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第3話〜先輩と馬車に揺られて〜


 シルビオ=カヴァーディル。


 ガヴァーディル侯爵家の嫡男にして、王立騎士団の龍騎士の称号を与えられた人だ。


 彼と私の出会いは魔法学校の中庭で、話をしたのがきっかけだった。


 彼は黙々と剣を振り続けていた。


 その後ろ姿が綺麗で、目を離せなかった。


 本当に綺麗でーー。


 過去の思い出に浸っていた私は、先輩が私の名前を呼ぶ声に意識を取り戻した。


「リア、起きなさい」

「は、はい」


 私は、先輩と馬車で王都へと向かっていた。飛行魔法が使えない私のために先輩が、わざわざ用意してくれた馬車だった。


 そんな私に呆れることもなく「そう言うこともあるでしょう」と言って、学生時代から馬車や馬の用意をしてくれる先輩には頭が上がらない。


 そんな面倒見のいい先輩と馬車に揺られることになった私の頭は真っ白だった。


 先輩が尋ねてきた後、大慌てで荷物の用意をし、研修室のメンバーに迷惑をかけないように引き継ぎをした。私が抱えている研究はそのほとんどが私にしかできないものだからか、引き継ぎは簡単だった。問題は荷物の方だ。


 何日滞在するかはわからないが、着ていける服がほとんどなかった。


 何着か出かけるように買ってはいたが、いかんせん研究室があるのは田舎だ。田舎で着れる服も都会では着れないのは往々にしてあることだろう。


 私は持っている服の中でもマシなのを選択して鞄に詰めた。そうしている間にも、思いついたことを研究してーー先輩が迎えに来る日には寝不足の私が出来上がっていた。


「貴方は学習能力を失ったのですか」

「う……ごめん、なさい……」

「謝罪は結構です。貴方の身を大事にしなさい」

「……はい」

「本当にわかっているのですか、全く。貴方と言う人は変わりませんね」


 先輩はため息を吐くと、馬車の一角から軽食が入った箱を取り出した。


 箱の中には色とりどりのクッキーが入っている。


「少し食べなさい。どうせまともに食べていないのでしょう」


 私はクッキーから目を逸らした。


「……これは先輩のですし」

「口に捩じ込まれる前に食べることをお勧めします」


 私はしぶしぶクッキーに手を伸ばして一つ齧る。オレンジの味が口いっぱいに広がった。ジャムクッキーだ。


「先輩、相変わらずジャムがお好きなんですね」

「いけませんか。それから、ジャムではなく、マーマレードが好きなんですよ。言葉は正しく使いなさい」

「はぁい」


 私はサクサクとクッキーを食べ進める。先輩も一つ摘み上げると一口でクッキーを頬張った。


「これで紅茶があれば完璧なのですが」


 先輩の家、ガヴァーディル家は紅茶を栽培している。学生時代、先輩が用意してくれた紅茶はどれも一級品で、とても美味しかった。先輩とのティータイム。


 夕暮れの時間。穏やかに日が落ちていくのを見ながら、花の香りに包まれたガゼボで、先輩が淹れてくれたお茶を飲む。

 ただ、二人で並んで紅茶を飲んで、クッキーを食べるだけ。


 それは何よりも幸せな時間だった、と今なら思う。


「先輩、その、王都のことですが……」

「不安ですか? いえ、不安でしょうね。貴方のことですから、要らぬ心配をしているのではありませんか」

「……要らぬ、心配ではないと、思う、のですが」


 返す言葉がなくて言葉の最後は尻すぼみになってしまった。


「どうして、持ち上げようとするのでしょうか」

「何をですか?」

「私を、です」


 魔法伯の称号は、それなりの人数が持っている。マラカイトの街でのワイルドハントとの戦闘に参加していたのは、私だけではない。私以外の誰かが叙勲してもおかしくないはずだ。


 そう思うくらいには、私は自信がなかった。


 その考えを見抜いたのか、先輩は呆れ切った表情をした。


「貴方は、本当にそんなことを考えているのですか」

「えっと……私、研究くらいしか、取り柄がないですし」


 もじもじとしてしまった私に、先輩は目を釣り上げて行った。


「謙遜は美徳ですが、過ぎれば毒ですね。もっと自信を持ちなさい」

「う……」


 私は居た堪れなくてクッキーを食べた。


「今のままでも結構。それに、心構えをする時間はまだあります。まずは、その貧相な身なりをなんとかしなければなりません」

「貧、相……!?」


 私は自分の胸を見る。

 決して大きいとは言えないが、貧相と言われるほどではない。


 ーーいや、違うでしょ!


 私は自分の身なりを見た。全体的に。もともと癖っ毛の赤髪はボサボサで、爪も薬草の色が所々移っていた。肌も不眠の影響でボロボロだし、目の下にはくっきりクマがある。


 貧相と言われても仕方ない身なりをしている。


 対して先輩の、何と立派なことか。


 きっちりと平服を身に包み、長く伸びた髪をリボンで結んだ姿は、紳士らしい華やかで品のある姿だった。


 これだけ身なりの差があるのに、学生時代は当たり前のように一緒にいたのだから巡り合わせとはよくわからないものである。



「その身なりで王都に入るわけにはいきません。それでなくとも貴方は、注目されている立場なのですから。貧相な身なりで王都にはいれば、あっという間に噂になるでしょう」

「ほっておいて、くれたら、いいのに……」

「無理でしょう。貴方は国王陛下御自ら叙勲すると宣言された魔術師です。加えて、貴方の魔術はーー」


 そう言いかけて先輩は口を閉ざした。


「私の、魔術が、何でしょうか」

「兎にも角にも、身なりを私の別邸で整えさせます。王都に入っても見劣りしない程度にはなってもらわなければ困ります」


 私はその言葉に気まずくなりながら頷いた。先輩にそんなに迷惑をかけられないが、断れば国王からの命令を受けている先輩の迷惑になる。どちらにしろ迷惑になるのなら、規模が少ない方を選ぶべきだ。


「あの、先輩、騎士のお仕事は……」

「騎士団は退団しました」

「え……?」


 私は目を見張った。


「どう、して……」


 あんなにも美しかったのに。


「どうしてもこうしてもありません。必要だったからです」


 先輩は忌々しそうに眉を寄せた。


「ほら、着きましたよ」


 先輩は話を切り上げる止まった馬車から降りた。


 先輩の別邸は落ち着いた雰囲気の建物だった。品よく花が植えられており、庭師の実力を感じさせる。そのほとんどが私もよく扱う医療に使える草花だ。


 先輩の家は代々騎士団長を輩出してきた家系。邸宅にもその気配を感じられた。


 先輩は私に手を差し出した。


「さぁ、どうぞ。足元に気をつけてください」


 私は少し躊躇ったが先輩の手を取った。タコのある力強い手だ。


 私は馬車から降りる。するとすぐに出迎えの執事が現れた。彼の顔は知っていた。学生時代、先輩の身の回りのお世話をしていた人だ。


「セオドアさん、ご無沙汰しています」

「はい、アルメリア様。お会いできて嬉しく思います」


 セオドアさんは一礼すると主人である先輩に視線を向けた。


「シルビオ様、ご用意は完了しております」

「そうですか。ご苦労様です。では、リア」


 先輩は私の方を向いた。セオドアさんもにこにこ笑顔で私を見る。


「あ、あの……何でしょうか」

「修行だとでも思って、素直に受けてきなさい」

「な、何を!?」


 私の叫び声は、メイドに囲まれたことで消えていった。

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