだけの私に用意してくれるあたり、大事にされているのを感じる。


 私は布団の中で丸くなる。


 おやすみなさい、先輩。

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