第21話〜夜遊びの行方〜
「わぁ、すごく綺麗です」
私は手を叩いて歓声を上げていた。
噴水と魔法によるショーが夜の帳が下りた広場で行われている。
二十分で戻るなんて言ったけれど、結局、私はズルズルと宵の時間を過ぎて夜遊びに興じていた。
幸い、邸宅から出てくる時にお金は持ってきたから、帰りは辻馬車で屋敷の近くまで行って、身体強化の魔術を使って部屋の窓から戻ればいい。
先輩にばれているかもしれない、なんてちょっと思いつつ。
「魔術師のレディには、少々子供騙しかと思いましたが、喜んでいただけて良かったです」
「サイラス君は、こういうのお好きなんですか?」
「いえ、私には妹が三人いるのですが、妹達がこう言った催し物が好きなのです。レディは好きなものなのよ、と妹達は言っておりました」
いつの間にか、サイラス君を君付けで呼ぶことになっていた。
彼のたくみな話術で言質を取られ、渋々呼ぶことになったのだが、だんだんとそう呼ぶことが正しいように思えてきた。
「そうなんですね。私も綺麗なものは好きです」
「その指輪もお綺麗ですね、よく似合っています」
私は自分の指輪を見た。
先輩が出店で私に買ってくれた防御魔法のかかった指輪。ただの指輪のはずなのに、それ以上の意味があって欲しいと思ってしまう。
私はそっと指輪を自分の目線の高さに持っていき、思わず表情を綻ばせていた。
「……龍騎士殿から、頂いたのですか?」
「え、ど、どうして、わかったんですか?」
「レディの表情を見ればわかります。とても大切に思ってらっしゃるのですね」
「そうですね。この指輪は大切です。先輩が私に贈ってくれたものですから」
そう言って何だか恥ずかしくて、私はあわあわと言い訳を始める。
「それにこれ! 防御魔法がかかっているんです! 魔術師にとって防御魔法は呼吸と似たようなものですけど、それでも自分の身を守るのには有効です! 私は魔力量が少ないですから、その分こう言ったので補うのが良いと先輩はお考えなんですよ! だから、特別な意味があるとか、そういうのではなくて」
ーー特別な意味があるとか、そういうのではなくて。
そう、ないのだ。
浮かれていた気持ちが急激に萎んでいくのを感じる。
先輩は、私の身を心配くれただけで、それは別に特別な意味があるわけではなくて、ただの、後輩、だから。
「そんな顔をしないでください、レディ。せっかくの夜遊びなのです」
「で、でも、私、お仕事中のサイラス君まで付き合わせて……」
「巡回のルートに沿ってレディをご案内しておりますから、私には問題はありません。それよりも、レディの護衛の方が重要な任務です」
「何せ、レディは」と言って、サイラス君は黙った。私はサイラス君の方に視線を向ける。何故か、目を大きく開いてひどく驚いている。
「サイラス君、どうかしたのですか?」
「ほぅ、君付けで呼ぶくらいには仲良くなったのですね、リア」
地獄番人もここまで怖い声は出さないだろう。
「せ、せん、せんぱ……!!」
ーー先輩ぃ!!
私はひぃっ!と叫んで、思わずサイラス君の後ろに隠れた。
「王都に友人がいるとは知りませんでした。ねぇ、リア」
「せ、ん、ぱい……あの、怒って、ます、か……?」
「ええ、程々には」
それはかなり怒っているという意味では!?
「おや、保護者の方に見つかってしまいましたね」
「保護者ではありませんよ、サイラス」
先輩はサイラス君と知り合い?
そう言えば、先輩は騎士団の団長を務めていたんだった。騎士のサイラス君と面識があってもおかしくない。
「団長がお可愛らしい小動物を飼い始めた、とアーサー殿下から聞き及んでおりましたが、アルメリアとは思いもしませんでした」
「アルメリア……? 僕の前で呼び捨てで呼ぶとは、いい度胸ですね、サイラス?」
「私達は友人、ですから」
ひぃ!!
何が何だかわからないけれど、先輩の怒りがどんどん増しているのはわかる!!
「サ、サイラス、君……」
ぐいぐいっ、と彼の服の裾を引く。
サイラス君は私の方を見ると「いかがされましたか? レディ」と何故かかなり嬉しそうに言った。
「あんまり、先輩を、怒らせないで、ください……」
「おや、心外ですね。団長は私に怒っているわけではないのですよ」
「えっ!? わ、私に!? 私に怒っているんですか!?」
ばっ! と先輩を見ると、バチっと目があった。
「先輩……私に、怒って、いるんですか」
「……いいえ、怒っていませんよ」
先輩は私に手を差し出すと、懇願するように「帰りましょう」と言った。
「帰る、ですか」
「……帰りたくなくなったのですか」
帰る、と使うべき場所は研究室だけで、先輩の家ではない、と思う。
でも、帰ると言っていいのなら、私はーー先輩の家に帰りたい。
私はサイラス君の背からおずおずと出て、先輩の手を握る。
「帰ります。怒らないでくださるのなら」
「……もう怒っていませんよ」
あ、嘘だ。
私は何だかおかしくなって笑ってしまった。
「帰りましょう、先輩。お腹空きました」
「屋台で何も食べなかったのですか? いいでしょう、シェフが喜んで夜食を用意してくれますよ。貴方は食べる量が少ないですから」
先輩と手を繋いだ。
「サイラス君、またね」
私は手を振って、サイラス君に別れを告げる。サイラス君は少し目を細めると小さく頷いて「また」と言って礼をした。
先輩が握る手に力が入ったような気がした。




