第2話〜後輩、先輩と再会する〜
「薬研……薬研……何処においたっけ……」
様々な研究道具の中から目的のものを探す。書類やら何やらが積み重なった中に、目的のものがあるはずだが、私は整理整頓が苦手だった。
薬草に関してはかろうじて整理ができているが、他の人には理解できない配列で並んでおり、文字通り私専用の研究室になっていた。
マラカイトの街で起こったワイルドハントの事件から、早一年。駆けつけてきた王立騎士団の面々のおかげで、私たちに死者は出なかった。全ては先輩達の助力のおかげだった。
通信石の光が点滅しているのを横目に、私は自分の杖を探しながら目的の薬研を探していた。
杖を使って薬草を粉砕するのは簡単だが、魔法の扱いに慣れていないものが行うと消し炭になりかねない。細かい作業は手作業でやった方が良いため、薬研を探してうろうろと研究室を彷徨っていた。
何だか、疲れた気がする。しばらく眠っていない気もする。
どれくらい作業に没頭していたのだろう。この作業が終わったら、流石にソファで仮眠くらいはしよう。
「また君はそうやって、研究に没頭しているのですか」
頭上から聞こえてきた声に、私は目を丸くした。聞こえるはずのない声だ。顔を上げて声の主を見てーー
「せん、ぱい……?」
私ははっと息を呑むような、そんな感覚に襲われた。
「ええ、君の先輩ですよ。まったく、君は変わりませんね」
先輩は私の周りの荷物を魔法で持ち上げると、魔法で机にそれらを並べ始めた。風の魔法と重力の魔法の組み合わせ、高度な魔法を最も容易く行使する。
私好みの一定の秩序に則って並べられたそれらは、先輩と私との付き合いの長さを感じられて虚しくなった。
「先輩、どうして、ここに、いるんですか」
「その前に、あなたは着替えをするべきです。それから食事だ。風呂は入っていますか? 入っていないのなら、せめてシャワーくらいは浴びなさい。話はそれからです」
私はのそのそと緩慢な動きしかできず、それでも立ち上がると離れた場所に置いておいた珈琲を手に取った。
いつのものか忘れてしまったが、頭を動かすためには呑む必要がある。にもかかわらず、先輩は魔法で私からマグカップを取り上げると中身を見て眉を顰めた。
「この珈琲はいつ淹れたものですか?」
「……いつ、かは、わかりません」
「廃棄しなさい。いいですね? 僕が新しい珈琲を淹れます。貴方はシャワーを浴びてきなさい」
「必要、ありません……本題を……聞きます」
先輩はきっ、と私を睨みつけた後、ため息を吐いた。それはもう深々と。
「宵花の魔術師、アルメリア=アーネット。貴方は王立議会からの招集を拒否し続けていますね」
「う……それは……」
私はバツが悪くて目を逸らした。
「ほらみなさい。話が長くなるでしょう。まずは、シャワーを浴びなさい。それから食事を。軽食を持ってきていますから、それを食べなさい。この分だとまともに食べてもいないのでしょう」
私は先輩に言われた通り、すごすごとシャワーを浴びるために浴室へと向かう。
その間、先輩はぐちゃぐちゃになった部屋を片付ける気なのか、詠唱しながら、部屋のものを吟味していた。
他の人が片付けを始めたのなら、やんわりと止めるけれど、先輩なら話は別だ。
先輩は、私が魔法学校に通っていた頃の三つ上の先輩だった。冷たいように見えて暖かく、厳しいように見えて優しい先輩に、気づけば恋をしていた。今もずっと、恋をしている。
ーーでも、叶わない。
「身分が……遠すぎる、よね」
相手は侯爵家の長男で、ゆくゆくは国を守る将軍になるかもしれない人だ。生活が破綻している私とは違う。
私は服を脱ぐとシャワーを浴びるため浴室に入った。シャワーを浴びると心なしが頭がすっきりした。それと同時に、一気に疲労感が押し寄せてきて、眠気も現れる。
そういえば、もう三日は短い仮眠だけで眠っていなかった気がする。先輩との話が終わったら、ゆっくりベッドで寝よう。それくらいの時間はあるのだから。
シャワーを浴び終わると、タオルで体を拭く。適当に髪を乾かした後、部屋に戻ると先輩はソファに座っていた。
部屋はすっかり片づき、探していた薬研は机の上に鎮座していた。
「お風呂、あがりました」
先輩は私に座るように促した。私は素直に先輩の隣に座った。
「貴方の眠気が、限界に達する前に本題を。僕は貴方に、王都での叙勲式に参加させるために来ました」
「叙勲式……?」
「魔法伯ですよ。先の流行病を治癒する薬の開発、その功績が認められての叙勲です」
そういえば、と私は通信石の方に目をやった。二ヶ月くらい前に、叙勲されるかもしれないと師匠から連絡を受けていたのだ。その後は研究に没頭して、連絡の確認すらまともにやっていなかった。
「あと四年早ければ、最年少記録を更新できたのに、残念でしたね」
「その記録は先輩のものです。在学時に叙勲された人なんて早々いません」
「貴方はもっと欲深くなっても構いませんよ」
先輩は柔らかく微笑むと私の頭を撫でた。その手つきがあまりにも優しくて、何だか泣きそうになる。
「魔法伯の叙勲には際して、国王陛下より賜ることとなります。ですから、貴方が王都に来ることは必須事項です」
「う……人の多いところ、苦手です」
「ええ、知っていますよ。ですが、貴方はマラカイトでのワイルドハント襲撃にも参加していますから、叙勲式で王立騎士団の士気を上げる目的もあるのでしょう。参加の拒否や代理は認められませんよ」
なんてこった。
私は頭を抱えたくなった。
魔法伯は貴族の地位で言うと伯爵の次の身分であり、上から数えて四番目だ。貴族だ、貴族。
「魔法伯は一代限りとは言え、そこそこの身分です。伯爵以下の貴族とも結婚ができる身分ですから、ただ研究室に篭っていれば良いと言うわけにはいきませんよ」
魔法伯の叙勲式ともなれば、盛大に行われるだろう。目立つのが好きではない自分にとっては悪夢にも等しい。
「本当に、行かなきゃ、だめ、ですか」
「えぇ、国王陛下からの勅命です。逆らうことは国家反逆罪になりますよ。まさか、僕に貴方を逮捕しろ、なんて言いませんよね?」
「本気、ですか……?」
「ええ、勿論。本気ですよ」
私は息を吐いて自分の姿を見る。
「私、研究を守るためにも、行きます」
行かなければ、何も守れないのなら、私は守るためにもこの選択をする。
「ただ、私、外行き用のドレス、持ってないです」
先輩が目を丸くした。
いつ切ったか思い出せないボサボサの髪に、実用性一辺倒の服。こんな姿で叙勲式どころか王都に行けるはずもない。
魔法伯の叙勲なら、魔術師らしいローブを身につけるべきか、それとも淑女らしいドレスで行くべきか。ドレスなら困ったことになる。
「学校にいた頃はいくつか持っていたでしょう?」
「あれは、友達が貸してくれたもので……制服しか持ってなかったです」
「何故」
そんなのは、決まっている。
「私は苦学生ですから」
両親は亡くなっており、伯父夫婦に引き取られたが生活はかなり厳しかった。奨学金をもらえるほどの才能がなければ、魔術師にだってなれていなかっただろう。
今は仕送りができる程度の給与が貰えているが、過去はそうではなかった。
先輩は「そうですか」と言うと考え込むような仕草をした。
「では、買えば良いだけのことです。叙勲式はローブで良いでしょうが、その後のパーティにはドレスが必須。幸いにも時間はありますし、オーダーメイドも、無理を言えば間に合わせられるはずです」
「う……でも、そんなあてありません」
給料はもらえているが、そこまで大きな買い物をパッとはできない。
「僕がよく使っている店に頼めば、問題ありません。資金も僕が出しましょう」
「お給料、もらってます……」
「叙勲式に見合う宝飾品類を買えるほどではないでしょう。いいのです、甘えておきなさい」
私はそれでも「でも」と食い下がる。
「リア、君の参加は必須、と伝えたはずですよ?」
「で、でも!」
「よろしい、一週間後迎えに来ます。それまでに最低限、生活を整えておきなさい。荷造りは結構。必要なものはこちらで用意しますから」
にべもない。
私はこうして先輩と共に王都へ旅立つことになった。
私が、選んだ、道だ。
この選択が、あの夜の出来事に続くなんて、誰が思っただろう。




