第4話〜お着替えをしてくださいませ〜
いい匂いがする。
「アルメリア様、お湯を流しますね」
「お、お願いします」
ゆっくりとお湯がかけられて、自分のごわごわの髪がサラサラの髪へと変化していく。
先輩に連行された先はお風呂場だった。それもとんでもなく広いお風呂場だ。
花びらが浮かんでいるような浴槽の中に入り、何やら塗られて洗ってもらった髪は、びっくりするくらいのサラサラに変化していた。
「どうやったら、こんな……」
「お気に召しましたか? 最近、王都のお嬢様方の間で流行っている石鹸なんですよ。髪の毛がサラサラになると評判でして。旦那様がお嬢様のためにと取り寄せたのです」
「先輩が、私の、ために」
「ええ、当家にご婦人はおられませんから、お嬢様のためだけにですよ」
ーー先輩が、私の、ために。
胸いっぱいに暖かさが広がった。
ふふふ、と髪を洗ってくれている人は笑った。マッサージをしてもらって、続いて湯船から上がり体を洗ってもらう。
そうこうしてお風呂から上がり、髪が乾いた頃には艶々のぴかぴかな私が鏡の前に立っていた。
肌艶が良くなって、心なしか顔色が良くなっている気がする。
「わぁ、私が健康そうに見える」
ごあごあ髪もふわふわ髪に変化していた。
私は先輩が用意してくれたらしいドレスに着替えることとなった。
「旦那様がお嬢様のために王都で買い付けたものです。きっとお似合いになられますよ。気に入らなければ、違うものを試せ、と言伝っておりますから、お気軽にお申し付けくださいませ」
ドレスは夜会用ではなく、普段着として着れるものだった。ひまわりの刺繍が施されたそれは、夏らしい可愛らしいものだ。
私はそのドレスに着替えると、次は髪を結ってもらった。先輩とお揃いだと言うリボンで言ってもらうと、ふわふわ髪はさらに可愛らしくなる。
次々に変わっていく自分に目を丸くしていると、化粧を施され、アクセサリーを身に付けさせられ、靴をはかされていた。
私が先輩が選んだドレスを着ている衝撃を飲み込む前に、私の身支度は完成した。
「とてもお似合いです!」
誰もが私にその言葉をかけてくれる。私も久々に着飾って、ふわふわとした気持ちになっていた。
「先輩は、見たら、どう思う、かな」
「旦那さまもお喜びになられます」
「そうでしょうか……」
「ええ、それはもう! せっかくですから、旦那さまに会いに行かれてはいかがですか?」
私は背中を押されて「会いたい、です」と答えた。
「では、ご案内いたしますね」
メイドに案内されて、私は別邸の中を歩く。やはり落ち着いた雰囲気のある内装だった。
しばらく歩いて案内されたのは、屋敷の中心らしき部屋だった。
メイドはノックすると「旦那さま、お嬢様のご用意が整いました」と声をかけた。
その瞬間、不安になった。
私、場違い、かも。
「入ってください」
先輩だ。
先輩の声に従って、私は部屋に入った。
先輩は持っていた書類から視線を上げて、私を見てーー目をまんまるにした。
「貴方が健康そうに見えます」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ、とても」
先輩は神妙な面持ちで頷いた。
褒められたことが嬉しくて胸の辺りがぽかぽかとする。
そんな私たちを見て、セオドアさんは何故かため息を吐いた。
「シルビオ様、こういうときは、美しいだとか、可愛らしいだとか、お似合いですだとか、そういうことをおっしゃられるべきではありませんか。それを健康そうに見えるだなんて信じられません」
「リアが可愛らしいのは、わざわざ口に出さずともわかっていることでしょう」
ドクン、と胸が跳ねた。そんな風に思っていてくれただなんて、知らなかった。
「そんな風におっしゃるから、いまだに気持ちが伝わらないのですよ」
「黙りなさい。リア、こちらへ。紅茶を淹れさせます」
「はい、先輩」
私が座ると同時に、セオドアさんが紅茶を淹れ始めた。茶葉をポットに入れる音でさえ心地よい。
「リア、貴方も知っているとは思いますが、叙勲式は一人で国王陛下の御前に立たなくてはなりません。貴方も学生時代宮廷マナーについて学びましたね?」
「宮廷マナーの授業は、A判定、でした……」
「国王陛下の御前に立つのですから、本来はS判定が望ましいです。が、この際仕方ありません。陛下には事前にお伝えしておくとして、あなたも復習のためマナー講座を受けていただきます」
「失敗したら……」
「首をはねられかねませんよ?」
死ぬほど嫌いだ。
人前に立つための講座なんてできることなら受けたくもない。でも、先輩に迷惑をかけたくない。
「わかり、ました」
「結構。ドレスの採寸をこれから行います。貴方はメイドの指示に従ってください」
「う……」
「返事」
「わかりました……」
先輩はつらつらと次の予定をまとめていく。私はそれに素直に頷く。
「先輩、あの、質問してもいいですか?」
「ええ、構いませんよ」
「あの……私、どれくらいで、研究室に戻れるのでしょうか……」
私にしかできない仕事がいくつもある。今抱えている仕事の中でも最も重要な『魔力中毒の緩和剤』の試作を放り出してここに来ているのだ。
あまり長く滞在して、患者を待たせたくない。
「少なくとも一年はあちらこちらに顔を出すことになるでしょうね」
「そん、な……私の、研究……」
「僕の屋敷の一室を与えますから、そこで行うと良いでしょう。必要なものは僕が命じて用意させますから」
「で、でも、私の研究は……」
「で、でも、ではありません。貴方の研究の重要性を僕は心得ていますが、貴方の立場の重要性を貴方は心得なさい」
魔法伯なんて伯爵より下の名誉賞みたいなもののはずだ。いくらワイルドハントとの戦闘での士気を上げるためとはいえ、やりすぎではないだろうか。
「貴方は、貴方が思っているよりも有能な人間です。胸を張りなさい」
「胸を、張る」
「ええそうです。僕の可愛い後輩の君なら、できるはずです」
先輩は立ち上がると私の髪を一房掬い上げるとそっと口付けをした。
私の顔に一気に熱が集まった。息の仕方がわからない。
「大丈夫ですよ、リア。王都にどんな化け物が住んでいようと、貴方なら乗り越えられます」
「ば、化け物!? 化け物がいるんですか!?」
私はヒィと声を上げた。
「ええ、いますよ。化け物。ワイルドハントの方が相手をしやすい連中がわんさかと。貴方はその中を生き抜かねばなりません」
「そ、そんなの無理です! やっぱり、陛下にお断りを……」
「国家反逆罪」
私はまたヒィ! と声を上げた。
「残念です、可愛い後輩を逮捕する羽目になるとは」
「い、行きます! 行きますから!」
王都は私の思っている数倍怖いところなのかもしれない。




